元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!

sika

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第18話 過去との決別

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薄雲が流れる午前の空の下、王城は静寂を取り戻しつつあった。  
宰相の反乱は鎮圧され、王妃セレーネが政務を再び掌握していた。  
けれど、戦火の跡はすぐには消えなかった。焦げた床、割れた石壁、そして兵たちの傷。  
その中心に、静かに息を潜めるひとりの女性の姿があった。  

クロエはまだ療養中ではあったが、医師の許可を得て病室を出た。  
肩の傷は包帯に覆われ、動かすたびに痛みが走る。  
それでも歩く足取りは迷いがなかった。  
「……殿下は政務室におられるはず。」  
あの日、彼に告げた“信頼”は嘘ではない。けれど、彼の覚悟に甘え続けるわけにはいかないと思っていた。  

王太子の侍女として仕えた日々。  
愛を知ってしまった自分。  
そして、自分のせいで戦いが生まれた現実。  
そのすべてと、今日こそ決着をつける――そう心に誓っていた。  

王城の北翼、政務室の扉をノックすると、聞き覚えある声が返った。  
「どうぞ。」  
扉を開けると、陽光が差す広い部屋にノエルがいた。  
彼は机の上の書類に目を通していたが、クロエの姿に気づくとふっと笑みを浮かべた。  

「傷はもういいのか?」  
「医師には驚かれました。癒りが早いと。」  
「君の意志の強さがそうさせる。」  
ノエルの柔らかな声に、胸の奥がわずかに痛んだ。  
「政務の最中に押しかけてしまって、ごめんなさい。」  
「謝ることはない。君と話がしたいと思っていた。」  

クロエは少し躊躇いながらも、一歩前へ進む。  
「……あの日のこと。宰相の言葉を、すべて聞いたわけではありません。でも、私はその言葉の中に、自分の影を見ました。」  
ノエルが静かに目を細める。  
「自分の影?」  
「ええ。もし私が殿下のそばにいなければ、あんな陰謀が生まれることもなかったのかもしれません。」  
「だから君は、自分を責めているのか。」  
「……はい。私は、殿下を困らせた侍女ですから。」  
かすかな笑みを浮かべたその声の裏には、確かな覚悟があった。  

ノエルは立ち上がり、机を回り込んで彼女の前に来た。  
「クロエ、君はまたそんなふうに言う。努力が重いと言われたあの日と同じように。」  
クロエの心が小さく揺れる。  
「でも、重いものを持たないと人は歩けませんよ。……殿下のためと思えば、どんな重さも、私には意味がありました。」  
「君のその強さに、私が何度救われたことか。」  

しばしの沈黙。  
風がカーテンを揺らし、光が二人の間を通り抜ける。その穏やかさの中で、ノエルが静かに告げた。  
「君がいることが、この国の救いになった。それなのに、自分を咎めるなんて、私には耐えられない。」  
「でも、殿下には王国を背負う義務があります。私は……殿下の未来の邪魔をしたくない。」  
「未来?」  
「はい。殿下には、王妃になるに相応しい方がきっと現れます。その方の傍で、国を導いてください。それが、この国のためです。」  

ノエルは目を閉じ、大きく息を吐いた。  
「君は……なぜそうも自分を遠ざけようとする。」  
「わかっています。私は殿下の侍女、身分も違えば生きる世界も違う。わかっていても――心だけは抑えられませんでした。」  
その声が震えていた。抑えたはずの涙が、また頬を伝って落ちた。  

ノエルは一歩近づき、彼女の肩に手を置いた。  
「私も同じだ。王太子である前に、ひとりの人間として君を愛している。」  
クロエは首を振る。  
「それは、優しい嘘です。」  
「嘘ではない。」  
ノエルの声が低く強く響く。  
「君は私の人生を変えた。王族として生まれ、愛することも恐れていた私に、“信じる心”を教えてくれた。君がいなければ、私はただの人形だった。」  

クロエの唇が震える。  
「殿下……。」  
「私は君を失いたくない。それがどんなに愚かに見えても構わない。」  
「でも私は、殿下の夢を妨げてしまう。」  
ノエルは小さく笑った。  
「私の夢は、君を含めたものだ。君を取り除いた未来など、見たくはない。」  

その言葉に、抑えていた涙が溢れた。  
それでもクロエは、最後の力で笑った。  
「殿下、本当に……ずるい方ですね。」  
「君に言われたくないな。」  

二人の笑い声が重なり、長い沈黙を破った。  
やがてノエルはそっと手を差し出した。  
「クロエ、これから先、どんな選択をしても、君は君のままでいてくれ。もし君がまた“努力が罪”と言われる日が来ても、その努力を誇りにしてほしい。」  
クロエはその手を見つめ、静かに頷く。  
「はい。……もう逃げません。過去にも、私自身にも。」  

その瞬間だった。  
政務室の扉が開き、ひとりの使者が飛び込んできた。  
「殿下! フェルナンド公爵家より報告! 本家が宰相派残党と結託し、南部で反乱を起こしました!」  
空気が凍りついた。  
ノエルの表情が一変し、直ちに命じる。  
「すぐに兵を集めろ。国境の防衛線を整える。民を巻き込むな。」  
使者が駆け出すと、クロエは唇を噛み締めた。  
「また戦が……。」  
ノエルは拳を握る。  
「この国を守るためには、終わらせなければならない過去がある。フェルナンド家は私の父王を裏切った家だ。だが私は、憎しみではなく、誇りで戦いたい。」  
クロエが微かに微笑む。  
「やっと、殿下らしい言葉ですね。」  
「君のおかげで言えるようになった。」  

窓から差す光が彼の背を照らす。  
その姿は、もはや迷いのない未来の王のものだった。  
クロエは深く頭を下げた。  
「殿下に仕えて幸せでした。この戦いが終わったら、私は王宮を去ります。」  
「去る?」  
「ええ。殿下が本当に“王”となるために、私は陰にならなければなりません。」  
ノエルは目を閉じ、しばらく何も言わなかった。  
そして、ゆっくりと微笑む。  
「ならばその時、私は“王”としてではなく、ひとりの男として君を迎えに行こう。」  

クロエの目に、新しい涙が光った。  
「その言葉を信じていいのですか?」  
「信じろ。君が信じることを教えてくれたように。」  

部屋を出る直前、ノエルが振り返る。  
「新しい時代を創るためには、過去を終わらせなければならない。だが、君との過去だけは――決して終わらせない。」  

彼の言葉を胸に、クロエは静かに目を閉じた。  
その涙は、悲しみではなく誇りの証。  
愛と信念がひとつになった瞬間、彼女は初めて心の底から微笑んだ。  

続く
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