『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第18話 呼び戻しという誤算

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第18話 呼び戻しという誤算


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 それは、あまりにも“自然な流れ”として持ち上がった。

「……やはり、一度話をしてみるべきではないでしょうか」

 宰相のその一言に、会議室の空気が微妙に揺れた。

 誰もが分かっている。
 今さら何を、という思いと、
 それでも何かしなければならない、という焦り。

「呼び戻す、という形になりますか」 「正式な職位ではなく、“相談役”としてなら……」

 言葉が慎重に選ばれていく。
 それ自体が、すでに誤算だった。

 彼女が“役を与えられる立場”だと思っている。


---

 王太子レオンハルトは、その提案を聞き、しばらく黙り込んでいた。

「……相談役、か」

 便利な言葉だ。
 責任は負わせず、
 だが、都合のいい助言だけは引き出せる。

(それで、うまくいくと思っているのか)

 胸の奥で、苦いものが広がる。

 彼女が拒んだのは、
 王宮そのものではない。
 曖昧な役割だ。

「伝えるだけ、伝えてみましょう」

 側近が言う。

「返事は……」

「分かっている」

 王太子は、静かに息を吐いた。

「断られる可能性の方が高い」


---

 数日後。
 シグナス公爵家に、王宮からの使者が訪れた。

 丁重な言葉。
 曖昧な立場。
 明確にされない責任範囲。

 ファワーリスは、最後まで口を挟まずに聞いていた。

「……以上が、王宮からのご提案でございます」

 使者は、どこか期待を含んだ視線を向ける。

「お返事は、いかがでしょうか」

 ファワーリスは、少し考える素振りを見せてから、
 静かに口を開いた。

「不要ですわ」

 それだけだった。

「……理由を、お聞かせいただけますか」

「役割が、定義されていません」

 即答だった。

「相談役とは、
 決定権も、責任も持たず、
 結果だけを背負わされる立場です」

 使者の顔が、わずかに引きつる。

「私は、
 専門家でもない仕事に意見を出し、
 失敗した際に名前だけ残る立場を、
 もう経験しております」

 声は穏やかだが、
 拒絶ははっきりしていた。


---

「……戻る気は、まったく?」

 最後の確認に、
 ファワーリスは首を横に振る。

「戻る必要がありません」

 そして、いつもの言葉。

「何をする必要が?」

 その一言で、
 提案は完全に終わった。


---

 使者が去った後、
 マリエは小さく息を吐いた。

「……王宮は、
 まだ分かっていないようですね」

「ええ」

 ファワーリスは、紅茶を注ぎながら答える。

「“呼び戻す”という発想自体が、
 誤算なのです」

 マリエは首を傾げる。

「誤算、ですか?」

「必要なのは、
 私を戻すことではなく――」

 一拍置いて。

「自分たちで回せる仕組みを作ること」

 それをせずに人だけ呼び戻せば、
 同じことを繰り返すだけだ。


---

 王宮では、その返答が報告された。

「……やはり、断られましたか」

「理由は?」

「役割が曖昧だ、と」

 宰相は、目を閉じる。

 反論できない。
 反論する材料が、どこにもない。

「……誤算だったな」

 誰かが呟いた。

「彼女は、
 “戻りたい存在”ではなかった」

 “戻る必要のない立場”を、
 すでに築いていたのだ。


---

 夜。

 ファワーリスは、静かな書斎で本を閉じる。

(呼び戻し、ですか)

 それは、
 過去に縋る人間の言葉だ。

(私は、前に進いていますわ)

 何かを成し遂げたわけではない。
 何かを動かしたわけでもない。

 ただ、
 不要な場所から離れただけ。

 それだけで、
 世界はずいぶんと静かになった。

 彼女は今日も、何もしない。

 だが、
 呼び戻しという誤算が生まれた時点で、
 もう勝負は終わっていた。
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