9 / 40
第9話 気づいてはいけない答え
しおりを挟む
第9話 気づいてはいけない答え
---
王宮の廊下を歩く宰相の足取りは、いつになく重かった。
深夜まで続いた会議の疲労ではない。
胸の奥に、はっきりと形を持ち始めた“答え”の重さだった。
(……我々は、何を失った?)
各部署の責任者は揃っている。
制度も規則も、以前と何一つ変わっていない。
それなのに、物事は進まない。
進まないどころか、
判断の前段階で絡まり、止まり、膨れ上がっている。
「宰相閣下」
声をかけてきたのは、財務官だった。
「来年度予算の件ですが……
どうにも優先順位が定まらず」
「……以前は、どうしていた?」
思わず漏れた問いに、財務官は一瞬だけ黙り込んだ。
「……その」
言葉を探す仕草。
宰相は、それ以上聞かなかった。
聞いてしまえば、答えが確定するからだ。
---
その頃、王太子レオンハルトは執務室で独り、机に肘をついていた。
山積みの書類。
だが、どれも決裁には至らない。
「なぜ、ここまで……」
小さく呟いた瞬間、
ふと、過去の光景が脳裏をよぎる。
会議の前に届いていた要点整理の紙。
部署ごとの利害が簡潔にまとめられた報告。
判断後、静かに下がっていく銀髪の令嬢。
(……勝手にやっていると思っていた)
その考えが、胸を刺す。
「いや……違う」
彼は首を振った。
「俺が、やらせていたのか?」
問いは、誰にも向けられていない。
答えも、求めてはいけないものだった。
---
一方、シグナス公爵家。
ファワーリスは、書斎で静かに帳簿をめくっていた。
王宮のものではない。
自家領の収支と、保護している研究者への助成記録だ。
「お嬢様」
マリエが声をかける。
「最近、王宮関係の噂が……少し、変わってきています」
「どう変わったの?」
「“なぜ止まっているのか”ではなく、
“なぜ前は止まらなかったのか”と……」
ファワーリスは、ページを閉じた。
「そう」
それだけだった。
「……お嬢様は、気になりませんか?」
「何が?」
「ご自分が、原因だと……」
マリエは言葉を濁す。
責めるつもりはない。
ただ、不安だった。
ファワーリスは、少し考えてから答えた。
「原因ではありませんわ」
静かな声。
「“構造”が露わになっただけです」
立ち上がり、窓辺に向かう。
「本来、私がいなくても回る仕組みであるべきでした。
回らないのなら――」
振り返り、穏やかに微笑む。
「それは、直すべき問題です」
マリエは、はっと息を呑む。
「お嬢様は……戻るおつもりは?」
「いいえ」
即答だった。
「必要がありませんもの」
そして、いつもの言葉で締める。
「……何をする必要が?」
---
その夜、王宮では
「なぜ前は問題が起きなかったのか」という問いが、
誰の口からともなく囁かれ始めた。
だが、その答えに辿り着くことは、
誰にとっても都合が悪い。
気づいてしまえば、
謝罪と責任と、取り返しのつかない後悔が待っているからだ。
だから彼らは、
気づいてはいけない答えから、
必死に目を逸らし続けていた。
――その答えが、
静かな公爵家の書斎で、
今日も何もせずに本を読んでいることを、
知りながら。
---
王宮の廊下を歩く宰相の足取りは、いつになく重かった。
深夜まで続いた会議の疲労ではない。
胸の奥に、はっきりと形を持ち始めた“答え”の重さだった。
(……我々は、何を失った?)
各部署の責任者は揃っている。
制度も規則も、以前と何一つ変わっていない。
それなのに、物事は進まない。
進まないどころか、
判断の前段階で絡まり、止まり、膨れ上がっている。
「宰相閣下」
声をかけてきたのは、財務官だった。
「来年度予算の件ですが……
どうにも優先順位が定まらず」
「……以前は、どうしていた?」
思わず漏れた問いに、財務官は一瞬だけ黙り込んだ。
「……その」
言葉を探す仕草。
宰相は、それ以上聞かなかった。
聞いてしまえば、答えが確定するからだ。
---
その頃、王太子レオンハルトは執務室で独り、机に肘をついていた。
山積みの書類。
だが、どれも決裁には至らない。
「なぜ、ここまで……」
小さく呟いた瞬間、
ふと、過去の光景が脳裏をよぎる。
会議の前に届いていた要点整理の紙。
部署ごとの利害が簡潔にまとめられた報告。
判断後、静かに下がっていく銀髪の令嬢。
(……勝手にやっていると思っていた)
その考えが、胸を刺す。
「いや……違う」
彼は首を振った。
「俺が、やらせていたのか?」
問いは、誰にも向けられていない。
答えも、求めてはいけないものだった。
---
一方、シグナス公爵家。
ファワーリスは、書斎で静かに帳簿をめくっていた。
王宮のものではない。
自家領の収支と、保護している研究者への助成記録だ。
「お嬢様」
マリエが声をかける。
「最近、王宮関係の噂が……少し、変わってきています」
「どう変わったの?」
「“なぜ止まっているのか”ではなく、
“なぜ前は止まらなかったのか”と……」
ファワーリスは、ページを閉じた。
「そう」
それだけだった。
「……お嬢様は、気になりませんか?」
「何が?」
「ご自分が、原因だと……」
マリエは言葉を濁す。
責めるつもりはない。
ただ、不安だった。
ファワーリスは、少し考えてから答えた。
「原因ではありませんわ」
静かな声。
「“構造”が露わになっただけです」
立ち上がり、窓辺に向かう。
「本来、私がいなくても回る仕組みであるべきでした。
回らないのなら――」
振り返り、穏やかに微笑む。
「それは、直すべき問題です」
マリエは、はっと息を呑む。
「お嬢様は……戻るおつもりは?」
「いいえ」
即答だった。
「必要がありませんもの」
そして、いつもの言葉で締める。
「……何をする必要が?」
---
その夜、王宮では
「なぜ前は問題が起きなかったのか」という問いが、
誰の口からともなく囁かれ始めた。
だが、その答えに辿り着くことは、
誰にとっても都合が悪い。
気づいてしまえば、
謝罪と責任と、取り返しのつかない後悔が待っているからだ。
だから彼らは、
気づいてはいけない答えから、
必死に目を逸らし続けていた。
――その答えが、
静かな公爵家の書斎で、
今日も何もせずに本を読んでいることを、
知りながら。
27
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる