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一章
木の役のプロはそれはそれですごいと思う
しおりを挟む義兄と一緒に寝る、という行為は初めこそ恥ずかしくてたまらなかったけど、三日目にはもう慣れていて元気にリアムの部屋のドアを叩くまでになった。
慣れとはいいものである。順応力が一番大事だ。
ところで俺はどうやら思ったより寝相が悪いようで、朝起きた時はほぼ必ずリアムに抱きついてしまっている。
これはちょっとだけ恥ずかしいけど、リアムもリアムで抱きしめ返しているのでおあいこだ。
……俺の朝の準備をしにきてくれるアリアはその光景を見て黙って親指を立てている。
侍女の考えていることがわからない。
そして、あっという間に週末。
「兄上! あれはなんのお店ですか?」
「あそこは魔道具を扱っている店だな。表に並んでいるのは各属性の魔力を込めた魔石だ。つければその属性が使えるようになる……なんてものじゃないが、ちょっとした耐性がつくようになるんだ。まあ、お守りかな」
「へえ、魔道具……。あっ、あっちは?」
「ああ、あの店は――」
見えるもの全てが新しくて、テンションは絶好調だった。
街を歩きながら、お忍びの装いに身を包む義兄は俺の質問に丁寧に答えてくれる。それが嬉しくてまた質問する。
すごい、この世界はこんなに色々なものがあるのか!
生まれてからずっと孤児院にいたから、こんな街なんて知らなかった。
俺がシャノンじゃなかったら、この光景のことは成人して施設を出るまで知ることなく生きていってたのかな、と思うとなんとなく胸にくるものがある。
「父上、母上、ぼく、僕……。引き取ってもらえてとっても幸せです。ご恩を返せるように頑張ります!」
若干センチメンタルな気分になって思わずそんなことを口走る。
父も母も黙って微笑んでいて、そっと頭を撫でてくれた。
「……リアム。そういえばお前、休暇前のテストが上位三位に食い込んだらしいな」
「父上? はい、光属性ということで殿下の護衛も任されていますし、家の名に恥じないためにも俺は」
「よくやった。私もソフィアも、お前が努力していることはずっと知っているよ」
食い気味に放たれた父の台詞にリアムが息を呑むのが分かった。
俺は空気を読み、なるべく気配を消そうと押し黙る。
「……私が長男ゆえ、かつ弟と歳が離れているのもあって我が伯爵家の後継になったが、弟は天才だった。弟が後継になるべきだと真剣に考えていた時期もある」
突然始まった父の独白にちょっとドキドキする。なんだ、弟がどうしたんだ。
「弟は跡継ぎになりたいわけではなかったが研究家気質が強い子だったから、自分の血を伯爵家に入れてみたいと言った。だから私たちは、私の後は私の実子に継がせ、その後を弟の子どもに継がせる約束をした」
なんか思ってた話の方向と違ったけど、なかなかヘビーな話である。
それ、今でも有効ってことはきっと弟さんには子どもも生まれてて順調に育ってるんだろうけど、子どもが嫌がったりリアムが実子に跡を継がせることに固執してたら一気に無理になる約束では?
……まあ、天才と比べられたプレッシャーと弟を差し置いて跡を継ぐ罪悪感に上手いこと折り合いをつけるために、必要なものだったのかもしれないけど。
「はい。叔父上の子が、という話は勿論存じておりますが」
「……子の意思を聞かずに私たちで取り決めをした申し訳なさと、天才の弟の子に負けないほど優秀な子に育てようと……。リアムには子どもらしい子ども時代を送らせてやれなかったとシャノン君を見て常々感じていた。お前は、俺とソフィアの大事な子どもだよ」
……え!? これ、クライマックスシーン!?
なんでこんなところで話すんだと言う気もしないでもないけど、父なりにタイミングがあったんだろう。
リアムは目を見開いて口を閉ざしていた。どう反応したらいいのかわからない、という感じだろうか。
「リアム、私も貴方に貴族として接していたことが多かったけれど。ディーン様と同じで、大事な子どもなのよ。……その、今更こんなことを言われても困ると思うけれど」
「困るだなんて……。俺は父上と母上に感謝こそしても、恨んだことはありません。勉強の環境を整えてくださって、結果が出たら褒美もいただいていましたし。……ええと……」
あっ!! 全員もじもじし始めてしまった!!
さすがにこの空気を打開できるのは俺しかいない。どうしよう!? 急に転んで意識を逸らすとか!? ……いや、それはないか。
お遊戯会の木の役くらい気配をなくしていたけど、とりあえずリアムの腕にぎゅっと抱きつく。
お出かけして胃痛ポジになるとは。でも、まあ、この家族をなんとかするって決めたしな! 最初に!
「僕はみーんな大好きです! それで、父上も母上も兄上が大好きで、兄上もそうなんですよね? えへへ、仲良し家族って良いですねっ」
にこにこと無邪気(に見えるよう)な笑顔を浮かべてそう言ってみる。
どうだ!? 子どものこういう空気の読めなさは逆に空気が読めてるだろ!
「シャノン……。うん、俺はこの家が好きだよ。父上も母上も、俺に負い目なんて感じなくても、ちゃんと家族として好いています。……でも、そう言ってくださってありがとうございます」
もう片方の手でリアムの腕に回された俺の手を撫でながら、義兄がぽつりと言葉をこぼした。
心なしか顔が少しだけ赤い気がする。
えっ! リアム、照れてる、照れてるのか!?
思わずリアムの顔を凝視していると目があって、ふっと頬を綻ばせたので次は俺が照れてしまった。
父と母はさっき俺の頭を撫でていた手で今度はリアムの頭を撫でる。
おお、良い感じだ……。これが物語なら次の章に進むレベルの後味の良さである。
そっとリアムから手を離して、また空気に徹した。俺は木、モブの木。
ふと視界の端にさっき見た魔道具のお店が目に入る。好奇心に勝てなくて、一歩、二歩とそこに近づく。
家族三人はぽつぽつと会話をしているし、俺は遠くに行ってるわけでもないから大丈夫だろう。
「すご、綺麗……」
リアムが説明してくれた魔石もそうだけど、それ以外にもそこに並ぶ商品はなんだかキラキラ輝いて見えた。
ペン型のなにかとか、バレット型のなにかとか、効果はわからないけど一見普通の文房具とかアクセサリーみたいだ。
なんとなくそのうちの一つを手に取る。
「おや、かわいいお兄ちゃん。お目が高いね」
「え! あ、すみません。綺麗だなって」
「嬉しいね。なかなか売れないけどそれは儂がつくったものなんだよ。インクをいちいち付けなくても字が書ける優れもんだ」
ん? ボールペンってこと?
いや、どっちかっていうと万年筆か。
半透明の胴体の中をじっと見つめてみる。
「中に何か入ってるんですか?」
「魔力回路を中に繋げてるんだ。使う人の魔力をインクに変換して使えるのさ。もちろん、使う魔力はほんの少し」
なるほど、インクカートリッジじゃなくて魔力……。
「へえ……、面白いですね」
魔力ってこういう使い方もできるのか。魔法って言ったら、なんか敵に向かってガーッと放ってドガ! バギ! ファイアー! みたいなイメージしかなかった。
俺は根が小心者だから、孤児院にいた頃もなんかどでかい魔法とか怖くて撃てなかったし。
だから正直、本当に魔力が多いって知っても何かを攻撃するために俺が魔法を使えるなんて思ってなかったんだけど……。
魔道具、面白いかもしれない!
「ほう! この繊細さが分かるのかい? いいねえ、良い目を持ってるよ。日常を少し便利にするのに役立つもんは、一度使えばその器用さが分かるはずだ」
「そうですよね。好んで不便を選ぶ必要はありませんし……。……ん、ん? あれ?」
他の商品も見たいな、と思ったところでそういえばリアムたちの話はひと段落しただろうかと思い出す。
さっきまで彼らがいた場所を見ると、そこには誰もいなかった。
「……え? あれ? どこ行った?」
「うん? お兄ちゃん、どうした」
「いえ、あの、家族で来てたんですけど……あの……」
この状況、思い至ることはひとつだけだ。
さーっと血の気が引く。
……俺、置いてかれた!?
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