『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第7話 代わりはいないと、気づくとき

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第7話 代わりはいないと、気づくとき


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 王宮の混乱は、もはや“気のせい”では済まされなくなっていた。

「次の式典の段取りが、まだ固まっていない?」

 宰相の問いに、会議室の空気が固まる。

「会場の調整は進んでおりますが……来賓の動線と警備計画が未確定でして」 「警備は警備局の管轄だろう」 「はい。ただ、その警備局が、来賓の最終確定を待っておりまして……」

 堂々巡りだった。

 誰も間違ったことは言っていない。
 ただ、誰も“つなぐ役”をしていない。

(……以前は)

 宰相は、無意識のうちに考えてしまう。

 以前は、部署同士の認識がずれる前に、
 誰かが間に入り、自然と話をまとめていた。

 会議の場に立つわけでもなく、
 命令を出すわけでもなく、
 ただ「確認」と「整理」をしていただけの存在。

(ファワーリス・シグナス)

 その名を、宰相は胸の内でだけ呟いた。


---

「殿下……少々、よろしいでしょうか」

 執務室で声をかけたのは、古参の側近だった。

「何だ、忙しい」 「ええ、存じております。ですが……」

 側近は言葉を選びながら続ける。

「最近、各部署から“判断が遅れている”との声が上がっております」 「だから今、対処しているだろう!」

「はい。ただ……殿下が判断される前に、
 論点が整理されていない案件が多すぎます」

 王太子は、言い返そうとして――口を閉ざした。

 確かに、最近の書類は読みにくい。
 前提条件が揃っておらず、
 判断を下す以前の段階で止まっているものばかりだ。

「……前は」

 思わず、口から零れる。

「前は、どうしていた?」

 側近は、一瞬だけ視線を伏せた。

「……前は、ファワーリス様が、
 事前に要点を整理してくださっていました」

 その言葉が、王太子の胸に重くのしかかる。

「だが、あれは……
 彼女が勝手にやっていただけだろう」

「いえ」

 側近は、静かに否定した。

「殿下が判断しやすいように、
 “殿下の仕事を軽くする形で”整えてくださっていたのです」

 王太子は、言葉を失った。


---

 一方その頃、シグナス公爵家。

 ファワーリスは、温室で花の手入れをしていた。
 枯れた葉を落とし、土の具合を確かめる。

「お嬢様」

 マリエが、控えめに声をかける。

「最近、“代わりがいない”という噂が広まっております」

「そう」

 ファワーリスは、特に手を止めない。

「代わりは、いないでしょうね」

「……お嬢様の代わり、という意味ではなく……」

 マリエは少し言い淀み、続ける。

「“あの役割”を担っていた方が、
 他にいなかったのだ、と」

 ファワーリスは、ようやく顔を上げた。

「役割は、本来、分散されるべきものですわ」

 静かな声だった。

「一人が担っていたから、
 “代わり”が必要になるのです」

 マリエは、はっとする。

「では……」

「今は、正常化の途中です」

 ファワーリスは、そう結論づけた。

「無理に回していた歯車が、
 正しい大きさに戻ろうとしているだけ」

 それは、冷酷な言葉にも聞こえる。
 だが、その表情はどこまでも穏やかだった。


---

 王宮ではその夜、
 「誰が何を担当すべきか」という議論が、
 深夜まで続いた。

 今まで曖昧にされてきた境界線が、
 次々と露わになっていく。

 そして誰もが、遅れて気づき始める。

 “何もしない令嬢”は、
 決して何もしていなかったわけではない。

 ただ――
 やるべき人に、やらせていただけなのだと。

 その事実に気づいたときには、
 もう、彼女は王宮の外にいた。
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