『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第29話 理解されないという完成

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第29話 理解されないという完成


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 静けさを守るために拒否を続ける――
 それは、周囲から見れば「頑なさ」に映る。

 そして人は、頑ななものに対して、
 最後の手段を選び始める。

 理解しようとすることを、やめるのだ。


---

「……あの方は、そういう人なのよ」

 どこかの茶会で、
 そんな言葉が交わされるようになった。

「誘っても来ない」
「頼んでも引き受けない」
「助言もくれない」

 そして最後に、必ず付け加えられる。

「……変わっているわよね」

 その評価が広まり始めた頃、
 シグナス公爵家の空気は、逆に落ち着きを取り戻していた。


---

「最近、お誘いが減りましたね」

 マリエが、少し驚いたように言う。

「ええ」

 ファワーリスは、庭のベンチに腰掛けながら答える。

「理解されない、という段階に入ったのですわ」

「……理解されない?」

「ええ」

 穏やかな声。

「期待も、善意も、
 最後は“理解しよう”という形を取ります。
 それが通じないと分かると、
 人は諦めます」

 マリエは、はっと息を呑んだ。

「それは……
 悪いことでは?」

「いいえ」

 即答だった。

「むしろ、完成です」


---

 その日、
 かつて熱心に誘いをかけてきた貴族が、
 別の人物にこう語っていた。

「彼女は、
 こちらの期待を満たす気がない」

「怒っているのか?」

「違う。
 最初から、
 こちらを見ていない」

 その言葉には、
 不思議と悪意がなかった。

 ただの、事実認識。


---

 王宮でも、同じ変化が起きていた。

「ファワーリス・シグナスについての報告は?」

「特にありません」

「……それでいい」

 宰相は、短くそう言った。

 もう、分析する必要がない。
 彼女は、王宮の変数ではない。

 完全に外れた存在になったのだ。


---

 夕暮れ。

 ファワーリスは、
 静かな書斎で本を閉じた。

(理解されない、というのは)

 孤独ではない。
 拒絶でもない。

(干渉されない、ということ)

 理解されようとすれば、
 説明が必要になる。
 説明をすれば、
 解釈される。
 解釈は、やがて期待に変わる。

 それを、彼女は知っていた。


---

「お嬢様」

 マリエが、少し不安そうに言う。

「このまま……
 本当に、誰からも頼られなくなります」

「ええ」

 ファワーリスは、静かに微笑んだ。

「それでいいのです」

 誰にも頼られない。
 誰にも期待されない。
 誰にも誤解されない。

 そこに残るのは、
 自分の時間と、
 自分の静けさだけ。


---

 夜。

 日記に、彼女はこう記した。

『理解されない』

 そして、その下に付け足す。

『=完成』

 それ以上、
 何も書く必要はなかった。

 ファワーリス・シグナスは、
 今日も何もしなかった。

 だがそれは、
 逃げでも、敗北でもない。

 理解されなくても揺るがない場所に、
 ついに辿り着いた証だった。

 何もしないのが勝ち。

 その真理は、
 ようやく、
 誰にも邪魔されない形で、
 彼女のものになっていた。
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