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第二章 婚前編
【結婚式の153時間前~家出先に到着〜】
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午前二時。
「円佳ちゃんから『これから行きます』ってメールが入ったときもだけど。透也君からも『彼女がマリッジブルーなので、しばらくそちらで寝泊りしたいそうです』って連絡があったときも驚いたわ……。どうしたの?」
院庭に巨大な鳥のようにヘリが降りたち、私と警護チームを降ろして、再び飛び立ったあと。
おっかなびっくりだった院長に出迎えられた。
電話したときは宿直中で寝ぼけているような声をしてらしたけれど、ヘリが着陸するに及んで完全に眼が覚めたみたい。
キラキラした瞳からするとどうやら心配半分、興味半分といったところ。
私の結婚話を大好きな乙女ノベルズの中のイベントみたいに楽しんでくれているらしい。
「……急に、大財閥をしょって立つ方の隣に私が並んでいいのだろうかと不安になってしまって」
私が気弱そうな微笑みを浮かべてみせると、院長は同情的な表情をしてくれた。
私の母と院長と透也君のお母様とは、乳児院育ち。
生まれてすぐに預けられ(あるいは捨てられ)た、同い年である三人の結束は、なかなかに固い。
私には生まれたときから三人の母親がいるようなものだった。
「大丈夫よ、円佳ちゃんは花嫁修業ばっちりだし。怖いものはないのよ」
院長は私を抱きしめてくれた。
うん、知ってます。
彼女の腕の中で私はこっそりと思う。
嘉島家の総力を結集して学ばされたんだもん、『庶民出身の花嫁候補としては最強』の自覚ある。
でもね。
それは私が子供の頃から嘉島家にお世話になった結果に過ぎない。
長年の教育で、彼の、ひいては嘉島家の理想の花嫁修行が出来たのかもしれないけれど。
あまた咲く名花の中には私より優秀な総帥夫人候補生が沢山いるから、私のアドバンテージなど微々たるもの。
今までは『私は透也君に愛されて、ご両親にも望まれているんだから』って考えることが出来ていたのに。
あの女(仮)の言葉は私の認識を根底からひっくり返してしまった。
――彼には、私でなければならない理由があるのだ。
そう思い至ったら、嘉島にいるのが怖くて仕方ない。
「愛しの旦那さまが、あらやだまだ婚約中だったわね。彼の顔を見たら、円佳ちゃんの心配なんてふっとんじゃうわよ」
院長からウインクされた。
「……そうだといいんですけれどね」
彼は私のことを迎えに来たがるだろう。
それを見越して、透也君には接近禁止をお願いしてある。
私の身に危険なことがあれば、約束は反故にされるだろう。けれど、透也君はそんなことにならないように万全を期してくれている。
なぜか私は、確信していた。
浮かない私の顔を見てなにか思うところがあったのだろう、院長も表情をあらためて優しく言ってくれた。
「わかったわ。ここは円佳ちゃんの実家同然だもの。透也君が迎えにくるまで、ここにいらっしゃい」
「ありがとうございます」
私は微笑みを浮かべて見せた。
というわけで、勤務先の乳児院に寝泊りさせてもらうことになったんである。
「さすがに大移動は疲れるなー」
私は宿直室のベッドへあおむけに転がりながら、ため息を吐き出した。
いや、実際に動いてくださったのは、ボディーガードの皆さんとヘリコプターなんだけど。
「これからどうするかなー……」
というより、これからどうなるんだろう。
さっきまで、透也君の隣にいる未来があったのに、今はなにも浮かばない。
というより、考えたくない。
目を覆うため腕を持ち上げると、彼からプレゼントされたブレスレットがシャラリと鳴った。
『僕からのプレゼントを最低一つは身につけていて。円佳が僕のものだと、世界中にしらしめたい』
言われたとおり、素直に身につけていた。
外してしまおうと思ったけど、どうしても手が動かない。
自分から、愛されている証を外すなんて出来ない。
「未練がましいな、私」
天井を見ながら今までを思い出していくうち、涙が枕を濡らしていく。
色々な感情が混ざって、大声で泣きわめきたくなる。深呼吸をして、息をととのえた。
「寝よ」
電源をオフにしたままの携帯電話を触ってみた。
オンにしたら、透也君からの着信でいっぱいかな。
連絡くらいしたほうがいいかな。
ううん、必要ない。
私のことはボディーガードさんから報告されてるし。
あれ。
「……透也君におやすみの挨拶をしないの、出会ってから初めてじゃない? やめやめ! 彼のことは考えないっ。おやすみ!」
むりやりに眼をつぶる。
私の長い一日は、ようやく終わりを告げた。
「円佳ちゃんから『これから行きます』ってメールが入ったときもだけど。透也君からも『彼女がマリッジブルーなので、しばらくそちらで寝泊りしたいそうです』って連絡があったときも驚いたわ……。どうしたの?」
院庭に巨大な鳥のようにヘリが降りたち、私と警護チームを降ろして、再び飛び立ったあと。
おっかなびっくりだった院長に出迎えられた。
電話したときは宿直中で寝ぼけているような声をしてらしたけれど、ヘリが着陸するに及んで完全に眼が覚めたみたい。
キラキラした瞳からするとどうやら心配半分、興味半分といったところ。
私の結婚話を大好きな乙女ノベルズの中のイベントみたいに楽しんでくれているらしい。
「……急に、大財閥をしょって立つ方の隣に私が並んでいいのだろうかと不安になってしまって」
私が気弱そうな微笑みを浮かべてみせると、院長は同情的な表情をしてくれた。
私の母と院長と透也君のお母様とは、乳児院育ち。
生まれてすぐに預けられ(あるいは捨てられ)た、同い年である三人の結束は、なかなかに固い。
私には生まれたときから三人の母親がいるようなものだった。
「大丈夫よ、円佳ちゃんは花嫁修業ばっちりだし。怖いものはないのよ」
院長は私を抱きしめてくれた。
うん、知ってます。
彼女の腕の中で私はこっそりと思う。
嘉島家の総力を結集して学ばされたんだもん、『庶民出身の花嫁候補としては最強』の自覚ある。
でもね。
それは私が子供の頃から嘉島家にお世話になった結果に過ぎない。
長年の教育で、彼の、ひいては嘉島家の理想の花嫁修行が出来たのかもしれないけれど。
あまた咲く名花の中には私より優秀な総帥夫人候補生が沢山いるから、私のアドバンテージなど微々たるもの。
今までは『私は透也君に愛されて、ご両親にも望まれているんだから』って考えることが出来ていたのに。
あの女(仮)の言葉は私の認識を根底からひっくり返してしまった。
――彼には、私でなければならない理由があるのだ。
そう思い至ったら、嘉島にいるのが怖くて仕方ない。
「愛しの旦那さまが、あらやだまだ婚約中だったわね。彼の顔を見たら、円佳ちゃんの心配なんてふっとんじゃうわよ」
院長からウインクされた。
「……そうだといいんですけれどね」
彼は私のことを迎えに来たがるだろう。
それを見越して、透也君には接近禁止をお願いしてある。
私の身に危険なことがあれば、約束は反故にされるだろう。けれど、透也君はそんなことにならないように万全を期してくれている。
なぜか私は、確信していた。
浮かない私の顔を見てなにか思うところがあったのだろう、院長も表情をあらためて優しく言ってくれた。
「わかったわ。ここは円佳ちゃんの実家同然だもの。透也君が迎えにくるまで、ここにいらっしゃい」
「ありがとうございます」
私は微笑みを浮かべて見せた。
というわけで、勤務先の乳児院に寝泊りさせてもらうことになったんである。
「さすがに大移動は疲れるなー」
私は宿直室のベッドへあおむけに転がりながら、ため息を吐き出した。
いや、実際に動いてくださったのは、ボディーガードの皆さんとヘリコプターなんだけど。
「これからどうするかなー……」
というより、これからどうなるんだろう。
さっきまで、透也君の隣にいる未来があったのに、今はなにも浮かばない。
というより、考えたくない。
目を覆うため腕を持ち上げると、彼からプレゼントされたブレスレットがシャラリと鳴った。
『僕からのプレゼントを最低一つは身につけていて。円佳が僕のものだと、世界中にしらしめたい』
言われたとおり、素直に身につけていた。
外してしまおうと思ったけど、どうしても手が動かない。
自分から、愛されている証を外すなんて出来ない。
「未練がましいな、私」
天井を見ながら今までを思い出していくうち、涙が枕を濡らしていく。
色々な感情が混ざって、大声で泣きわめきたくなる。深呼吸をして、息をととのえた。
「寝よ」
電源をオフにしたままの携帯電話を触ってみた。
オンにしたら、透也君からの着信でいっぱいかな。
連絡くらいしたほうがいいかな。
ううん、必要ない。
私のことはボディーガードさんから報告されてるし。
あれ。
「……透也君におやすみの挨拶をしないの、出会ってから初めてじゃない? やめやめ! 彼のことは考えないっ。おやすみ!」
むりやりに眼をつぶる。
私の長い一日は、ようやく終わりを告げた。
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