『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第30話 何もしない者の責任

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第30話 何もしない者の責任


---

 理解されない、という完成形に辿り着いたあと。
 世界は、もう一段階だけ、静かになる。

 それは――
 責任が、正しくあるべき場所に戻る音だった。


---

「……最近、
 判断が早くなりました」

 朝の報告で、マリエがそう言った。

「何が、ですか?」

「皆さんです。
 以前は、
 『お嬢様はどう思われますか』
 と聞かれる場面が多かったのですが……」

 ファワーリスは、紅茶に視線を落としたまま答える。

「今は?」

「聞かれません。
 自分たちで決めています」

 その言葉に、
 ファワーリスは小さく頷いた。

「良いことですわ」


---

 人は、
 判断を他人に預けられると、
 無意識に責任も預けてしまう。

 だからこそ、
 “頼られない”という状態は、
 冷たいのではなく、健全だ。

(責任は、
 引き受けるものではなく、
 背負うもの)

 それを、彼女は昔、
 嫌というほど学んでいた。


---

 その日の午後、
 ひとつの小さな問題が起きた。

 領内の倉庫で、
 備蓄管理に不備が見つかったのだ。

「お嬢様に、
 ご判断を仰ぐべきでは……」

 誰かが言いかけて、
 言葉を止めた。

 代わりに、
 責任者が前に出る。

「こちらで対応します。
 原因究明と再発防止策をまとめます」

 誰も、
 ファワーリスを見なかった。

 それで、いい。


---

 夕方、
 報告書が簡潔にまとめられ、
 対策も現実的だった。

 マリエは、少し感慨深そうに言う。

「……以前なら、
 お嬢様の一言を待っていたと思います」

「ええ」

 ファワーリスは、静かに答える。

「その方が、
 “楽”ですもの」

「責任を、
 分けられるからですか?」

「いいえ」

 彼女は首を振る。

「責任を、
 薄められるからです」

 その言葉は、
 厳しくも、正確だった。


---

 夜。

 公爵が、娘の書斎を訪れた。

「……誰も、
 お前に頼らなくなったな」

「ええ」

「寂しくはないか?」

 一瞬の沈黙。

 ファワーリスは、
 穏やかに答えた。

「責任を返しただけですわ」

「返した?」

「本来、
 その人が持つべきものを」

 公爵は、
 深く息を吐いた。

「……それが、
 一番難しい」

「ええ」

 静かな肯定。

「何もしない、というのは、
 責任を奪わない、ということです」


---

 夜更け。

 ファワーリスは日記を開く。

『何もしない者の責任』

 そう書いて、少し考える。

 何もしないから、
 責任がないわけではない。

 奪わない責任。
 肩代わりしない責任。
 判断を委ねない責任。

 それらを守り続けることこそ、
 彼女が選んだ、唯一の役割だった。


---

 ファワーリス・シグナスは、
 今日も何もしなかった。

 だが、
 誰かの判断を尊重し、
 誰かの責任を侵さず、
 誰かの自由を奪わなかった。

 それは、
 何もしない者にしか果たせない、
 最も重い責任だった。
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