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第3話 動き出した王宮と、動かない令嬢
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第3話 動き出した王宮と、動かない令嬢
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翌朝、王宮は微妙に、しかし確実に噛み合っていなかった。
朝の定例報告は予定時刻を過ぎても始まらず、控えの官僚たちは落ち着かない様子で書類を抱えて立ち尽くしている。
誰かが指示を出すはずの場面で、その「誰か」が現れない。
「……まだですか?」
「いえ、その、確認が取れておらず……」
小声のやり取りが、あちこちで交わされていた。
これまでなら、こうした些細な齟齬は起きなかった。
なぜなら――誰かが、裏で調整していたからだ。
だが、その“誰か”は、もう王宮にはいない。
---
「どういうことだ!?」
王太子レオンハルトは、執務室で声を荒らげた。
「昨日まで問題なく回っていた案件だぞ!
なぜ今になって、承認が止まっている!」
詰問された官僚は、困惑した表情で答える。
「は、はい……その、これまではファワーリス様を通じて、
各部署の意見調整が行われておりまして……」
「だからそれを、今後は俺たと――」
言いかけて、王太子は言葉を詰まらせた。
“俺たち”とは誰だ。
隣に立つ新たな婚約者は、気まずそうに視線を逸らしている。
「……とにかく、急げ」
「承知しました」
官僚が去った後、部屋には重い沈黙が落ちた。
「レオンハルト様」
新婚約者が、少し不安そうに口を開く。
「前は……その、全部、あの方が?」
「……知らん」
王太子は苛立たしげに髪をかき上げた。
「だが、何もしない女だと思っていた。
そうだろう?」
自分に言い聞かせるような声だった。
---
一方、その頃。
シグナス公爵家の庭園では、穏やかな陽光の下、
ファワーリスがテラスで朝の紅茶を楽しんでいた。
「お嬢様、王宮から使いの者が来ております」
侍女の報告に、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「どのような用件か、聞きました?」
「いえ……『少しお話を』とだけ」
ファワーリスは、ほんの一瞬だけ考え――首を横に振った。
「後ほどにしてくださいませ。
今は読書の時間ですわ」
「承知いたしました」
侍女は一礼し、下がっていく。
ファワーリスは本に視線を戻しながら、心の中で呟いた。
(……もう困っているのですね)
だが、それは予想の範囲内だった。
彼女がしていたことは、決して表に出るものではない。
書類の行き違いを防ぎ、
部署同士の小さな摩擦を吸収し、
“問題が起きないようにする”だけ。
起きていない問題は、評価されない。
だから彼女は「何もしない女」だった。
(専門家がいれば、回るはずですもの)
ページをめくり、静かに結論づける。
(……回らないのなら、それは私の責任ではありませんわ)
---
王宮ではその日、小さな遅延と混乱が積み重なっていた。
誰も致命的な失敗はしていない。
だが、誰も全体を見ていない。
そして、その中心にいたはずの令嬢は――
いま、庭園で穏やかに本を読んでいる。
何もしないまま。
する必要が、ないから。
---
翌朝、王宮は微妙に、しかし確実に噛み合っていなかった。
朝の定例報告は予定時刻を過ぎても始まらず、控えの官僚たちは落ち着かない様子で書類を抱えて立ち尽くしている。
誰かが指示を出すはずの場面で、その「誰か」が現れない。
「……まだですか?」
「いえ、その、確認が取れておらず……」
小声のやり取りが、あちこちで交わされていた。
これまでなら、こうした些細な齟齬は起きなかった。
なぜなら――誰かが、裏で調整していたからだ。
だが、その“誰か”は、もう王宮にはいない。
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「どういうことだ!?」
王太子レオンハルトは、執務室で声を荒らげた。
「昨日まで問題なく回っていた案件だぞ!
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「は、はい……その、これまではファワーリス様を通じて、
各部署の意見調整が行われておりまして……」
「だからそれを、今後は俺たと――」
言いかけて、王太子は言葉を詰まらせた。
“俺たち”とは誰だ。
隣に立つ新たな婚約者は、気まずそうに視線を逸らしている。
「……とにかく、急げ」
「承知しました」
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「レオンハルト様」
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「前は……その、全部、あの方が?」
「……知らん」
王太子は苛立たしげに髪をかき上げた。
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そうだろう?」
自分に言い聞かせるような声だった。
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一方、その頃。
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「お嬢様、王宮から使いの者が来ております」
侍女の報告に、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「どのような用件か、聞きました?」
「いえ……『少しお話を』とだけ」
ファワーリスは、ほんの一瞬だけ考え――首を横に振った。
「後ほどにしてくださいませ。
今は読書の時間ですわ」
「承知いたしました」
侍女は一礼し、下がっていく。
ファワーリスは本に視線を戻しながら、心の中で呟いた。
(……もう困っているのですね)
だが、それは予想の範囲内だった。
彼女がしていたことは、決して表に出るものではない。
書類の行き違いを防ぎ、
部署同士の小さな摩擦を吸収し、
“問題が起きないようにする”だけ。
起きていない問題は、評価されない。
だから彼女は「何もしない女」だった。
(専門家がいれば、回るはずですもの)
ページをめくり、静かに結論づける。
(……回らないのなら、それは私の責任ではありませんわ)
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王宮ではその日、小さな遅延と混乱が積み重なっていた。
誰も致命的な失敗はしていない。
だが、誰も全体を見ていない。
そして、その中心にいたはずの令嬢は――
いま、庭園で穏やかに本を読んでいる。
何もしないまま。
する必要が、ないから。
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