『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第11話 期限という名の静かな圧力

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第11話

期限という名の静かな圧力


---

 王宮に、期限が置かれた。

 それは剣でも命令でもない。
 怒号も、威圧も伴わない。
 ただ、紙の上に記された――七日という数字。

「返答期限が明記されています」

 側近の報告に、宰相は深く息を吐いた。

「慣例通りだな。
 だからこそ、逃げ場がない」

 曖昧にしてきたものを、
 曖昧なままにしておけなくなる。
 期限とは、そういう性質を持っている。


---

「七日もあれば、十分だろう」

 王太子レオンハルトは、強がるように言った。

「婚約破棄の理由を書面にまとめ、
 形式を整えるだけだ」

 だが、机に広げられた白紙を前に、
 彼のペンは止まったままだった。

「理由……」

 口に出してみて、初めて気づく。

 感情的な不満は、理由にならない。
 「何もしなかった」という主張も、
 職務規定を示さなければ、ただの主観だ。

(……書けない)

 それは、書類の問題ではなかった。
 正当性の問題だった。


---

 同じ頃、王宮の各部署では、
 慌ただしい“確認”が始まっていた。

「この件、どこで決まった?」
「記録が残っていません」
「では、誰の責任だ?」

 次々に掘り起こされる、空白と曖昧さ。

 そして、その多くが、
 “誰かが調整していたから記録に残らなかった”
 という事実に行き着く。

 その“誰か”の名前は、
 依然として、誰の口からも出なかった。


---

 一方、シグナス公爵家。

 ファワーリスは、庭園で散歩をしていた。
 秋の風が、髪を静かに揺らす。

「お嬢様、期限が示されたことで、
 王宮は相当慌ただしくなっているようです」

 マリエの報告に、彼女は足を止めない。

「そう」

 それだけだった。

「……何も、なさらなくてよろしいのですか?」

 マリエは、もう答えを知りながら、あえて尋ねた。

「ええ」

 ファワーリスは、穏やかに微笑む。

「期限を守るのは、
 課された側の責任ですもの」

 それは冷たい言葉ではない。
 ただの、役割分担の確認だった。


---

 七日のうち、最初の三日は、
 王宮にとって“混乱の時間”だった。

 四日目には、焦りに変わる。
 五日目には、苛立ちに。
 そして――

 六日目の夜。

 王太子は、ようやく理解し始めていた。

 これは、攻撃ではない。
 報復でも、復讐でもない。

 正しくやれ、と言われているだけなのだと。

 だが、それができないという事実こそが、
 自分たちの弱さを、何よりも雄弁に物語っていた。


---

 ファワーリスは、その夜も、
 何もせずに眠りについた。

 期限がもたらす圧力は、
 彼女のもとには、一切届かない。

(働いたら負け)

 そう思いながら、目を閉じる。

 何もしない者だけが、
 期限に追われない。

 その理屈が、
 静かに、しかし確実に、
 王宮と彼女の立場を分け始めていた。
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