『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第5話 働いたら負け、何もしないのが勝ち

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第5話 働いたら負け、何もしないのが勝ち


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 その日の午後、シグナス公爵家には、珍しく来客があった。

「王宮から……ですか?」

 応接室に通された使者の名を聞き、マリエは思わず声をひそめた。
 ファワーリスは、読んでいた本に栞を挟み、ゆっくりと立ち上がる。

「ええ。
 ですが、正式な書状ではありませんわね?」

「はい……あくまで“様子伺い”とのことで」

「そう」

 それ以上の感想はなかった。


---

 応接室に入ると、そこには見覚えのある中年の男が立っていた。
 王宮付きの実務官。
 肩書きは高くないが、現場をよく知る人物だ。

「ファワーリス様。
 本日は突然の訪問をお許しください」

「かまいませんわ。
 ――で、何のご用件でしょう?」

 要件を促す声は、淡々としている。

 実務官は一瞬、言葉を選ぶように視線を彷徨わせた後、口を開いた。

「その……王宮内で、少々、混乱が生じておりまして」

「ええ、そうでしょうね」

 即答だった。

 実務官は面食らったように目を瞬かせる。

「お聞き及びでしたか?」

「いいえ。
 ただ、起きるべくして起きたことですわ」

 ファワーリスは席に着き、紅茶を一口含む。

「それで?」

「……差し支えなければ、
 これまでのように、助言をいただけないかと」

 その瞬間、応接室の空気が、わずかに張り詰めた。

 マリエは息を呑む。
 だが、ファワーリスは眉ひとつ動かさない。

「助言、とは?」

「各部署の調整や、優先順位の……」

「それは」

 ファワーリスは、静かに言葉を遮った。

「その専門家がすればいいのです」

 実務官は、言葉に詰まる。

「私は、王太子妃候補ではありません。
 権限も責任も、すでに持っておりませんわ」

「ですが……このままでは――」

「だからこそ、です」

 彼女は、穏やかに微笑んだ。

「素人が余計な真似をして、
 傷口を広げる必要はありません」

 実務官は、深く頭を下げるしかなかった。

「……失礼しました」

 彼が去った後、応接室には静けさが戻る。


---

「お嬢様……よろしかったのですか?」

 マリエの問いに、ファワーリスは首を傾げた。

「何が、です?」

「助けて差し上げなくて……」

「マリエ」

 優しく名を呼び、彼女は続ける。

「助ける、という言葉は便利ですけれど――
 責任の所在を曖昧にしますわ」

 窓の外に目を向けながら、静かに言った。

「自分の仕事を、自分で背負えない方々を、
 私が甘やかす理由はありません」

 マリエは、その言葉を胸に刻む。

(……そうか)

 お嬢様は、冷たいのではない。
 正確なのだ。

「さて」

 ファワーリスは再び本を手に取る。

「今日も、特に予定はありません」

 ページをめくりながら、心の中で結論づける。

(働いたら負け。
 何もしないのが勝ち)

 王宮では今頃、
 誰が責任を取るべきかで、さらに大騒ぎになっているだろう。

 だが――
 それは、彼女の仕事ではない。

 ファワーリス・シグナスは、
 今日も何もしない。

 そしてそれが、
 最も正しい選択であることを、
 世界はこれから思い知ることになる。
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