『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第17話 不要という選択

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第17話 不要という選択


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 縁談の話が増えれば増えるほど、
 シグナス公爵家の中は、逆に静かになっていった。

 誰もが理解し始めていたからだ。
 ――この令嬢は、選ばれる側ではないと。

「……また、断られました」

 執事が報告すると、公爵は小さく頷いた。

「理由は?」

「“必要がありません”とのことです」

 それ以上でも、それ以下でもない。
 感情を挟まない、完璧な断り文句だった。


---

 ファワーリスは、その頃、書斎で地図を広げていた。
 王都でも、隣国でもない。
 公爵領の端、人口の少ない寒村だ。

「お嬢様、そちらは……?」

 マリエが首を傾げる。

「新しい温室の候補地ですわ」

「温室……ですか?」

「ええ。
 薬草の育成は専門家に任せますが、
 場所の選定くらいは、私でもできます」

 それは珍しい“能動的な発言”だった。

 だが――

「指示は出しませんわよ?」

 すぐに付け加える。

「条件だけ提示して、
 あとは現地の管理人と研究者に任せます」

 マリエは、思わず苦笑した。

「……お嬢様らしい、ですね」

「でしょう?」


---

 その数日後。
 王宮の一室で、ある噂が囁かれ始めていた。

「ファワーリス・シグナスが、
 領地開発に関与しているらしい」

「やはり有能なのでは?」

「いや……
 “関与していない”らしい」

 その言葉に、話題が止まる。

「……どういう意味だ?」

「条件だけ置いて、
 判断も実務も現場任せだそうだ」

 沈黙が落ちる。

 それは、
 王宮ではほとんど見られないやり方だった。


---

 王太子レオンハルトも、その噂を耳にしていた。

「……変わらないな」

 側近が、不思議そうに尋ねる。

「殿下?」

「彼女は、
 “自分がいなくても回る形”しか選ばない」

 それは、褒め言葉でも、皮肉でもない。

 ただの観察だった。

(……だから、王宮には不要だった)

 いや、違う。

(王宮が、
 彼女を使いこなせなかっただけだ)

 その認識が、遅すぎたことを、
 王太子は痛感していた。


---

 夕刻。
 ファワーリスは温室予定地から戻り、
 いつものように紅茶を飲んでいた。

「お嬢様」

 マリエが、少し迷いながら言う。

「もし……
 “必要だ”と言われたら?」

 ファワーリスは、カップを置き、静かに答える。

「その“必要”が、
 誰の都合なのかによりますわ」

「……王宮の?」

「でしたら、不要です」

 即答だった。

「必要とされているように見えるだけで、
 実際には“押し付けられている”仕事なら」

 窓の外を見ながら、続ける。

「それは、
 最初から断つべき縁です」


---

 王宮では、その頃になってようやく、
 ある共通認識が広がり始めていた。

 ファワーリス・シグナスは、
 役に立たなかったのではない。

 役に立ちすぎたのだ。

 だからこそ、
 依存され、
 境界を曖昧にされ、
 そして、不要だと勘違いされた。

 だが今――
 彼女は“不要という選択”を、自ら下している。


---

 夜。

 ファワーリスは日記を閉じ、
 小さく息を吐いた。

(不要である、というのは)

 弱さではない。

(選べる、ということですわ)

 誰かの都合で動かない。
 誰かの不足を埋めない。

 必要な場所にだけ、
 必要な形で関わる。

 それができるのは、
 何もしないという立場を守った者だけだ。

 彼女は今日も、
 ほとんど何もしていない。

 だがその“何もしなさ”は、
 確実に、
 世界との距離を正しく保っていた。
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