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第8話 名前が出ない会議
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第8話 名前が出ない会議
---
王宮の会議室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
長机を囲むのは、宰相をはじめとする各部署の責任者たち。
議題は山積みだというのに、誰も口火を切ろうとしない。
「……まず、現状の整理から始めよう」
宰相がそう言って書類を広げた。
「式典準備、外交文書、予算配分。
いずれも“誰の承認で止まっているのか”が不明確だ」
「責任の所在が曖昧すぎますな」
「前例に従っていたはずなのですが……」
次々と発言が出るが、どれも核心に触れない。
やがて、若い官僚が恐る恐る口を開いた。
「……その、“前例”というのは、
具体的には、どなたが?」
一瞬、空気が凍りついた。
宰相は、その沈黙の意味を理解していた。
だが、あえて言葉にしない。
「名前を出す必要はない」
静かに言い切る。
「重要なのは、
“特定の個人に依存していた構造”そのものだ」
官僚たちは、顔を見合わせる。
誰もが同じ名前を思い浮かべている。
だが、その名を口にすることは、
自分たちの怠慢を認めることに等しかった。
---
一方その頃、王太子の執務室。
「なぜだ……」
レオンハルトは、机に広げられた書類を睨みつけていた。
判断材料が足りない。
前提条件が揃っていない。
どれもこれも、“決めようがない”内容ばかりだ。
「殿下」
側近が、控えめに声をかける。
「一度、各部署に差し戻しては……」
「それをやると、また遅れる」
「ですが……」
側近は言葉を飲み込み、意を決したように続けた。
「正直に申し上げます。
以前は、この段階になる前に――」
「言うな」
王太子は、荒く遮った。
分かっている。
分かっているが、認めたくなかった。
“何もしない女”だと切り捨てた相手が、
実は最も面倒な部分を引き受けていたという事実を。
---
シグナス公爵家では、
午後の穏やかな時間が流れていた。
ファワーリスは、テラスで手紙を書いている。
宛先は、古い知人の研究者だ。
「……これで、よし」
内容は世間話と、最近読んだ書物の感想だけ。
王宮のことなど、一切触れていない。
「お嬢様」
マリエが近づいてくる。
「王宮では、会議が荒れているそうです。
ですが……」
「ですが?」
「“誰も、お嬢様のお名前を出さない”と」
ファワーリスは、ペンを置き、少し考える。
「それで、正しいのですわ」
「正しい……?」
「ええ」
穏やかに微笑む。
「私の名前が出る会議は、
すでに健全ではありません」
マリエは、その意味を噛みしめる。
「本来、私のいない場で、
物事は決まるべきだったのです」
ファワーリスは立ち上がり、庭を見渡した。
「名前が出ないということは、
ようやく“自分たちの問題”として向き合い始めた、
ということですわね」
それは、皮肉でも嫌味でもなかった。
ただの事実認識だった。
---
その夜、王宮では結論の出ない会議が続き、
疲労と焦りだけが積み重なっていった。
誰も彼女を呼ばない。
誰も彼女の名を口にしない。
だが、それこそが――
ファワーリス・シグナスが去った証だった。
何もしないまま。
だが、確かに、
世界の形を変えながら。
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王宮の会議室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
長机を囲むのは、宰相をはじめとする各部署の責任者たち。
議題は山積みだというのに、誰も口火を切ろうとしない。
「……まず、現状の整理から始めよう」
宰相がそう言って書類を広げた。
「式典準備、外交文書、予算配分。
いずれも“誰の承認で止まっているのか”が不明確だ」
「責任の所在が曖昧すぎますな」
「前例に従っていたはずなのですが……」
次々と発言が出るが、どれも核心に触れない。
やがて、若い官僚が恐る恐る口を開いた。
「……その、“前例”というのは、
具体的には、どなたが?」
一瞬、空気が凍りついた。
宰相は、その沈黙の意味を理解していた。
だが、あえて言葉にしない。
「名前を出す必要はない」
静かに言い切る。
「重要なのは、
“特定の個人に依存していた構造”そのものだ」
官僚たちは、顔を見合わせる。
誰もが同じ名前を思い浮かべている。
だが、その名を口にすることは、
自分たちの怠慢を認めることに等しかった。
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一方その頃、王太子の執務室。
「なぜだ……」
レオンハルトは、机に広げられた書類を睨みつけていた。
判断材料が足りない。
前提条件が揃っていない。
どれもこれも、“決めようがない”内容ばかりだ。
「殿下」
側近が、控えめに声をかける。
「一度、各部署に差し戻しては……」
「それをやると、また遅れる」
「ですが……」
側近は言葉を飲み込み、意を決したように続けた。
「正直に申し上げます。
以前は、この段階になる前に――」
「言うな」
王太子は、荒く遮った。
分かっている。
分かっているが、認めたくなかった。
“何もしない女”だと切り捨てた相手が、
実は最も面倒な部分を引き受けていたという事実を。
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シグナス公爵家では、
午後の穏やかな時間が流れていた。
ファワーリスは、テラスで手紙を書いている。
宛先は、古い知人の研究者だ。
「……これで、よし」
内容は世間話と、最近読んだ書物の感想だけ。
王宮のことなど、一切触れていない。
「お嬢様」
マリエが近づいてくる。
「王宮では、会議が荒れているそうです。
ですが……」
「ですが?」
「“誰も、お嬢様のお名前を出さない”と」
ファワーリスは、ペンを置き、少し考える。
「それで、正しいのですわ」
「正しい……?」
「ええ」
穏やかに微笑む。
「私の名前が出る会議は、
すでに健全ではありません」
マリエは、その意味を噛みしめる。
「本来、私のいない場で、
物事は決まるべきだったのです」
ファワーリスは立ち上がり、庭を見渡した。
「名前が出ないということは、
ようやく“自分たちの問題”として向き合い始めた、
ということですわね」
それは、皮肉でも嫌味でもなかった。
ただの事実認識だった。
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その夜、王宮では結論の出ない会議が続き、
疲労と焦りだけが積み重なっていった。
誰も彼女を呼ばない。
誰も彼女の名を口にしない。
だが、それこそが――
ファワーリス・シグナスが去った証だった。
何もしないまま。
だが、確かに、
世界の形を変えながら。
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