征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲

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マリアナ決戦

第89話 海軍人事

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 ミッドウェー海戦から五日後の六月一〇日。
 同海戦における戦果と損害が、大本営発表として報道された。
 戦果は米空母二隻を撃沈、さらに一〇〇機を撃墜。
 一方で損害のほうは空母一隻喪失、空母一隻大破、未帰還三五機というものだった。

 「よくもまあ、これだけの嘘を平気でつけるものですね。そのうえ、上層部は海戦に参加した将兵たちを口封じのために隔離しようと画策していたというのでしょう? アホなことを考えるのも大概にしろってんですよ」

 志津頼航空甲参謀が、怒りの表情で呆れの言葉を吐き出す。
 その志津頼航空甲参謀は生沢長官からミッドウェー海戦の実相について、すでにこれを聞かされていた。

 実際の損害は空母四隻沈没、二隻中破。
 航空機の喪失は二〇〇機を大きく上回る。
 人的被害も深刻で、第三航空艦隊司令長官の山口中将をはじめ戦死者は三〇〇〇人を超えている。
 その多くが洋上の戦闘機械を扱えるスペシャリストたちだ。
 だからこそ、あの戦いで生き残った将兵たちは貴重極まりない存在のはず。

 しかし、上層部は組織防衛のために、そういった将兵らを一時隔離しようと考えていたのだという。
 必死で戦った彼らを、だ。

 上層部の連中の考えることは分かっている。
 そういった将兵らを隔離して後、さらにほとぼりが冷めた頃に激戦地へと送り込むのだ。
 あとは、米軍が口封じをしてくれる。
 もはや、まともな人間の発想ではない。
 だからこそ、志津頼航空甲参謀はそういった連中を許すことができなかった。

 だが、将兵の隔離については、これが沙汰止みとなった。
 ミッドウェー海戦における帝国海軍の敗北が陸軍のみならず、一部の政治家や高級官僚にも漏れ伝わっていることが分かったからだ。
 そうであれば、将兵を隔離したとしても、さほど意味はない。
 わざわざ激戦地に送られることもないだろう。

 一方で、帝国海軍内では情報を漏らした人間の特定、彼らが言うところの犯人捜しが始まっている。
 組織の面子をそれこそ丸潰れとした人間は、上層部としてはどうあっても許しがたいのだろう。

 この一件で、帝国海軍は陸軍はもちろん、政界や官界からも疑惑の目で見られるようになった。
 こうなってしまっては、一般の国民にミッドウェー海戦の真実が伝わるのも時間の問題だ。
 あるいは、陸軍などは予算獲得のライバルである帝国海軍を貶めるために、積極的な動きを見せるかもしれない。
 それゆえに犯人捜しについては、間違いなくこれが苛烈なものになるはずだ。

 しかし、その犯人が絶対に捕まらないことを志津頼航空甲参謀は知っている。
 なにせ、眼前の上官はこと尻尾を出さないことに関しては天才的な能力を持ち合わせているからだ。

 もちろん、志津頼航空甲参謀は生沢長官から自身が犯人だと聞かされたわけではないし、そのことを問い質すつもりもない。
 それでも、今回の漏洩については、絶対に生沢長官が絡んでいることだけは確信できた。
 たぶん、生沢長官は彼なりのやり方で、ミッドウェー海戦で生き残った将兵たちが理不尽な目に遭わないように陰で動いていたのだろう。

 そう思うことで、志津頼航空甲参謀は自身の中に燻り続けている怒りの炎が小さくなっていくことを自覚する。
 理性がよけいな感情を排していく。

 「上層部がアホなことを考えるのはそれとして、帝国海軍はこれから戦争とどう向き合っていくんですかね」

 艦隊戦に使える空母が一六隻から一二隻になった帝国海軍とは裏腹に、一方の米海軍のほうは日に日に戦力の厚みを増している。
 すでに、「エセックス」級空母と「インデペンデンス」級空母を足せば、これが一〇隻近くに上るという情報もある。

 「本来であれば、真摯に戦争に向き合ってほしいところだが、しかし上層部のほうはその前に組織のごたごたを片付けたがっている。これまで帝国海軍が築き上げてきた信用が、これでもかとばかりに失墜してしまったからな」

 志津頼航空甲参謀は、信用を失墜させた本人が何を言っているんだと思ったが、しかしそのことは口にしない。
 ミッドウェー海戦で生き残った中で、その大半の将兵が生沢長官の暗躍によって、結果として救われることになったのだから。

 「それと、連合艦隊司令部に対する風当たりが強くなってきた。今では平気で司令部批判をする者まで現れている」

 MI作戦において、「赤城」と「加賀」という主力を欠いた一航艦と、それに戦力が小さい三航艦でこれに臨むのは無謀ではないかという声は、作戦開始前から上がっていた。
 ミッドウェー基地と敵機動部隊の両方を合わせた航空戦力よりも、両航空艦隊が運用する艦上機の数が少なかったからだ。

 そのような声に対し、連合艦隊司令部は奇策をもってこれに応えた。
 「金剛」型戦艦による夜間艦砲射撃だ。
 この作戦は図に当たり、ミッドウェー基地にあった航空機はそのことごとくが「金剛」型戦艦が放つ三六センチ砲弾によって吹き飛ばされてしまった。

 このことで、一航艦と三航艦は米機動部隊の撃滅に的を絞ることができた。
 しかし、蹉跌あるいは陥穽が一航艦それに三航艦を待ち受けていた。
 米軍が新型艦上戦闘機をこのタイミングで投入してきたのだ。

 その新型戦闘機の高性能と、さらにF4Fにも似たスタイルによって一航艦と三航艦の戦闘機搭乗員らは惑乱。
 九九艦爆や九七艦攻を十分に守ることができなかったばかりか、零戦そのものが次々に撃ち墜とされるという、にわかには信じられないことまで起きてしまっている。
 さらに、「隼鷹」と「飛鷹」、それに「龍鳳」と「龍驤」の四隻の空母が同時に沈められるという、前代未聞の大損害を被ってしまった。

 しかし、これとて「赤城」や「加賀」、それに「翔鶴」型空母が参陣していれば、十分にこれを防ぐことができたはずだった。
 ミッドウェー海戦は、所要に満たない兵力の逐次投入にも似た連合艦隊司令部の作戦指導によって辛酸を嘗める羽目になった。

 「MO作戦の時と同じ失敗を懲りずに繰り返していますからね。そんな連合艦隊司令部に対して批判の声が上がるのは、むしろ当然のことだと思いますよ。逆に、無能どもが好き勝手やっているのにもかかわらず、それを窘めるような声が出ないほうが不健全ですよ」

 連合艦隊司令部を無能呼ばわりする志津頼航空甲参謀に苦笑しつつ、生沢長官は軍機である人事に言及する。

 「それで、だ。これを機会に海軍三顕職が大きく変わる。大臣だった嶋田さんは軍事参議官となり、一方で空いた大臣の席には山本さんがそこに座ることになる。軍令部総長には百武さん、連合艦隊司令長官については古賀さんが任命される」

 大臣が山本五十六大将になったのは、おそらくは米国に対するメッセージだろう。
 ドイツに傾倒する者が多い中、山本大将は米内光政大将や井上成美中将とともに最後まで三国同盟に反対し、さらに米英とは避戦の態度を崩さなかった。

 それと、ミッドウェー海戦の敗北を一般国民のみならず、陸軍に対してまでこれを隠蔽しようとしたことに対する後始末のこともあるのだろう。
 帝国海軍に対して不信を抱くようになった陸軍と今後も丁々発止のやりとりをするのであれば、嶋田大将ではまずい。
 陸軍に対して借りをつくった、あるいは弱みを握られたような状況で、嶋田大臣が東條首相とやり合うのは不可能だ。
 もし、このまま嶋田大将が海軍大臣の椅子にしがみついていれば、それこそ陸海協調路線という美名のもとで帝国海軍は陸軍から常に譲歩を迫られるような関係となってしまう。

 しかし、山本大将が大臣であれば、このような事態を回避できる。
 おそらく、人事局の連中はそのようなことを考えて、山本大将を大臣にすると決めたのではないか。

 一方、軍令部総長に就任する百武源吾大将のほうはさらに分かりやすい。
 親米派提督として米国でも有名な百武大将が軍令部総長に就任するのは、こちらもまた山本大将と同じように米国との講和を見据えてのものだ。
 そして、軍政のトップと軍令のトップを避戦派で固めたことの意味が理解できないほど米政府も愚鈍ではないはずだ。

 大臣と総長のほうはすんなりとその意図が飲み込めた。
 その一方で、古賀峯一大将の連合艦隊司令長官就任については、志津頼航空甲参謀もその理由がよく分からなかった。
 だから、そのことを生沢長官に尋ねる。

 「山本さんと違って政治色が表に出ることは無いが、それでも古賀さんもまた避戦派であったことが大きいんじゃないかな。確か、米内さんや井上とも親しかったから、あるいはそこら辺りから長官人事の話が出たのかもしれん。それと、古賀さんはあまり飛行機には詳しくない。そこはまあ、アレだな」

 生沢長官はアレと濁しているが、しかし志津頼航空甲参謀はその言葉の意味をすぐに理解する。
 この場合のアレとは、つまりは言いくるめやすいという解釈で間違いなかった。
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