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エピローグ
第67話 改造空母機動艦隊
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昭和二〇年四月一日付で連合艦隊司令長官に就任した小沢中将は連合艦隊旗艦「大淀」の自室で物思いにふけっていた。
昭和二〇年三月一五日、ようやくのことで米国との休戦講和が成された。
ルーズベルト大統領が辞任したことで、以外なほどにあっさりと日米間で妥協が成立したのだ。
そして、その裏では英国やソ連が暗躍していたという。
精強さを維持するドイツとは逆に、物資の困窮が著しい英国やソ連のほうは同国に押し込まれる一方だった。
そのようなこともあって、英国とソ連は一刻も早く日本が戦争から離脱することを願っていた。
もちろん、それは米国の戦争資源のそのすべてを欧州に振り向けてもらうためだ。
米国は海軍こそ弱体化しているが、しかし陸軍と海兵隊はほぼ無傷の状態を保っている。
その陸軍と海兵隊が来欧すれば、戦局は連合国側に大きく傾く。
だからこそ、英国とソ連は最強硬派のルーズベルト大統領の排除を図ると同時に、持てる諜報力や外交力を駆使して日米講和の実現に奔走した。
それら一連の工作の中にはハル・ノートによる日本挑発論や、あるいはニミッツ元長官を悲劇の英雄に祭り上げるなど、ルーズベルト大統領を失脚させるにあたって手段を選ばないものまで混じっていた。
そして、それは奏功し、日本を戦争の舞台から退場させることに成功した。
そのような、表には出せない話を思い出しつつ、小沢長官はこれまでの戦いを振り返る。
戦争が終わるまでの間、連合艦隊は太平洋艦隊に対して勝利を重ねた。
マーシャル沖海戦では「ヨークタウン」と「レキシントン」の二隻の空母のほかに、旧式戦艦の中では最強クラスとされる「ウエストバージニア」と「メリーランド」それに「テネシー」と「カルフォルニア」を撃沈した。
さらに、翌年の第一次ミッドウェー海戦では帝都空襲を企てた「エンタープライズ」と「ホーネット」とともに、さらに「サラトガ」と「ワスプ」の四隻の空母をまとめて始末している。
一昨年の第二次ミッドウェー海戦では最後の生き残りの「レンジャー」と、それにそれぞれ四隻の「エセックス」級空母それに「インデペンデンス」級空母を葬った。
昨年のマリアナ沖海戦では一ダースもの空母を沈め、他に六四隻もの戦艦や巡洋艦、それに駆逐艦を撃沈している。
そして、年初に生起したオアフ島沖海戦では空母や戦艦など六六隻を撃沈、さらに三〇隻の護衛空母を鹵獲した。
ところで、連合艦隊司令長官の就任にあたってだが、実のところ小沢長官は大将昇任の打診も受けていた。
その輝かしい戦績を見れば、それは当然のことだとも言えた。
しかし、小沢長官はこれを固辞した。
たしかに、小沢長官自身はこれまで太平洋艦隊に対して勝利を重ね、さらには友軍艦艇を一隻も損なうことなく持ち帰ることに成功していた。
ただ、これは小沢長官だけの手柄ではない。
部下の将兵たちの努力や犠牲があってのものだ。
中でも搭乗員とそれにその彼らを支えた整備員や兵器員、それに発着機部員らの働きは大きかった。
彼ら母艦航空隊の献身があればこそ、太平洋艦隊に勝利することができたのだ。
そして、小沢長官は自身の指揮によって大勢の搭乗員が死ぬことになったことを自覚している。
帝国海軍において、最多の撃沈スコアを誇る自分は、その一方で最も多くの部下を死なせた提督でもあるのだ。
とてもではないが、昇任を受け入れるような気にはなれなかった。
この件については、帝国海軍上層部もまた小沢長官の意向を受け入れた。
実際、これまでに中将の階級で連合艦隊司令長官を務めた人間が何人もいたから、前例にこだわる海軍官衙の中においても特に問題になるようなことはなかった。
その小沢長官は思索から抜け出し、今度は机上に置かれた書類に目をやった。
米国との戦争が終わったことによる、各艦艇の今後の身の振り方がそこには記されていた。
きっかけは米国からの申し入れだった。
彼の国は帝国海軍に対して空母の減勢を要求してきたのだ。
戦争から退場した以上、もはやそれほど多くの空母はいらないだろうというのがその言い分だった。
さらに、鹵獲した三〇隻の護衛空母についても、これを返還するよう求めていた。
これに対し、帝国海軍もその申し入れを受け入れた。
日本の国力、それに帝国海軍に与えられた予算で三〇隻近い空母を維持できるはずもなかったからだ。
これに、三〇隻の護衛空母まで加われば、それこそ帝国海軍の財布がもたない。
それに、いまだドイツと戦争中の米国と違って、日本のほうは差し迫った危機も無かったことから、このことは海軍内でも問題とされるようなことは無かった。
真っ先に廃艦が決まったのは「金剛」型と「扶桑」型、それに「伊勢」型の合わせて八隻の空母だった。
これら艦はそのいずれもが明治時代かあるいは大正初期に戦艦あるいは巡洋戦艦として建造が開始されたものだった。
もはや、老朽艦と呼んでも差し支えないことで、これら八隻については真っ先に削減対象とされたのだ。
一方で、八隻の小型空母のほうは建造年次が比較的新しいこともあって廃艦になるようなことはなかった。
ただし、これら八隻は今後の艦上機の高速大重量化の趨勢には対応できないため、潜水母艦や高速給油艦、あるいは工作艦といった特務艦に改造されることとしている。
「隼鷹」と「飛鷹」については、両艦ともに艦齢が若かったものの、しかし脚が遅いうえに元の貨客船状態に戻すことが不可能なことから、こちらは売却先が見つからないようであれば、廃艦もやむなしとされている。
このため、開戦前に空母として整備されたうちで、そのまま運用が続けられることになったのは「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」の四隻のみとなった。
これらは、制動索を一新するなどして、新型機に対応できるように改装することとしている。
戦時急造型である「雲龍」と「天城」それに「葛城」と「笠置」もまた空母としての運用が続けられることになった。
ただし、これら四隻は完成を急いだこともあって不具合個所が多く、その修理と併せて米国製もしくは英国製カタパルトの設置が検討されている。
また、「信濃」についても、「雲龍」型空母と同様に不具合個所の修理と併せてカタパルトを設置、さらに司令部施設を拡充させて連合艦隊旗艦が務まるように改装することとされていた。
戦艦については、「長門」と「陸奥」のほうは艦齢を重ねているものの、しかし国民からの人気は根強く、こちらは今しばらくは戦艦のままで連合艦隊の編成に加えておくことにしていた。
一方、「大和」と「武蔵」だが、こちらのほうは議論があった。
このまま戦艦で残すべきだと訴える鉄砲屋に対し、飛行機屋のほうは戦時中の実績をもとに空母に改造すべきだと主張する。
これに対し、海軍上層部は改造にかかる経費や今後の維持費を比較衡量したうえで空母へと改造することを決定する。
(我が帝国海軍はこれまでも、そしてこれからも改造空母頼みだということだな)
思わずわき上がった想念に、小沢長官は胸中で苦笑する。
米国との戦争が終わったことで、帝国海軍の予算は大幅にこれを削減された。
「大和」と「武蔵」を空母に改造するのは、はっきり言えば帝国海軍に金が無いからだ。
それに、仮に正規空母を建造したとしても、そのボリュームは「信濃」には及ばないはずだった。
そうであれば、一隻の大型正規空母を建造する費用で「大和」と「武蔵」を空母へと改造したほうが安上がりとなる。
(だが、それも悪くないのかもしれん)
米国との戦争を前に、帝国海軍は他艦の改造をもって空母の数を確保しようとした。
そして、そのやり方は図に当たり、太平洋艦隊に勝利する原動力となった。
もし、帝国海軍が改造によって空母の数を稼ぐのではなく、新規建造のそれによる少数精鋭のような形を取っていれば、戦争の様相は大きく変わっていたことだろう。
あるいは、連合艦隊は太平洋艦隊に対して惨敗を喫していたかもしれない。
(まあ、なんにせよ飛行機もそうだが、空母もやはり数だな)
そう考えつつ、小沢長官は現実に意識を戻す。
そして、溜まっている仕事に目を向けた。
(終)
最後までお読みいただきありがとうございました。
昭和二〇年三月一五日、ようやくのことで米国との休戦講和が成された。
ルーズベルト大統領が辞任したことで、以外なほどにあっさりと日米間で妥協が成立したのだ。
そして、その裏では英国やソ連が暗躍していたという。
精強さを維持するドイツとは逆に、物資の困窮が著しい英国やソ連のほうは同国に押し込まれる一方だった。
そのようなこともあって、英国とソ連は一刻も早く日本が戦争から離脱することを願っていた。
もちろん、それは米国の戦争資源のそのすべてを欧州に振り向けてもらうためだ。
米国は海軍こそ弱体化しているが、しかし陸軍と海兵隊はほぼ無傷の状態を保っている。
その陸軍と海兵隊が来欧すれば、戦局は連合国側に大きく傾く。
だからこそ、英国とソ連は最強硬派のルーズベルト大統領の排除を図ると同時に、持てる諜報力や外交力を駆使して日米講和の実現に奔走した。
それら一連の工作の中にはハル・ノートによる日本挑発論や、あるいはニミッツ元長官を悲劇の英雄に祭り上げるなど、ルーズベルト大統領を失脚させるにあたって手段を選ばないものまで混じっていた。
そして、それは奏功し、日本を戦争の舞台から退場させることに成功した。
そのような、表には出せない話を思い出しつつ、小沢長官はこれまでの戦いを振り返る。
戦争が終わるまでの間、連合艦隊は太平洋艦隊に対して勝利を重ねた。
マーシャル沖海戦では「ヨークタウン」と「レキシントン」の二隻の空母のほかに、旧式戦艦の中では最強クラスとされる「ウエストバージニア」と「メリーランド」それに「テネシー」と「カルフォルニア」を撃沈した。
さらに、翌年の第一次ミッドウェー海戦では帝都空襲を企てた「エンタープライズ」と「ホーネット」とともに、さらに「サラトガ」と「ワスプ」の四隻の空母をまとめて始末している。
一昨年の第二次ミッドウェー海戦では最後の生き残りの「レンジャー」と、それにそれぞれ四隻の「エセックス」級空母それに「インデペンデンス」級空母を葬った。
昨年のマリアナ沖海戦では一ダースもの空母を沈め、他に六四隻もの戦艦や巡洋艦、それに駆逐艦を撃沈している。
そして、年初に生起したオアフ島沖海戦では空母や戦艦など六六隻を撃沈、さらに三〇隻の護衛空母を鹵獲した。
ところで、連合艦隊司令長官の就任にあたってだが、実のところ小沢長官は大将昇任の打診も受けていた。
その輝かしい戦績を見れば、それは当然のことだとも言えた。
しかし、小沢長官はこれを固辞した。
たしかに、小沢長官自身はこれまで太平洋艦隊に対して勝利を重ね、さらには友軍艦艇を一隻も損なうことなく持ち帰ることに成功していた。
ただ、これは小沢長官だけの手柄ではない。
部下の将兵たちの努力や犠牲があってのものだ。
中でも搭乗員とそれにその彼らを支えた整備員や兵器員、それに発着機部員らの働きは大きかった。
彼ら母艦航空隊の献身があればこそ、太平洋艦隊に勝利することができたのだ。
そして、小沢長官は自身の指揮によって大勢の搭乗員が死ぬことになったことを自覚している。
帝国海軍において、最多の撃沈スコアを誇る自分は、その一方で最も多くの部下を死なせた提督でもあるのだ。
とてもではないが、昇任を受け入れるような気にはなれなかった。
この件については、帝国海軍上層部もまた小沢長官の意向を受け入れた。
実際、これまでに中将の階級で連合艦隊司令長官を務めた人間が何人もいたから、前例にこだわる海軍官衙の中においても特に問題になるようなことはなかった。
その小沢長官は思索から抜け出し、今度は机上に置かれた書類に目をやった。
米国との戦争が終わったことによる、各艦艇の今後の身の振り方がそこには記されていた。
きっかけは米国からの申し入れだった。
彼の国は帝国海軍に対して空母の減勢を要求してきたのだ。
戦争から退場した以上、もはやそれほど多くの空母はいらないだろうというのがその言い分だった。
さらに、鹵獲した三〇隻の護衛空母についても、これを返還するよう求めていた。
これに対し、帝国海軍もその申し入れを受け入れた。
日本の国力、それに帝国海軍に与えられた予算で三〇隻近い空母を維持できるはずもなかったからだ。
これに、三〇隻の護衛空母まで加われば、それこそ帝国海軍の財布がもたない。
それに、いまだドイツと戦争中の米国と違って、日本のほうは差し迫った危機も無かったことから、このことは海軍内でも問題とされるようなことは無かった。
真っ先に廃艦が決まったのは「金剛」型と「扶桑」型、それに「伊勢」型の合わせて八隻の空母だった。
これら艦はそのいずれもが明治時代かあるいは大正初期に戦艦あるいは巡洋戦艦として建造が開始されたものだった。
もはや、老朽艦と呼んでも差し支えないことで、これら八隻については真っ先に削減対象とされたのだ。
一方で、八隻の小型空母のほうは建造年次が比較的新しいこともあって廃艦になるようなことはなかった。
ただし、これら八隻は今後の艦上機の高速大重量化の趨勢には対応できないため、潜水母艦や高速給油艦、あるいは工作艦といった特務艦に改造されることとしている。
「隼鷹」と「飛鷹」については、両艦ともに艦齢が若かったものの、しかし脚が遅いうえに元の貨客船状態に戻すことが不可能なことから、こちらは売却先が見つからないようであれば、廃艦もやむなしとされている。
このため、開戦前に空母として整備されたうちで、そのまま運用が続けられることになったのは「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」の四隻のみとなった。
これらは、制動索を一新するなどして、新型機に対応できるように改装することとしている。
戦時急造型である「雲龍」と「天城」それに「葛城」と「笠置」もまた空母としての運用が続けられることになった。
ただし、これら四隻は完成を急いだこともあって不具合個所が多く、その修理と併せて米国製もしくは英国製カタパルトの設置が検討されている。
また、「信濃」についても、「雲龍」型空母と同様に不具合個所の修理と併せてカタパルトを設置、さらに司令部施設を拡充させて連合艦隊旗艦が務まるように改装することとされていた。
戦艦については、「長門」と「陸奥」のほうは艦齢を重ねているものの、しかし国民からの人気は根強く、こちらは今しばらくは戦艦のままで連合艦隊の編成に加えておくことにしていた。
一方、「大和」と「武蔵」だが、こちらのほうは議論があった。
このまま戦艦で残すべきだと訴える鉄砲屋に対し、飛行機屋のほうは戦時中の実績をもとに空母に改造すべきだと主張する。
これに対し、海軍上層部は改造にかかる経費や今後の維持費を比較衡量したうえで空母へと改造することを決定する。
(我が帝国海軍はこれまでも、そしてこれからも改造空母頼みだということだな)
思わずわき上がった想念に、小沢長官は胸中で苦笑する。
米国との戦争が終わったことで、帝国海軍の予算は大幅にこれを削減された。
「大和」と「武蔵」を空母に改造するのは、はっきり言えば帝国海軍に金が無いからだ。
それに、仮に正規空母を建造したとしても、そのボリュームは「信濃」には及ばないはずだった。
そうであれば、一隻の大型正規空母を建造する費用で「大和」と「武蔵」を空母へと改造したほうが安上がりとなる。
(だが、それも悪くないのかもしれん)
米国との戦争を前に、帝国海軍は他艦の改造をもって空母の数を確保しようとした。
そして、そのやり方は図に当たり、太平洋艦隊に勝利する原動力となった。
もし、帝国海軍が改造によって空母の数を稼ぐのではなく、新規建造のそれによる少数精鋭のような形を取っていれば、戦争の様相は大きく変わっていたことだろう。
あるいは、連合艦隊は太平洋艦隊に対して惨敗を喫していたかもしれない。
(まあ、なんにせよ飛行機もそうだが、空母もやはり数だな)
そう考えつつ、小沢長官は現実に意識を戻す。
そして、溜まっている仕事に目を向けた。
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