『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第6話 止まり始めた歯車

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第6話 止まり始めた歯車


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 王宮の一日は、目に見えない歯車によって支えられている。
 式典、外交、財務、内政。
 それぞれが独立して動いているようで、実際には細い糸で結ばれていた。

 その糸が、少しずつ、しかし確実に解け始めていた。

「この案件、どこまで進んでいますか?」

 宰相の問いに、官僚の一人が困ったように書類を見下ろす。

「それが……先方からの返答待ちでして」

「返答待ち? 期限は今日ではなかったか?」

「はい。ですが、担当部署同士で認識に齟齬があり……」

 宰相は眉を寄せた。
 致命的な失敗ではない。
 だが、こうした“小さな遅れ”が、ここ数日、異様に増えている。

(おかしい)

 以前なら、こうなる前に誰かが気づき、
 水面下で調整されていたはずだ。

 ――誰かが。


---

「レオンハルト殿下、こちらの署名を」

 執務室に差し出された書類を見て、王太子は顔をしかめた。

「聞いていない内容だ」

「先日の会議で決定した件です」

「……そうだったか?」

 記憶を辿るが、曖昧だ。
 以前は、重要事項については事前に要点が整理され、
 彼の判断だけで済む形になっていた。

 今は違う。

「とにかく、後にしろ」

 王太子は書類を脇に置いた。

 それが、さらに別の遅延を生むとも知らずに。


---

 一方その頃。

 シグナス公爵家の離れでは、
 ファワーリスが静かに刺繍枠を手にしていた。

 針を進め、糸を整え、また針を通す。
 単純だが、集中を要する作業。

「お嬢様、最近……王宮からの手紙が増えております」

 マリエが控えめに報告する。

「そう」

 ファワーリスは顔を上げない。

「お返事は?」

「まだ、どれも正式なものではありませんので……」

「では、保留で」

 即答だった。

「必要な用件であれば、
 正式な書式で、正式な窓口を通してくるでしょう」

 マリエは頷く。

(……それができないから、困っているのですね)


---

 王宮では、さらに問題が積み重なっていた。

 ある部署は「承認待ち」を理由に動かず、
 別の部署は「前例がない」と判断を避ける。
 その間に、期限だけが迫ってくる。

「前は、こんなこと……」

 誰かが口にしかけて、言葉を飲み込んだ。

 前は、確かに違った。
 だが、“前”を支えていた存在を、
 彼ら自身が「何もしない」と切り捨てたのだ。


---

 夕暮れ時。
 ファワーリスは窓辺に立ち、沈みゆく太陽を眺めていた。

(歯車は、止まったのではありません)

 静かに考える。

(本来の速度に戻っただけですわ)

 無理に回されていたもの。
 補助され、滑らかに見えていただけの仕組み。

(……働いたら負け)

 彼女は、心の中でそう呟く。

 自分が動かないことで、
 誰が本当に動くべきだったのかが、
 ようやく浮かび上がってきたのだから。

 王宮の歯車は、まだ完全には止まっていない。
 だが、その軋む音は、
 確実に大きくなり始めていた。
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