『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第31話 静けさに戻る日常

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第31話 静けさに戻る日常


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 責任が正しい場所に戻り、
 判断が現場で完結するようになると、
 世界は一気に“日常”へと還っていく。

 それは、劇的ではない。
 拍手も、称賛もない。
 ただ――静かだ。


---

「最近、
 本当に報告が減りましたね」

 朝の支度を整えながら、マリエが言った。

「ええ」

 ファワーリスは、窓の外を眺めたまま答える。

「良い兆候ですわ」

「良い、のですか?」

「はい。
 報告が多いということは、
 判断できない人が多い、という意味ですもの」

 マリエは、少し考えてから頷いた。


---

 午前中、
 領内の巡回報告が届いた。

 どれも簡潔で、
 必要な点だけが記されている。

「……問題なし、ばかりです」

「問題がないのですから、
 それで十分ですわ」

 ファワーリスは、書類を確認し、
 それ以上、何も付け加えなかった。

 朱筆も、指示も、助言もない。

 だが、
 誰一人として困っていない。


---

 昼下がり、
 庭園では、使用人たちが
 それぞれの仕事をこなしていた。

 誰かが命令を待つこともなく、
 誰かが過剰に動くこともない。

「静かですね」

 マリエが言う。

「ええ」

 ファワーリスは、穏やかに微笑んだ。

「これが、
 本来の“回っている状態”です」


---

 かつては、
 彼女の存在そのものが
 期待や憶測を呼んでいた。

 だが今は違う。

 彼女が何を考えているのか、
 誰も気にしない。

 それは、
 無関心ではなく、
 信頼に近い。


---

 夕方、
 マリエが少し不安そうに尋ねた。

「お嬢様は……
 このままで、
 本当に満足なのですか?」

「ええ」

 即答だった。

「何かを成し遂げることが、
 必ずしも幸福ではありません」

 少しだけ、言葉を選んで続ける。

「成し遂げなければならない、
 という状態から
 離れられたことが、
 私にとっては“成功”です」


---

 夜。

 書斎で、
 ファワーリスは久しぶりに
 何も書かない日記を閉じた。

 書くことがない、ということは、
 記録すべき波がない、ということだ。

(働いたら負け)

 心の中で、
 いつもの言葉をなぞる。

 だが、今は少しだけ違う。

(何もしなくても、
 ちゃんと回るなら、それでいい)


---

 ファワーリス・シグナスは、
 今日も何もしなかった。

 だがそれは、
 逃げでも、停滞でもない。

 世界が、
 彼女を必要としない状態に
 戻ったというだけのこと。

 そして彼女は、
 その静けさの中で、
 ようやく“自分の日常”を
 取り戻していた。

 何もしないのが勝ち――
 それは、
 日常に戻れる者だけが得られる、
 本当の報酬だった。
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