余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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1巻

1-3

 ◆


 弓を構え、矢をつがえるシン。
 放たれたするどい矢は大きないのしし眼窩がんかに吸い込まれ、容赦なくその脳を貫いた。
 猪は走っていた勢いを失い、転げるようにして倒れこんだ。
 かなり大きな猪の魔物で、肉も毛皮もそれなりの値で売れそうだ。
 猪系の魔物はボアと呼ばれる。種類も多く、ポピュラーな魔物の一つである。
 慣れなのか、あるいはレベルというものが上がっているのか、最初の頃は苦労していた血抜きの作業も、今では楽にできるようになった。それに、今のシンは腕力が明らかに強くなっている。自分より大きな猪であるにもかかわらず、簡単に担いでいけるほどだ。

「よう、シン。大物じゃないか!」
「ハレッシュさん。おはようございます」

 話しかけてきたのは、シンをこの村に誘った猟師のハレッシュ・グラスだった。
 げた金茶の髪にブルーグレーの瞳。上背うわぜいがあり、体格はややいかつい。熊のぬいぐるみを思わせる愛嬌あいきょうのある、人のよさそうな中年の男だ。


 彼は二年前、二人の子供と妻を亡くしている。ブラッドウルフという、狼の魔物の中でも特に人を好んで狙う魔物に村が襲われたそうだ。
 その時の子供たちは八歳と十歳。生きていたら今頃ちょうど十~十二歳であり、彼らの年齢にドンピシャだったシンは、実の息子のように大事にされている。
 ハレッシュは剣の腕も良く、かつては騎士だったが、人間関係のいざこざが面倒になって傭兵や冒険者になり、最終的には恋に落ちた妻とともに故郷のタニキ村に戻ってきたそうだ。

「お前は本当に腕が良いなぁ。うんうん! 次はもう少し大きな獲物が狙える場所に行ってみるか?」
「いいんですか?」
「おう! 一人じゃだめだぞ、俺と一緒ならいいからな」
「はい! 楽しみです!」

 シンにとってはラッキーである。なるべく他の猟師と狩場が被らないようにしていたものの、シンが立て続けに獲物をとると、良い狩場だと思って他の猟師たちが寄ってくるのだ。
 一応、もともとこちらがよそ者だと気を遣って移動しても、またついてきていたちごっこになる。
 シンが狩りをした後に獲物を探しても成果は得辛いという認識はないようだ。
 せっかくタニキ村を紹介してくれたハレッシュの顔を立てるためにも、シンとしては彼らと問題は起こしたくない。新しい狩場が開拓できるなら大歓迎だった。
 シンは今、ハレッシュの家の敷地の一画にある離れを借りている。
 ハレッシュは同居を望んでいたが、彼の獲物コレクションという名の剥製はくせいたちがどっさりある母屋はちょっと居辛いので、この形になった。
 シンがその話をとなりに住むジーナ・ベッキーにぽつんと言ったところ、「そりゃそーだ」と納得された。
 ジーナは恰幅かっぷくの良い料理上手な中年女性だ。シャツと生成きなりのスカートにエプロン姿が定番で、こげ茶の髪を後頭部でまとめていて、三角巾さんかくきんおおっている。いつも溌溂はつらつとしており、畑仕事や家事にいそしむきもたまかあちゃんといった感じの女性である。

「いや、アンタいっつも平然としてるから、怖いモノなんてないと思ったら、案外そういうのがダメなんだね」
「顔に出にくいだけで、獲物の解体作業とかも慣れるまで結構辛かったです。あと小さい虫がうじゃっとしてるのも苦手ですよ」
「あはははは! 意外と女の子みたいなこと言うんだねえ!」

 元都会っ子をめてはいけない。彼にとってはカブトムシですらオプションのついた立体的なゴキブリくらいの扱いである。悲鳴を上げてビビるほどではないものの、好きか嫌いかと問われれば嫌いな部類だ。夏場になるとホームセンターやデパートでプラスチックの虫籠むしかごに入って売られていたが、それすらも嫌だった。

「そうだ。山でグミの実を見つけたんです。よかったらどうぞ」

 籠に詰まったつややかな赤い果実。見つけたのはいいが、一人で食べきるには多すぎた。

「こりゃいいね、パイもいいけどジャムにもしようか。できたら持ってくよ! 楽しみにしといてくれ!」

 ジーナは恰幅の良い体を揺らして喜び、籠いっぱいのグミの実を受け取った。
 スマホで調べれば、シンにもこのグミの実の食べ方はわかる。ジャムや酒漬けなどにできるが、そこまで興味をそそられたわけではない。
 隣のジーナには五歳と十歳の息子と、十七歳の娘がいる。娘は既にとついでいてタニキ村にはおらず、シンは見たことがない。
 夫のガランテは家具職人で、タニキ村で唯一の大工を兼ねている。収入は少なくないが、贅沢ぜいたくできるほどではないので、こういった現物支給の差し入れは喜ばれる。
 働き盛りの夫婦二人と、育ち盛りの息子二人の四人家族。贅沢をしていなくても、食料はあっという間になくなるという。
 その二人の息子カロルとシベルが、竿ざお片手に元気よくシンとジーナの方へ駆け寄ってきた。

「あー! シンだ!」
「シン兄ちゃん、肉ある!?」
「こら! お前たち! シンはいそがしいんだから、纏わりつくのはやめなさい!」

 銀髪が兄のカロル、茶髪が弟のシベルだ。二人ともよく似た若草色の瞳をしている。
 二人の露骨なたかりに、シンは微妙な顔になる。
 お歳暮で毎年ハムを贈る人が「ハムの人」と認識されているようなものだ。または、正月でお年玉を強請ゆすられる親戚のおじさんポジション。
 ジーナは眉を吊り上げてしかるが、二人はどこ吹く風で彼女の持っていた籠をのぞき込む。赤く艶々つやつやとしたグミの実を見つけると、ぱっと顔を明るくする。
 二人とも肉は好きだが、甘味も貴重だ。
 良くじゅくしたグミは酸味やしぶみも少ない。
 上白糖なんて貴族だけにしか口にできないので、庶民しょみんはもっぱら赤砂糖と呼ばれるものを使っている。それもそこそこ高価で、他に手に入る甘味は果物か蜂蜜はちみつくらいである。完全に嗜好品しこうひんの部類だ。
 ティンパイン王国は二十年ほど前の戦争の賠償金ばいしょうきんで、一時期酷い財政難だった。
 ちなみに、喧嘩けんかを売ったのは例のテイラン王国だ。ティンパイン王国は隣国のトラッドラ国と同盟を組んでおり、実際負けたのはトラッドラだった。ティンパインはそのあおりを受けた形だ。
 テイラン王国は召喚魔法というチートを使っているのだから仕方がないのかもしれない。

「それより、お前たちは釣れたのか?」

 シンの問いに、二人は「あははは」と笑って答える。

「全然!」
「罠も駄目だったー!」

 脳天気な二人に頭を抱えるジーナ。
 やんちゃな二人のことだ。また途中で飽きて走り回っていたのだろうと予想がつく。気分にむらっけがあるのだ。

「今からでももう一度とりに行こう」

 シンが誘うが、二人とも乗り気ではないらしい。

「えーっ、釣りってじっとしてるのきるし」
「それよりシン兄ちゃん、狩り教えてー!」

 ケロッとしたカロルと、元気いっぱいのシベル。

「ハレッシュさんが師匠だぞ。二人もそっちに習え」
「え、ねーわ。ハレッシュさん嫌いじゃないけど、俺も習うならシンだわ。あの人、いまだにベニテングダケとモモイロテングダケ間違えるんだぞ?」
「ぼく、シン兄ちゃんの方が好き!」

 カロルはハレッシュに容赦がなかった。シンは非常に要領が良く、物怖じしない性格なので、二人に気に入られていた。
 二人がシンを見つけると、挨拶より先に肉ワードが飛び出す。
 彼らとの出会いも、シンが干し肉や燻製くんせいを作っていたところ匂いをけてやってきたのがきっかけた。少しくらいならいいかと、安易に切れ端を与えた結果、なつかれたのだ。自業自得である。それ以来、肉食兄弟は燻製を作るたびに嗅ぎ付けてくる。兄弟にとって、シンは色々な意味で美味しい隣人だった。
 ちなみに、領主である準男爵家でもすでに「肉の人」扱いなのだが、まだシンは知らない。
 その後、三人は川で並んで釣りをして、ソルトバスを捕まえた。名前の通り、川魚なのに塩味が強い魚だ。とったはしから二人が焼いて食べようとするので、結局十匹以上釣り上げてから帰宅する羽目はめになった。

(……ぶっちゃけ、水辺に雷魔法を落とせば一発なんだけどなぁ)

 とは思ったものの、このあたりでは魔法は珍しいし、便利な魔法に頼りきりだと、どんどん弓の腕やかんにぶる気がして、シンは基本的にあまり魔法を使わなかった。
 せっかくこの世界でつちかった技能なので、まだまだ伸ばしていきたいシンだった。




 閑話 女神様が見ている



「はぅうう~、シンさん、ずいぶん心が回復しましたね! 良かったですぅ~!」

 女神の神殿に、自分の世界をご機嫌な様子で見下ろす幼女がいた。その幼女こそが主神にして創造主フォルミアルカである。
 まばゆい金色の髪を長く伸ばし、瞳は美しい湖面とも珊瑚さんごの海とも言えるようなあお。幼い子供独特の柔らかい線を残しており、身長は小さいし、手足も短くぷにぷにしている。すその長い白いローブを着ているが、園児が着る水色のスモックも似合いそうである。
 タニキ村のスローライフは、ゆっくりとシンをいやしていった。
 ブラック企業で寸暇すんかしむどころか、寿命や命を削られるような生活をいられていた彼は、色々と摩耗まもうしていた部分をゆっくり取り戻しつつあった。
 勇者となるはずの男の死体――凄惨せいさんな血肉の飛び散った遺体を見ても、大した動揺もせず淡々たんたんと動けていたのは、感情の一部がマヒしていたからと言える。
 疲弊ひへいは一定を超すと、精神をむしばむ。シンは気づいていなかったが、彼の心身はあやういところまで来ていたのだ。
 だから、これはフォルミアルカの自己満足。
 擦り切れた心でも、彼はフォルミアルカを『女神』と呼んで――幼女と思っていたからということもあって――優しくしてくれた。
 彼女の目の前にある巨大な水鏡は、シンが行った世界のあらゆるものを見通す。
 シンにこの世界に干渉しすぎだと言われて以来、フォルミアルカはなるべく手を出さないようにしている。頻繁に異世界召喚を行うテイラン王国を注視するのもやめた。
 召喚魔法を取り上げたし、テイラン単独ではどうあがいても再び召喚することは難しいだろう。
 境界に穴をあける魔法は大量の魔力を消費するし、世界自体の疲弊を招く。
 だが、かの国は戦争のたびに召喚していたので、異世界人の余剰在庫はたんまりあるはずだ。

「シンさんはー、とーっても優しくていい人でしたねぇ。他の人は暴力ふるってきたり、すっごい怒鳴ってきたりしましたが……」

 女神フォルミアルカは、度重なる失敗で自信喪失していた。
 そして、根が穏やか――というより気弱なドジっ子だった。
 自分の世界の不祥事ふしょうじが起きるたびに彼女が謝罪をしていたのだが、やらかした当事者のテイランには自覚なし。いつもフォルミアルカが罵倒ばとうされ、泣いていた。
 先輩女神たちは、女神なので尊大に振る舞えばいいと言っていたが、フォルミアルカはそういうのが苦手だ。そして、大抵幼い見た目で小馬鹿にされる。
 シンとは与えたスキルの一つである『神託』によって連絡が取れるので、フォルミアルカは困ったことがあると彼に相談した。
 そっけないが、彼はちゃんと返事をくれる。
 立場上一人の人間に肩入れなどはしてはいけないが、それがわかっていても、フォルミアルカはシンが大好きだった。
 やってきた異世界人は、最初はスキルに驚き、喜ぶが、だんだんその力におごる。傲慢ごうまん奔放ほんぽうに変質していく人間も多くいた。手に入れた力を人のために役立てようとする者もいたが、それ以上に私利私欲に悪用する者が多かった。そして、そういった者たちは栄華えいがを極め、やがて悪と成り果ててちていき、追い詰められ、ちていく。最後にはこの世界に怨嗟えんさを吐く異世界人もいた。
 真の英雄と呼ばれたのは一握ひとにぎり。
 シンのように穏やかに人としての生活をいとなんでいる異世界人は珍しい。だが、フォルミアルカにとっては好ましく、それこそが慈しむべき「人の子」そのものだった。この世界の人々とつつましく、ゆっくりと溶け込もうとする姿勢にも好感を抱いている。女神だって、自分の世界を見下し、モノのように扱い、ゲームのように楽しんで荒らすやからは好まない。
 シンは愛されていた。
 主神であるフォルミアルカが気づかぬ間に、さらなるギフトを与えてしまうほどに。


 ――『女神の寵愛ちょうあい』を得ました。


 人知れず、シンのスマホにそんなメッセージが表示された。
 女神の寵愛とは、その名の通り愛されし者への称号だ。
 大抵は勇者や聖女といった者たちに贈られる。困難と逆境を乗り越えねばならない運命にある者達への激励げきれい賛美さんびのギフトだ。
 いざという時のために立ち上がる心を、多くを守るための力を、窮地きゅうちを逆転させる運気を、どんな時でも裏切らない仲間たちを呼び寄せる引力を与える。
 女神の寵愛を得たなどとは知らないシンが――せいぜい村人Dとか冒険者Cくらいのポジションの彼が、そうそうこの恩恵を発揮はっきする機会などありはしない。



 第二章 忘れた頃に思い出す



「シン! アウルベアがそっちに行ったぞ!」

 ハレッシュの言葉にシンは返事よりも早く矢をつがえ、連続して放つ。
 大物がいる狩場と言われてシンが連れていかれた先は、一段と鬱蒼うっそうとした森だった。
 今まで足を運んでいた狩場よりずっと暗くて、自然が濃い。白昼だというのに、陽の光は青々とした森の緑に全てさえぎられて、地面は暗い。
 魔物が多いから気を付けろと言われた矢先、さっそく現れたのがアウルベア。
 その名の通り、ふくろうの顔とつめを持つ熊の大型獣の魔物だ。たてがみのように広がった羽毛が頭部から肩甲骨あたりまで覆い、腕の一部にもついている。
 梟の目を持つアウルベアは、見た目通り夜目が利き、暗いこの森の方が過ごしやすいのだろう。鈍重どんじゅうそうな外見に似合わず、一度駆けだすと速かった。
 飛んだりねたりはしないものの、猪を思わせる剛直な動きで突進してくる。その肉体の重量だけでも脅威きょういで、大型二輪や軽自動車とぶつかった時並みの衝撃がありそうだ。
 アウルベアが猛獣そのもののうなごえを上げて爪を振りかぶり、容赦なく地面と樹木の幹をえぐる。

「ハレッシュさん、あれって食用ですか?」
手羽先てばさき滅茶苦茶めちゃくちゃ美味い! あと羽根が結構高く売れる!!」

 ハレッシュの答えにより、毒を使う選択肢が消えた。
 シンがひらりと身をかわして避けたのが気に食わなかったのか、アウルベアは咆哮ほうこうとともに再び突進してくる。しかし、シンはするりと剛腕を避けて懐に入り込み、アウルベアの顎に狙いを定める。

「シン! 危ない!!」

 ハレッシュにはシンが捕まったように見えたのかもしれない、悲鳴のような声が上がる。
 だが、それより早くシンの掌底しょうていがアウルベアの顎に激突していた。
 思い切り脳を揺さぶられたアウルベアはバランスを崩し、足をもつれさせて転んだ。がら空きになった喉元めがけてシンがナイフを振るう。狙いはくちばしと喉のわずかな隙間。体の中で最も硬く、強力な武器のすぐそばに、アウルベアの最も柔らかい弱点がある。ギルドの図書スペースにあった本に、そう書いてあった。
 急所に吸い込まれる刃とその手応え。アウルベアはわずかに鳴き声を漏らしたが、それは甲高かんだかいものではなく消えゆく命の小さな慟哭どうこくだった。やがて鋭かった瞳から光が消えて、息絶いきたえた。

「シン、無事か!?」
「はい」

 駆け寄ってくるハレッシュは、倒れたアウルベアをまだ警戒しながら見ている。だが、魔物の目に力がなくなっているとわかると、改めてシンと向き合い、まじまじと怪我がないか確認しはじめた。

「はー……ならよかった。正直、焦ったぞ。お前がアウルベアに捕まったのかと思ったぜ。どうやって仕留めたんだ? アウルベアはいつもかなり往生際おうじょうぎわが悪いのに……」
「顎が弱点と聞いたので」
「え? そうなのか? 俺はいつも動かなくなるまで殴っていたぞ」
「ここを狙うといいんですよ。冒険者ギルドの本にありました」

 シンがナイフで刺した部分を示すとハレッシュは「ほーん」と目を丸くする。
 どうやら、彼はそういった本に目を通していないらしい。だからといってタコ殴りにしていては、せっかく羽根も高く売れるのに傷物になってしまうので勿体もったいない。シンが内心複雑なものを抱えているとは露知つゆしらず、ハレッシュは食用になる部位と素材になる部位を取っていた。慣れているだけあって手際てぎわがいい。

「とりあえず今日は御馳走ごちそうだな!」
にく三昧ざんまいですね!」

 それには激しく同意である。美味だという手羽先が、シンはとても楽しみだった。
 この狩場にはこういう大型の魔物が現れるので、他の村人はあまり来ないらしい。

「あー……でも大物を仕留めたからには、領主様のところに一部持っていった方がいいな」

 ハレッシュが思い出したようにつぶやいた。

「俺が持っていきましょうか?」
「助かる……あそこの執事も領主様も苦手なんだよ。貴族様でござーい。貴族様につかえているえらーい使用人でござーいって感じで」

 わかりやすく嫌そうなハレッシュが、口をへの字に曲げて眉をひそめる。
 シンは未だ領主にも執事にもろくに会ったことがない。顔はうっすら思い出せるが、どんな人となりかわかるほどではない。
 シンが知る小さなお坊ちゃまは、愛想あいそがあって可愛い。開口一番に「肉!」と出てくるあたり、カロル・シベル兄弟と同じだ。

「あそこのお坊ちゃんと厨房のおじさんしか会ったことないんですけど、そんなに怖い人なんですか? 俺、ちょっとしか領主のご家族を知らないんで」
「うーん、俺が知ってるのは先代で、今の領主様はそうでもないとは聞いたんだが……どうもあのイメージがな。あと騎士時代の経験で、貴族ってもんはどうもまどろっこしくて横暴で苦手なんだよー。頼むよー、シンちゃーん!」
猫撫ねこなごえとか、やめてください。キモイ」
「酷い!」

 割とガチなトーンでシンが切り捨てるものだから、ハレッシュが騒ぐ。童顔で柔らかい顔立ちのシンがやや引いた顔でその様子を眺めていると、ハレッシュは諦めたらしく、しょぼくれながらも「じゃあ戻るかー」と歩き出した。
 その後、かえぎわにウリボアを数匹、きじを二匹ほど捕らえ、あっという間にシンの荷物もパンパンになった。自然豊かなので獲物にはあまり困らない。

「家に帰ったら、絶対お風呂に入ろう……」
「だよな、俺たち今、めちゃくちゃ血生臭いだろうし、獣臭いよな。いっぱい獲物取れるのはうれしいんだけどなぁ……」

 ハレッシュもアウルベアの収穫部位を担ぎながら微妙な顔でシンに同意した。
 あまりもたもたしていると、嗅覚きゅうかくの良い狼系の魔物や獣が襲い掛かってくる恐れもある。
 しかし、貴族はともかく、ハレッシュのような平民の家に風呂はない。よくて公衆浴場だろう。
 何せ、風呂に入るには大量の水と、湯を沸かすためのまきが必要だ。用意するにもかなりの経済力と労力を要する。
 無くても死ぬものではないし、カツカツな生活を送る人々にそんな余裕はない。
 少なくともタニキ村ではそういった風習はない。湯を溜めてつかるという概念すらないと言ってもいい。
 せいぜい、数日おきに濡れた布で体をく程度。温かい季節ならばで水浴びをする。
 しかし、シンは切実に風呂を欲していた。悲しき日本人の性というべきか、シンは風呂が好きなのだ。社畜時代はシャワーで済ませていたことが多かったが、今はゆとりができてきて、生活を豊かにしたくなってきた。
 幸い、この近辺に山河がある。森では薪になる木々があるし、水も手に入る。火山ではないので温泉は無理とはいえ、風呂を沸かすことは可能だ。
 シンは頭をフル回転させて、どうやって入浴しようか考えはじめる。
 彼が元いた世界なら手っ取り早くドラム缶風呂という手もあるが、そもそもこの世界にドラム缶などない。
 しかし、隣家は家具店で大工でもあるから、木製の風呂は造れるだろう。だが、木製だと劣化が早い。水に強い木材を使っても、気を付けて管理をしなければあっという間にかびて腐る。
 次に有力な材質は石材だ。大理石や御影石みかげいしは贅沢すぎるし、煉瓦れんがだって高い。粘土ねんどを練って、形を整えて焼けばいいとはいえ、窯業ようぎょうはこのあたりでは盛んではない。
 ふと、岸辺に石がごろごろと転がっている河川敷が目に入った。

(いっそ、あそこを湯船の代わりに掘り下げて、魔法で水を温めてしまえば楽なのでは?)

 ちまちま湯を沸かすよりそちらの方が早い。
 残ったお湯は洗濯に回せるし、近くに川の水があるので温度調節も楽だ。
 途中でハレッシュと別れたシンは、風呂に入りたい一心で土魔法を使い、河川敷の一部を二メートルほど抉る。深さは五十センチくらいだ。そこに火魔法をぶち込んで熱し、川から水を引く。
 最初はじゅわっという音と湯気が出たが、だんだんと水が溜まるにつれて静かになる。手を突っ込んでみると、ややぬるいくらいになっていた。

(このまま水の中に火魔法を放ったら、水蒸気爆発だよな)

 水が液体から蒸気になる際、体積が一千七百倍にふくれ上がるという。高温の水蒸気が吹っ飛んでくれば、全身大やけどだ。
 色々考えた末、シンは石を火魔法で温めて風呂(仮)の中に投げ入れて温度調節をすることにした。何度か水を入れ、温石を入れて調整した結果、なんとか適温になった。
 異世界に来て、初の風呂である。そもそもこの世界では庶民は風呂に入る習慣がなく、贅沢品だ。
 しかし、シンは衛生や健康において必需品だと思っている。ここに来て、彼の中で入浴したい欲求が大暴走していた。
 湯船に足を入れると、温かいお湯に体がじんわりとしびれる。久方ひさかたぶりの感覚に、いても立ってもいられなくなり、シンは大急ぎで服を脱いで中に飛び込んだ。

「あぁあ~~~~っ」

 思わずおっさんみたいな声が漏れた。十歳にあるまじき声だ。いや、そろそろ十一歳かもしれないが、シンはあまり自分の年齢を数えていないかった。
 ばちゃばちゃとお湯を顔や肩に叩きこむように掛けて洗う。全身の血流がめぐるとともに、疲れがお湯に溶け出していく。
 テイラン王国を流浪し、ティンパイン王国にやってきてからどれくらい経ったかは忘れたが、絶対半年は風呂に入っていない。
 水浴びと濡れ布巾で誤魔化ごまかす日々。そして、時々生活魔法で身綺麗にしていた。
 ガシガシ髪を洗うにもシャンプーどころか石鹸せっけんもない。そもそも、石鹸は超高級品だ。もちろん貴族しか――以下省略、といった具合だろう。平民には風呂すら普及していないのだ。
 シンは石で囲った縁に背をもたれさせながら、スマホをポチポチいじる。このスマホは見る専用である。情報を得るにはいいが、通販などで現代の物品を購入する能力はない。入手するには、材料から自分の足で探さなければならないのだ。
 調べたところ、石鹸を作るには油と苛性かせいソーダが必要なようだが、そんなもの手元にない。
 原始的な作り方だと草木灰と植物性油、獣脂――とにかく油脂が必要だそうだ。それを何時間と煮込み、そのあと塩析をすれば硬い石鹸にすることもできるらしい。


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