『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

文字の大きさ
19 / 40

第19話 責任の置き場

しおりを挟む
第19話 責任の置き場


---

 ファワーリス・シグナスからの返答が伝えられて以降、
 王宮では奇妙な沈黙が続いていた。

 怒号もない。
 混乱もない。
 ただ、次に何をすべきか分からない空白だけが残っている。

「……では、どうする?」

 宰相の問いに、誰も即答できなかった。

 呼び戻しは失敗した。
 だがそれ以上に問題なのは、
 “彼女がいない前提”で何も準備されていなかったことだ。


---

「相談役を断られた、というより……」

 若い官僚が慎重に言葉を選ぶ。

「責任を引き受けない仕事を、
 最初から拒否されたのだと思います」

 その言葉に、空気が微かに動いた。

「責任……」

 誰かが呟く。

「では、これまで責任はどこにあった?」

 問いは宙に浮く。

 決定は王太子。
 だが、判断材料は誰が整えたのか。
 その整備不良の責任は、誰が負うのか。

 これまで、それは
 誰のものでもないように扱われてきた。


---

 王太子レオンハルトは、
 執務室で一人、古い記録を読み返していた。

 決裁書。
 会議議事録。
 その隅に残る、小さな補足や確認の痕跡。

(……ここにも、ここにも)

 彼女の名前は書かれていない。
 だが、
 彼女がいなければ成立しなかった形跡だけが残っている。

「俺は……」

 王太子は、額に手を当てる。

「責任を、
 置く場所を決めていなかった」

 それは、怠慢ではない。
 だが、無責任ではあった。


---

 その日の午後、
 王宮では新たな通達が出された。

> 「各案件について、
決定者・補助者・確認者を明記すること」



 それだけの内容だ。
 だが、その一文は、
 王宮の仕事のやり方を根底から変えるものだった。

「……これでは、逃げられませんね」

 誰かが苦笑する。

「ええ。
 ですが、これが本来の形です」

 宰相の声は、どこか疲れていた。


---

 一方、シグナス公爵家。

 ファワーリスは、温室の管理報告書に目を通していた。
 専門家が書いた、簡潔で分かりやすい内容だ。

「お嬢様」

 マリエが言う。

「王宮で、
 “責任の所在を明確にする”動きが始まったそうです」

「そう」

 特に驚きはなかった。

「では、
 ようやく私がいなくても回る準備を始めたのですね」

「……少し、遅いようにも思えますが」

「遅くても、やらないよりは良いですわ」

 淡々とした評価だった。


---

 その夜、
 ファワーリスは日記を開き、短く書き記した。

『責任は、
 押し付けるものではなく、
 置く場所を決めるもの』

 それだけ書いて、ペンを置く。

(……私がやらなかったからこそ)

 その“置き場”が、
 ようやく可視化された。

 それなら、
 もう十分だ。


---

 王宮では、
 責任を明記された書類が山積みになり、
 誰もが以前より慎重に、
 しかし確実に仕事を進め始めていた。

 楽ではない。
 だが、逃げ場もない。

 それこそが、
 本来あるべき重さだった。


---

 ファワーリスは、窓辺で夜風を感じながら、静かに思う。

(責任の置き場が決まったなら)

 もう、私の出番はありませんわ。

 何もしない。
 それでいい。

 何もしなかったからこそ、
 世界は勝手に、
 自分たちの重さを思い出したのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

処理中です...