7 / 40
第7話 代わりはいないと、気づくとき
しおりを挟む
第7話 代わりはいないと、気づくとき
---
王宮の混乱は、もはや“気のせい”では済まされなくなっていた。
「次の式典の段取りが、まだ固まっていない?」
宰相の問いに、会議室の空気が固まる。
「会場の調整は進んでおりますが……来賓の動線と警備計画が未確定でして」 「警備は警備局の管轄だろう」 「はい。ただ、その警備局が、来賓の最終確定を待っておりまして……」
堂々巡りだった。
誰も間違ったことは言っていない。
ただ、誰も“つなぐ役”をしていない。
(……以前は)
宰相は、無意識のうちに考えてしまう。
以前は、部署同士の認識がずれる前に、
誰かが間に入り、自然と話をまとめていた。
会議の場に立つわけでもなく、
命令を出すわけでもなく、
ただ「確認」と「整理」をしていただけの存在。
(ファワーリス・シグナス)
その名を、宰相は胸の内でだけ呟いた。
---
「殿下……少々、よろしいでしょうか」
執務室で声をかけたのは、古参の側近だった。
「何だ、忙しい」 「ええ、存じております。ですが……」
側近は言葉を選びながら続ける。
「最近、各部署から“判断が遅れている”との声が上がっております」 「だから今、対処しているだろう!」
「はい。ただ……殿下が判断される前に、
論点が整理されていない案件が多すぎます」
王太子は、言い返そうとして――口を閉ざした。
確かに、最近の書類は読みにくい。
前提条件が揃っておらず、
判断を下す以前の段階で止まっているものばかりだ。
「……前は」
思わず、口から零れる。
「前は、どうしていた?」
側近は、一瞬だけ視線を伏せた。
「……前は、ファワーリス様が、
事前に要点を整理してくださっていました」
その言葉が、王太子の胸に重くのしかかる。
「だが、あれは……
彼女が勝手にやっていただけだろう」
「いえ」
側近は、静かに否定した。
「殿下が判断しやすいように、
“殿下の仕事を軽くする形で”整えてくださっていたのです」
王太子は、言葉を失った。
---
一方その頃、シグナス公爵家。
ファワーリスは、温室で花の手入れをしていた。
枯れた葉を落とし、土の具合を確かめる。
「お嬢様」
マリエが、控えめに声をかける。
「最近、“代わりがいない”という噂が広まっております」
「そう」
ファワーリスは、特に手を止めない。
「代わりは、いないでしょうね」
「……お嬢様の代わり、という意味ではなく……」
マリエは少し言い淀み、続ける。
「“あの役割”を担っていた方が、
他にいなかったのだ、と」
ファワーリスは、ようやく顔を上げた。
「役割は、本来、分散されるべきものですわ」
静かな声だった。
「一人が担っていたから、
“代わり”が必要になるのです」
マリエは、はっとする。
「では……」
「今は、正常化の途中です」
ファワーリスは、そう結論づけた。
「無理に回していた歯車が、
正しい大きさに戻ろうとしているだけ」
それは、冷酷な言葉にも聞こえる。
だが、その表情はどこまでも穏やかだった。
---
王宮ではその夜、
「誰が何を担当すべきか」という議論が、
深夜まで続いた。
今まで曖昧にされてきた境界線が、
次々と露わになっていく。
そして誰もが、遅れて気づき始める。
“何もしない令嬢”は、
決して何もしていなかったわけではない。
ただ――
やるべき人に、やらせていただけなのだと。
その事実に気づいたときには、
もう、彼女は王宮の外にいた。
---
王宮の混乱は、もはや“気のせい”では済まされなくなっていた。
「次の式典の段取りが、まだ固まっていない?」
宰相の問いに、会議室の空気が固まる。
「会場の調整は進んでおりますが……来賓の動線と警備計画が未確定でして」 「警備は警備局の管轄だろう」 「はい。ただ、その警備局が、来賓の最終確定を待っておりまして……」
堂々巡りだった。
誰も間違ったことは言っていない。
ただ、誰も“つなぐ役”をしていない。
(……以前は)
宰相は、無意識のうちに考えてしまう。
以前は、部署同士の認識がずれる前に、
誰かが間に入り、自然と話をまとめていた。
会議の場に立つわけでもなく、
命令を出すわけでもなく、
ただ「確認」と「整理」をしていただけの存在。
(ファワーリス・シグナス)
その名を、宰相は胸の内でだけ呟いた。
---
「殿下……少々、よろしいでしょうか」
執務室で声をかけたのは、古参の側近だった。
「何だ、忙しい」 「ええ、存じております。ですが……」
側近は言葉を選びながら続ける。
「最近、各部署から“判断が遅れている”との声が上がっております」 「だから今、対処しているだろう!」
「はい。ただ……殿下が判断される前に、
論点が整理されていない案件が多すぎます」
王太子は、言い返そうとして――口を閉ざした。
確かに、最近の書類は読みにくい。
前提条件が揃っておらず、
判断を下す以前の段階で止まっているものばかりだ。
「……前は」
思わず、口から零れる。
「前は、どうしていた?」
側近は、一瞬だけ視線を伏せた。
「……前は、ファワーリス様が、
事前に要点を整理してくださっていました」
その言葉が、王太子の胸に重くのしかかる。
「だが、あれは……
彼女が勝手にやっていただけだろう」
「いえ」
側近は、静かに否定した。
「殿下が判断しやすいように、
“殿下の仕事を軽くする形で”整えてくださっていたのです」
王太子は、言葉を失った。
---
一方その頃、シグナス公爵家。
ファワーリスは、温室で花の手入れをしていた。
枯れた葉を落とし、土の具合を確かめる。
「お嬢様」
マリエが、控えめに声をかける。
「最近、“代わりがいない”という噂が広まっております」
「そう」
ファワーリスは、特に手を止めない。
「代わりは、いないでしょうね」
「……お嬢様の代わり、という意味ではなく……」
マリエは少し言い淀み、続ける。
「“あの役割”を担っていた方が、
他にいなかったのだ、と」
ファワーリスは、ようやく顔を上げた。
「役割は、本来、分散されるべきものですわ」
静かな声だった。
「一人が担っていたから、
“代わり”が必要になるのです」
マリエは、はっとする。
「では……」
「今は、正常化の途中です」
ファワーリスは、そう結論づけた。
「無理に回していた歯車が、
正しい大きさに戻ろうとしているだけ」
それは、冷酷な言葉にも聞こえる。
だが、その表情はどこまでも穏やかだった。
---
王宮ではその夜、
「誰が何を担当すべきか」という議論が、
深夜まで続いた。
今まで曖昧にされてきた境界線が、
次々と露わになっていく。
そして誰もが、遅れて気づき始める。
“何もしない令嬢”は、
決して何もしていなかったわけではない。
ただ――
やるべき人に、やらせていただけなのだと。
その事実に気づいたときには、
もう、彼女は王宮の外にいた。
26
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる