彼が幸せになるまで

花田トギ

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穏やかな(?)日々

侑吾の好感度

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 ワケアリとは聞いていた侑吾を面接した萌香は、最初侑吾を雇う気は無かった。筋肉を愛する人以外をスタッフとして置くのを避けたかったからだ。だが、昔から縁のある晃の頼みだからと面接だけはしてみる事にしたのだが、面接に現れた侑吾の魅力に、萌香はすぐメロメロになった。
 白い首筋、細い指、何より守ってあげたい雰囲気に庇護欲がそそられ、長いまつ毛に丸くて可愛らしい瞳にときめきを覚えた。萌香〇〇歳、筋肉以外へのときめきは久しぶりの事だった。
 ときめきと同時に、侑吾の容姿は集客に有利だと経営面からも判断し、採用に至った。しかし、人を魅了する容姿は時として諸刃の剣にもなる。侑吾狙いの客が増え、その中にはよろしくない客も混じっていた。とは言っても大切なお客様を無下にも出来ず、萌香が悩んでいる時に現れたのが鷹司だった。
 鷹司はそのカリスマ性からすぐにジムの中心人物的立場になったが、恥じることなく侑吾がお気に入りだと公言していた。そのおかげで、良からぬことを企む客の暴走を止める抑止効果を得ていた。
 しかし、人が一人だと網目を縫うように侑吾に近づく輩もまだ居た。そういう輩は萌香が対処していたのだけれど、近藤が現れてから萌香の役目も終わった。本人には自覚は無いようだが鷹司がいない時は近藤が侑吾にへばり付いているため、不埒な輩は手出しが出来ない状況が続いていた。そのうちにジム内で、寺内侑吾に手を出すなかれという空気が定着していたのだった。
「あのね、鷹司さんも近藤さんも、寺内くんの事を……」
 萌香が口にするのも無粋な気もする。説明しかけた口を一端閉じ、話を変えた。
「寺内くん的にはどうなの?鷹司さんとか近藤さんとか」
「どうって……?」
「恋愛的によ!そろそろ恋人くらい作っても罰は当たらないでしょ?」
 侑吾はまたか、とでも言う風に肩を落とした。萌香にだけでなく、他の女性スタッフ達からも同じような質問を良くされて、飽きていたからだ。
「お客様としか見てません」
「ほら、鷹司さんお金持ちじゃない?それってやっぱり魅力的じゃない?」
「確かに経済力は大切ですけど、俺は今ここで働かせてもらってる給料でなんとかなってますし……」
「じゃ、じゃあ近藤さんとかどう?いつも『寺内さーん!』って大型犬みたいに来られたら、可愛いなって思ったりしちゃわない?」
「えっと……そ、それは……」
 侑吾が僅かに言葉に詰まったのを萌香は見逃さなかった。同時に、ジムの入り口に他の会員よりも頭一つ大きい男が入ってくるのも。
「寺内さん!」
 まさに大型犬が駆けてくるように嬉しそうに侑吾のところまでやって来た近藤は、やっと萌香に気が付いた。
「あ、萌香さんもこんにちは!」
「ついでみたいに言わないの!近藤さんお久しぶりです。あ、寺内くんじゃあ私そろそろ書類とかやんなきゃだから行くわね」
「あ、はい」
「……近藤さん、寺内くんがコーヒー飲み終わるまで横にいてあげてくださいね」
「良いんですか?」
「オーナーが許可しまーす」
「えっ、ちょっと萌香さん?!」
 動揺する侑吾を置いて、萌香は足取り軽く事務所へと行ってしまう。
「あーでも良かったぁ。最近仕事が立て込んでいて、今日なら寺内さんのいる時間に間に合うかなって走って来たんです!いつもすぐ帰るのに、今日はお時間あるんですね?」
「今日は萌香さんに誘ってもらったんで……」
 侑吾の言葉に、近藤の見えないしっぽが揺れている。
「あの、じゃあこのまま晩飯どうです?最近近くで素敵なお店見つけたんです。良い酒もあって――あ、実は俺結構酒好きなんです。寺内さんは、お酒飲める方ですか?」
「あ……えっと……」
 懐っこい笑顔で言われて、思わず『はい』と言いたくなる。転びそうになった時に二度も助けてもらった熱い胸板、引かれた手の力強さを思い出し、少し甘えたい気持ちが無いと言えば嘘になる。
 だが、人からの好意を信じるのが怖かった。雪と付き合っていた時も同性同士のカップルを白い目で見る人はいたし、そうでなくても、元カレの子供を育てているだなんていかにもワケアリすぎる。たとえ、近藤が本当に侑吾に好意を抱いてくれていたとしても、その事実を伝えれば終わってしまう気がした。
 それならば、ジム内だけで恋にも満たない心の浮遊感を楽しむだけで十分に思えた。そう、今の侑吾にはそれで十分な筈だ。
「和食の店なんですけど……あ、あとは素敵なバーもあるんですよ。ハシゴしても良いなぁ……どうです?」
 頭に蒼汰の顔が浮かんできた。浮かれている場合じゃない。
 慌てて後ろの壁に掛けられている時計を確認すると、もう六時が近かった。蒼汰は一人で家で待っている筈だ。萌香との話が思ったより長引いてしまった事を後悔した。
「ごめんなさい、今日は都合が悪くて……」
 申し訳無さそうに頭を下げると、侑吾は近藤の顔を見る事なくスタッフルームへと下がっていってしまった。
「え!?あ……ま、また絶対誘いますからねー!」
 後ろから聞こえる大きな声に、頷くことも断る事も出来ず、振り返って頭を下げる事しか出来なかった。
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