『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第9話 気づいてはいけない答え

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第9話 気づいてはいけない答え


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 王宮の廊下を歩く宰相の足取りは、いつになく重かった。
 深夜まで続いた会議の疲労ではない。
 胸の奥に、はっきりと形を持ち始めた“答え”の重さだった。

(……我々は、何を失った?)

 各部署の責任者は揃っている。
 制度も規則も、以前と何一つ変わっていない。
 それなのに、物事は進まない。

 進まないどころか、
 判断の前段階で絡まり、止まり、膨れ上がっている。

「宰相閣下」

 声をかけてきたのは、財務官だった。

「来年度予算の件ですが……
 どうにも優先順位が定まらず」

「……以前は、どうしていた?」

 思わず漏れた問いに、財務官は一瞬だけ黙り込んだ。

「……その」

 言葉を探す仕草。
 宰相は、それ以上聞かなかった。

 聞いてしまえば、答えが確定するからだ。


---

 その頃、王太子レオンハルトは執務室で独り、机に肘をついていた。

 山積みの書類。
 だが、どれも決裁には至らない。

「なぜ、ここまで……」

 小さく呟いた瞬間、
 ふと、過去の光景が脳裏をよぎる。

 会議の前に届いていた要点整理の紙。
 部署ごとの利害が簡潔にまとめられた報告。
 判断後、静かに下がっていく銀髪の令嬢。

(……勝手にやっていると思っていた)

 その考えが、胸を刺す。

「いや……違う」

 彼は首を振った。

「俺が、やらせていたのか?」

 問いは、誰にも向けられていない。
 答えも、求めてはいけないものだった。


---

 一方、シグナス公爵家。

 ファワーリスは、書斎で静かに帳簿をめくっていた。
 王宮のものではない。
 自家領の収支と、保護している研究者への助成記録だ。

「お嬢様」

 マリエが声をかける。

「最近、王宮関係の噂が……少し、変わってきています」

「どう変わったの?」

「“なぜ止まっているのか”ではなく、
 “なぜ前は止まらなかったのか”と……」

 ファワーリスは、ページを閉じた。

「そう」

 それだけだった。

「……お嬢様は、気になりませんか?」

「何が?」

「ご自分が、原因だと……」

 マリエは言葉を濁す。
 責めるつもりはない。
 ただ、不安だった。

 ファワーリスは、少し考えてから答えた。

「原因ではありませんわ」

 静かな声。

「“構造”が露わになっただけです」

 立ち上がり、窓辺に向かう。

「本来、私がいなくても回る仕組みであるべきでした。
 回らないのなら――」

 振り返り、穏やかに微笑む。

「それは、直すべき問題です」

 マリエは、はっと息を呑む。

「お嬢様は……戻るおつもりは?」

「いいえ」

 即答だった。

「必要がありませんもの」

 そして、いつもの言葉で締める。

「……何をする必要が?」


---

 その夜、王宮では
 「なぜ前は問題が起きなかったのか」という問いが、
 誰の口からともなく囁かれ始めた。

 だが、その答えに辿り着くことは、
 誰にとっても都合が悪い。

 気づいてしまえば、
 謝罪と責任と、取り返しのつかない後悔が待っているからだ。

 だから彼らは、
 気づいてはいけない答えから、
 必死に目を逸らし続けていた。

 ――その答えが、
 静かな公爵家の書斎で、
 今日も何もせずに本を読んでいることを、
 知りながら。
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