元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!

sika

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第19話 公爵令息の後悔

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南部の反乱の報せは、王都にいる貴族たちの心を再び揺さぶった。  
宰相の失脚でようやく平穏を取り戻したかに見えた王国は、今度はフェルナンド公爵家の旗の下で再び緊張に包まれていた。  
民は怯え、貴族たちは上辺だけの忠誠を口にする。  
その渦中で最も重く沈んでいたのは、他の誰でもない、元婚約者ルシアン・フェルナンド自身だった。  

反乱の首謀者が父であると知ったとき、彼の膝から力が抜けた。  
その報は、彼の存在をもまた罪に染めた。  
城内に残っている彼は今、事実上の監視下に置かれていた。  
逃げることも許されず、ただ日が落ちるまでの時間を重く過ごす。  

「何を間違えたのだろう、俺は……。」  
小さく漏れたその呟きには、嘆きより自嘲の色が濃い。  
信じたもののすべてが崩れ、守るべき名家が敵として扱われる。  
まるで人生そのものが試されているかのようだ。  

夜の訪れとともに、部屋の扉が叩かれた。  
現れたのは、ノエル王太子だった。  
月明かりを背に、彼の佇まいは静かでありながら、圧倒的な存在感を放っていた。  

「ルシアン・フェルナンド。」  
「……殿下。」  
「君を拘束する理由はない。だが、君の父が王国を裏切ろうとしていることは事実だ。」  
「……分かっています。」  
ノエルは部屋に足を踏み入れ、静かに窓に目を向けた。  
夜風がカーテンを揺らし、二人の間を冷たく通り抜ける。  

「君の父上は兵を動かす前から、多くの領主を買収していた。国庫の裏金も、すでに南へ流れている。」  
「父上は……そこまで。」  
「君がこれ以上家の名と共に沈む必要はない。もし本当に国を思うなら、この手紙を届けてほしい。」  
差し出された封筒には、王家の紋章が刻まれている。  
「これは……。」  
「王命だ。フェルナンド家の人々に武器を置くよう呼びかけ、降伏を促す。領民を守る道は、まだある。」  
「俺に……反乱の鎮圧を命じる、と?」  
「違う。――君に、家と向き合う責任を与える。」  

ルシアンの喉が詰まった。  
それは罰ではない。  
だが、それ以上に残酷な“赦し”だった。  

「……俺にできることなど、何もない。」  
「ある。君は一度、愛する人を裏切り、家の名にすがった。だが今度は、人として正しい選択ができるかどうか。それだけを試されている。」  
ノエルの声は静かな怒りを孕んでいた。だがその奥に、確かな信頼の響きもあった。  

沈黙ののち、ルシアンは膝をついた。  
「王太子殿下。私は……クロエを失ってから、自分が何を守っていたのか分からなくなりました。  
名誉か、誇りか。どちらも、あの人がいなければ意味を持たなかったんです。」  
「分かっている。彼女は君の中に、まだ生きているんだろう。」  
「ええ。けれど、彼女が見ているのは私ではなく、貴方だ。」  
ルシアンはかすかに笑った。その笑みは哀しみに滲んでいた。  

「殿下、嫉妬などしていません。ただ……あの人を貴方に託すことこそ、救いなんです。」  
ノエルの瞳が一瞬柔らかくなった。  
「君がそれを言えるということが、すでに救いだ。」  

しばし、二人の間に静寂が落ちる。  
遠くの塔の鐘が、夜半を告げて鳴る。  

ルシアンは封筒を両手で受け取り、膝の上で丁寧に抱いた。  
「この命、フェルナンド家の名より、国に捧げます。」  
「ありがとう。……だが、命を捧げるなど二度と言うな。君は生きて、責任を果たせ。」  
「はい。」  

ノエルは背を向け、扉の方へ進んだ。  
部屋を出る寸前、ふと振り返る。  
「クロエは、必ず君を許す。だが、ゆるされたことを忘れないでほしい。」  
その言葉に、ルシアンは深く頭を垂れた。  

王太子が去った後、ルシアンは立ち上がった。  
窓の外は満天の星。  
幼い頃、父と共にこの景色を見ながら誓った言葉を思い出す。  
“フェルナンド家の血は王家の影であれ”――。  

だが、いま目の前にある影は、父ではない。  
自らの愚かさ、そのものだった。  
「父上……どうして、こんなことに……。」  

翌朝、ルシアンは馬に跨がり、南へ向かった。  
薄い霧の中、彼の顔は疲れと決意に覆われている。  
手紙は胸の内ポケットにあり、彼の鼓動と同じリズムでわずかに揺れた。  

途中、彼の脳裏にはいくつもの場面が浮かんだ。  
クロエが笑う顔。完璧な淑女として、人々の前に立つ姿。  
そして、彼女が涙をこらえながら「さよなら」と言ったときの声。  
あの瞬間から、自分の時間は止まっていた。  
奪ったのは彼女の未来だけでなく、自分自身だったのだ。  

午前の日差しが霧を割り、南の丘陵地帯が見えてくる。  
遠くには、フェルナンド家の紋章を掲げた砦が立っていた。  
その旗を見つめながら、ルシアンはつぶやいた。  
「今度こそ……終わらせる。」  

その頃、王城ではノエルが政務の合間にクロエの容態を確かめに来ていた。  
クロエはまだ少し青ざめた顔をしていたが、穏やかな表情だった。  
「殿下……南へお向かいになるのですか。」  
「そうだ。だが君を置いては行かない。」  
「私は王妃様の側で尽くします。お心配なく。」  
「君はいつもそう言う。自分の痛みより先に他人のことを言う。」  
「侍女ですから。」  
「……だからこそ、君がいないと私は息ができない。」  

クロエは目を細めた。  
「殿下、ルシアン様に手紙を託されたそうですね。」  
ノエルはわずかに目を見張る。  
「よく知っているな。」  
「医務室の侍女たちが話していました。あの方は、本当に償いたいのでしょう。」  
「彼は向かっている。自らの家と。」  
クロエの表情に影が差す。  
「どうか、あの人に伝えてください。後悔の中でも、誰かを救えるのだと。」  
「伝えよう。君がその言葉をくれたのなら、きっと彼が救われる。」  

窓辺に立つノエルの横顔は、陽光を浴びて金色に輝いていた。  
クロエは心の底で思う――。  
彼の背に見えるその光は、民のために戦う“王の光”であると同時に、自分に差し伸べてくれた“人としての温もり”でもある。  

「殿下。」  
「なんだ。」  
「どうか気をつけて行ってください。……もう、私にとって失いたくない人は、貴方だけですから。」  
その言葉に、ノエルの瞳が微かに揺れた。  
「必ず、戻ってくる。」  

城を出る直前、彼は振り返り、静かに呟いた。  
「ルシアン、そしてクロエ――。私は二人の過去を越えて、未来を作ろう。」  

風が門を抜け、王太子の外套を翻す。  
青空の彼方へ、その姿はゆっくりと消えていった。  

過去を悔いる者と、未来を信じる者。  
その道がいつか交わる日が来ることを、クロエは祈るしかなかった。  

続く
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