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冷酷な悪魔②

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 御者ぎょしゃを急がせ、荒々しい運転で王都を走らせ警察署まで到着すると、ティリオンを待たずにエレンディルは、中へと入っていく。その辺りにいた警官を呼び止めると、エレンディルは詰め寄った。

「ここに、人間ヒューマンの娘が連れて来られた筈だ。どこにいる。牢屋か?」
「エレンディル卿……は、はぁ、確かに人間ヒューマンは何人か連れてこられましたが……」
「花のチョーカーを身に着けた娘だ」

 エレンディルが詰め寄ると、戸惑う部下を見かねた義弟が肩を叩きこちらを見ていたエルフの刑事を、目線で示した。エレンディルは落ち着かせるように呼吸を整えると、刑事の方へと向かった。

「ここに、人間ヒューマンの娘が詐欺容疑で連行されてきた筈だ、名前はメリッサと言う……彼女と逢いたい」
「おや、お二人で警察署に来られるとは珍しいですな。メリッサ……、花のチョーカーをしたドレスの人間ヒューマンですか? あの娘ならば釈放しましたよ。クルニア将軍から告訴の取り下げがあって、自分で屋敷へと帰ったはずですがねぇ」

 エレンディルは刑事の言葉に、眉間にシワを寄せた。あの邸に奴隷商人の馬車で来たメリッサが、一人で屋敷に帰る事などできない。ましてや、普段から自分で金を持ち歩いていた筈もなく、邸に帰るための馬車を拾う事すら出来ないだろう。
 ララノアとの結婚破棄を白紙に戻した訳でもないのに、なぜ告訴が取り下げられているのかという疑問も心にふつふつと浮かび上がった。それは、義弟のティリオンも同じようで、刑事に向かって微笑んだ。

「メリッサが自力で帰ったのなら、彼女は目立つから道中で出会いそうだけどね。とにかく牢屋を確認させて貰うよ」

 検察官であるティリオンの言葉に、刑事は拒否する事も出来ずに渋々と頷くと二人を牢屋へと案内した。もちろん、エルフと人間ヒューマンでは牢屋の場所も違い、男女ともに人間ヒューマンは独房のような場所に押し込められる。冷たい階段を降りて、メリッサが入れられていた牢屋へと向かった。
 そこはもぬけの殻で、彼女の姿は無かった。エレンディルは拳を握りながら唇を噛み、ふと牢屋の床を見ると、メリッサの着けていた花楔のチョーカーが千切られ、落ちているのに気付き反射的に刑事の胸ぐらを掴んで壁に押し付けると、ギリギリと締め上げた。
 刑事は青褪め、苦しそうにもがくと目を見開いてエレンディルを見つめた。

「お前……、何か隠しているな。牢屋にメリッサが身に着けていたチョーカーがちぎられて捨てられている! メリッサは何処だ? あの娘に何かあったら……別の場所で働いて貰う事になるが?」
「ぐぅ、げほっ……私は知らん……ごほっ」
「しらを切るようならば、命は無いと思え」

 エレンディルの目は怒りに燃え、それが脅しの言葉では無い程の殺気を感じると刑事は慌てて、白状すると頷いた。エルフの軍人が手を離した瞬間に、刑事は激しく咳き込み床に這いつくばって二人を見上げた。

「げほっ、クルニア将軍が……告訴を取り下げて、あの人間ヒューマンの娘を連れて行った。貴方とララノア嬢が結婚したら、お前を飼ってやるとかなんとか言っていたな……ごほっ」 
「クルニア将軍が……? いや、しかし……なるほどな」

 刑事の言葉に、ティリオンは顎に指を当てて考えるようにしてうわ言を言っていると、無言でエレンディルが階段を駆け上っていった。慌ててそれに続いて、またしても間一髪の所で馬車に乗り込むとまたしても荒々しく馬車は走り出した。
 義弟の抗議の声も聞こえない様子で、エレンディルの蒼玉サファイアの瞳は絶対零度の冷たさと殺気を漂わせていた。腕を組んで微動だにしない。そして冷えた声で義弟に問うた。

「なぜ、人間嫌いのクルニアがメリッサを攫う……? お前が言いかけた事は何だ」
「――――クルニアは、人間ヒューマンの娼館で問題を起こした事があってね。無理強いをして、拒否した娼婦に暴行した事があって通報されたんだよ。彼は、王都にある人間ヒューマンのみを扱う娼館では有名な常連客だ。その一件があってからは店から煙たがられてね」

 貧困から娼館に売られた人間ヒューマンであっても、アルフヘイムでは過度な暴力や虐待をすれば罪に問われる。奴隷として管理をする代わりに保護も同時に行われている王都ではその法律でバランスを取り、そのような事が発覚すれば貴族でも罪は重くなる。

「お前を避けていたのは、警察の世話になっていたせいか?」
「そうだろうね。それに……数年前から人間ヒューマンのメイドが買い物に出たまま行方不明になったり、酒場で客引きをしていた娘が行方不明になったりしてるんだ。あまり話題にはあがらないけど……、人間ヒューマンに執着しているエルフの仕業では無いかって警察は見てた」
「つまり、お前達はクルニアに目を付けていたんだな」

 エレンディルの問い掛けに、ティリオンは頷いた。酒場で目撃されたのがクルニア将軍と良く似た男だったのだが、圧力がかかったのか捜査の手は彼自身に及ばなかったと言う。
 つまり、世間的には人間ヒューマンに対しては迫害的な立場をとっていたクルニアだが、人間ヒューマンの女を好む性癖を持っていた。
 エルフの娼館は高額で、人間ヒューマンを買う方が安くそちらを利用する庶民も多いが、クルニアは充分、エルフの高級娼婦と遊べるほどの金は稼いでいる。

「あの男のメリッサを見る目が、気になってたんだ。ともかく彼女を助けないと」

 義弟の言葉に呼応するかのように、人造馬レプリカントの馬はいななきクルニアの住む邸へと向かった。王都の東に位置する邸は、青々と茂る芝生と大きな美しい噴水が自慢の貴族館だった。
 エルフの庭師では無く芝生を刈る、機械人形オートマタもが惜しげも無く数体買い揃えているのも、裕福な証だろう。小石一つない真っ白な道を駆け抜け、馬車が止まるとエレンディルは荒々しく、扉の門を叩いた。
 暫くして、恰幅かっぷくの良い年老いたエルフの執事が現れ、会話が深々と頭を下げる。

「クルニア将軍は在宅か?」
「ようそこお出で下さいました、エレンディル様。旦那様は、お屋敷にお戻りになっておられません。今夜は外泊されると仰せつかりましたが……」
「ララノア嬢はいるかい?」
「ご在宅です。今、お嬢様をお呼び致します」

 クルニアがこの邸に戻るのを翌日にでも待てば良かったが、嫌な予感がする。クルニアは広大な土地を所有しているが、愛娘の目の届く所に、いかがわしい場所を作るとは思えない。
 暫くして階段を降りてくる音がすると、二人は顔を上げた。スカートの裾をあげながら階段を降りてくる絶世の美女は、驚いた表情とともに僅かに頬を紅潮させてこちらに向かってくる。

「エレンディル、ティリオンまで……! わたくしに謝罪に来たのかしら。わたくしは大丈夫ですの。あの雌との事は殿方の一時の気の迷いだと許しますわ……」
「――――ララノア、クルニア将軍はどこにいる? メリッサを檻から連れ出して行方知れずだ」

 エレンディルは険しい表情でララノアを見下ろすと言った。一瞬彼女の瞳が戸惑うように不安げに揺らぐと、ララノアにしては珍しく能書きを垂れる事も無く『知らないですわ』と一言だけ答えた。エレンディルは、彼女の瞳の奥が奇妙に揺れ動いた事を見逃さなかった。
 乱暴に彼女の二の腕を掴むと、自分の顔を近付けて、目線を逸らさずに彼女を睨んだ。

「お前は、自分の父親が何をしているのか知っているな?」
「し、知りませんわ……! どうしてそんな事をお聞きになるの。人間ヒューマンの雌の事なんてどうでも良いではありませんか」
「お前に少しでも良心の呵責があるなら、父親の居場所を教えろ」

 ララノアは、強い口調に目を見開きうなだれた。彼女自身クルニア将軍が何をしているのかは知らないが、薄々何か良からぬ事をしているのではないかと思い当たる部分があったようだ。もし父親がこの邸以外で何かをするならば、今は使っていない別荘だとララノアは場所を告げた。ティリオンとエレンディルが玄関先に向かうと、背後のララノアは自分のドレスを握りしめながら告げた。

「エレンディル、貴方はあの人間ヒューマンの雌を本気で愛しているの……? わたくしを捨てるつもり!」
「俺はメリッサを愛している。お前と俺との間で一度でも気持ちが通った事はあったか? 俺はお前の伴侶にはならん。俺を憎みたいなら憎め」

 肩越しに冷たく言い放つエレンディルを見ると、ララノアは床に座り込んでしまった。憐れみの視線を向けたティリオンが言った。

「ララノア、今から身の振り方を決めておいたほうがいいよ。僕らはクルニア将軍を許さない……必ず罪を償わさる」


✤✤✤

 馬車から降りるようにと促されて、向かった先は将軍の邸はにしては小さな場所で蔦が多い茂っていた。人間ヒューマンの使用人どころか、エルフの使用人もおらず、機械人形オートマタだけが黙々と庭を整え、部屋を掃除していた。
「ここは別宅だ。おもむきのある場所だろう」
「んん……」

 メリッサは鎖を持ったクルニアに引かれて邸の中へと入っていった。エントランスには大きなシャンデリアに、美しい装飾の階段があり、そこを引きずるように連れて来られる。左右には白い扉の部屋が同じ数だけ作られており、名札のようなものがかけらていた。
 まるで留置所の独房ように、小さな小窓から新参者を見るように人間ヒューマンの女性たちが覗き込んでいた。
 メリッサはその視線に怯えつつ、一番奥の部屋へと連れて行かれると部屋へと乱暴に押し込められ、ベッドにうつ伏せにされると口枷を取られた。
 メリッサは手枷をされたまま怯えるように、ベッドの端へと体を寄せた。部屋には見たことのないような怪しげな道具がかけられていて、メリッサにはまるで拷問部屋のようにも思えた。

「今日からお前の住居はここだ。私のコレクションに相応しい名前をつけてやらねばな……。ふふふ、心配するな。皆にお前を紹介する為に夕食を共にし、それから矯正してやろう……エレンディルに甘やかされた分だけな」
「…………クルニア将軍、こ、こんな事は絶対に許されません、必ずエレンディル様が私を探して助けに来られます。私はエレンディル様だけの愛玩人形ドールですから」

 メリッサがそう言うと、将軍は苛立ったように頬を平手打ちする。そして美しい月光のような髪の香りを嗅ぐように鼻を埋めると言った。
 そのおぞましさに、メリッサは体が震えて硬直させたが、将軍は構わずに語りかけてくる。

「反抗的な雌だ……あの若造とそっくりだな。王都の警察署には何人か、私の言う事を聞く奴らがおってな。お前は釈放され一人で帰ったことにしている。美しいドレスを着込んだ人間ヒューマンは珍しく、強盗に襲われて死んだ事にするのだ」

 怯えるメリッサの柔かな頬を撫でると、立ち上がり部屋を出ていった。メリッサはシーツを握りしめながら涙を流した。
 今までならば、貴族の道楽で飽きれば直ぐに捨てられてしまうと怯えていたメリッサだが必ず、エレンディルは自分のもとへとたどり着くと信じていた。
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