『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第2話 何もしない令嬢は、実家へ戻る

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第2話 何もしない令嬢は、実家へ戻る


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 王宮を出る馬車の中は、驚くほど静かだった。
 重厚な扉が閉まり、車輪が石畳を転がる音だけが、一定のリズムで耳に届く。

 ファワーリス・シグナスは、背もたれに身を預け、小さく息を整えた。

(……思ったより、あっさりでしたわね)

 婚約破棄。
 本来であれば、人生を揺るがす一大事だ。
 泣き崩れる令嬢もいれば、感情に任せて抗議する者もいる。
 実家に戻れば、家族会議、対応協議、今後の方針――やるべきことは山ほどある。

 けれど。

(今すぐ私が動く必要は、特にありませんわ)

 彼女はそう判断していた。

 なぜなら、婚約破棄はすでに“宣言された事実”であり、
 その正当性や形式を確認するのは、当事者本人ではなく、
 家と家、そして王家と貴族社会の問題だからだ。

 ――つまり。

(専門家の出番ですわね)

 ファワーリスは膝の上で手を重ね、目を閉じた。


---

 シグナス公爵家の屋敷に到着したのは、夕刻前だった。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

 迎えに出た執事と侍女たちは、普段と変わらぬ所作で頭を下げる。
 そこに同情や憐れみの色はない。
 それが、彼女にとっては何よりありがたかった。

「お父様とお母様は?」

「すでにお戻りです。応接室にて」

 ファワーリスは頷き、ゆっくりと歩を進めた。


---

 応接室では、公爵夫妻が向かい合って紅茶を飲んでいた。
 娘の姿を認めると、二人は静かに立ち上がる。

「無事で何よりだ、ファワーリス」
「疲れてはいない?」

「ええ。特に」

 それだけのやり取りで、すべてが通じた。

 公爵は娘を座らせ、淡々と口を開く。

「王宮からは、まだ正式な書類は届いていない」
「当然ですわね」

 ファワーリスは即答する。

「公の場で宣言しただけでは、何の効力もありませんもの」

 その冷静な言葉に、母は小さく微笑んだ。

「ええ、その通りね。
 だから私たちは、これから“確認”を始めるわ」

 確認。
 それは抗議でも、報復でもない。
 ただ、正しい手続きを、正しい順番でなぞるだけの作業だ。

「あなたはどうする?」

 父の問いに、ファワーリスは少し考え――首を傾げた。

「私は、何もしませんわ」

 母がくすりと笑う。

「でしょうね」

「必要でしたら、呼んでくださいませ。
 ですが、今のところ――」

 ファワーリスは紅茶に口をつけ、静かに言った。

「何をする必要が?」

 公爵は深く頷いた。

「そうだな。
 これは、我々大人と、専門家の仕事だ」


---

 その夜。
 ファワーリスは自室で、久しぶりにゆっくりと本を読んでいた。

 王宮では今頃、怒号や混乱が渦巻いているだろう。
 だが、それは彼女の知るところではない。

(働いたら負け。
 何もしないのが勝ち)

 ページをめくりながら、彼女はそう結論づける。

 ――そしてこの静かな夜の裏側で、
 王宮と貴族社会は、すでに“勝手に”動き始めていた。

 それを、ファワーリスはまだ知らない。
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