『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第20話 それでも何もしない

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第20話 それでも何もしない


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 王宮の仕事の進み方が、少しずつ変わり始めていた。

 決定者の名前が書かれ、
 補助者が明記され、
 確認者の署名が並ぶ。

 以前より遅い。
 以前より面倒だ。
 だが――止まらない。

「……回っていますね」

 宰相のその一言に、会議室の誰もが黙って頷いた。

 完璧ではない。
 混乱がないわけでもない。
 だが、誰か一人に預けていない。

 それだけで、仕組みは驚くほど安定していた。


---

 王太子レオンハルトは、その変化を肌で感じていた。

 判断は重い。
 だが、以前より迷いが少ない。

「殿下、こちらは確認済みです」 「こちらは、まだ条件が揃っていません」

 側近の報告も、曖昧さが消えている。

(……こうあるべきだった)

 そう思う一方で、
 どうしても浮かぶ顔があった。

 ファワーリス・シグナス。

 彼女がいた頃は、
 これらすべてが“自然に”整っていた。

 だが今なら、分かる。

 自然だったのではない。
 誰かが、無理をしていただけだ。

「……今さらだな」

 王太子は、静かに呟いた。


---

 一方、シグナス公爵家。

 ファワーリスは、いつものように朝の紅茶を飲んでいた。
 特別な知らせも、緊急の報告もない。

「お嬢様」

 マリエが、少し不思議そうに言う。

「王宮の件……
 落ち着いてきているようです」

「そう」

 それだけの返事だった。

「……安心、なさらないのですか?」

 その問いに、
 ファワーリスはカップを置き、穏やかに答える。

「安心も、不安も、
 私の仕事ではありません」

 マリエは言葉を失う。

「回るなら、それで良い。
 回らないなら、
 回るようにするのは当事者の役目です」

 その言葉は、冷たくも突き放したものでもなかった。
 ただ、境界線を正確に引いているだけだった。


---

 その日の午後、
 公爵は娘に声をかけた。

「王宮から、
 非公式ながら感謝の言葉が届いている」

「……感謝、ですか」

「『結果として、
 自分たちの欠点に気づけた』と」

 ファワーリスは、少し考えてから言った。

「それは、良かったですわ」

 それ以上の感想はなかった。


---

 夜。

 ファワーリスは書斎で、
 ゆっくりと本を閉じる。

(王宮は、前に進いた)

 それは事実だ。

(そして私は)

 何もしなかった。

 だが、
 何もしなかったからこそ、
 誰も依存できず、
 誰も責任を逃がせず、
 仕組みが自立した。

 それなら、
 これ以上、何をする必要があるだろうか。

(……やはり)

 働いたら負け。
 何もしないのが勝ち。

 その信条は、
 今日も静かに、
 正しさを積み重ねていた。

 ファワーリス・シグナスは、
 これからも何もしない。

 そして世界は、
 それでも勝手に、
 前へ進んでいく。
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