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第21話 ざまぁ準備――王太子側の失策が表に出る
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第21話 ざまぁ準備――王太子側の失策が表に出る
王城の会議室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
長机を囲む貴族たちの表情は硬く、
書類をめくる音だけが、やけに大きく響く。
「……以上が、今期の財政報告です」
報告役の文官が、慎重に言葉を選んで締めくくった。
その場に、誰もすぐには反応しなかった。
――数字が、悪い。
致命的ではない。
だが、見逃せる水準でもない。
アレクシオン王太子は、書類から目を離さず、低く言った。
「……原因は」
短い問い。
だが、その声には、苛立ちが滲んでいる。
「はい……主に、物流の遅延と、
部門間の調整不足が……」
歯切れの悪い返答。
以前なら、
その時点で補足説明が入り、
改善案が提示されていた。
だが、今は違う。
(……誰も、全体を見ていない)
アレクシオンは、内心で舌打ちした。
「対策は?」
「……現在、検討中です」
検討中。
その言葉に、会議室の空気がさらに沈む。
――遅い。
判断が遅れれば、
それだけ損失は膨らむ。
「……それで?」
王太子が、顔を上げた。
視線が、会議室を一巡する。
「誰か、具体案はないのか」
沈黙。
貴族たちは、互いに視線を交わし、
しかし、誰も口を開かない。
以前なら、
「こういう手があります」
「こちらの案も考えられます」
そうした声が、必ず上がっていた。
(……リオネッタ)
また、その名が脳裏をよぎる。
(考えるな)
自分は、正しい判断をしたはずだ。
完璧すぎて、重たい存在。
だから、切り捨てた。
なのに。
(……なぜ、今)
会議は、結局、結論が出ないまま終わった。
その日の午後。
王城では、さらに小さな問題が表面化していた。
港湾部から、抗議の書状。
商人組合から、条件再交渉の要請。
どれも、
“話し合えば解決できる”類のものだ。
だが――
話し合う窓口が、機能していない。
「殿下……こちらの件ですが……」
「後だ」
アレクシオンは、苛立ちを隠さず答えた。
近侍は、言葉を飲み込む。
(……違う)
アレクシオンは、はっきりと感じていた。
これは、
“偶然の不調”ではない。
――連鎖だ。
一つの歯車が抜け、
その影響が、次々と広がっている。
夜。
王太子は、一人で執務室に残っていた。
机の上には、山積みの書類。
だが、視線は、開いたままの引き出しに向かっている。
そこに残る、
かつての“整理された資料”。
(……あいつが、やっていたこと)
全体を見渡し、
先回りして、
問題になる前に潰す。
それを、
自分は“口うるさい”と切り捨てた。
「……馬鹿だな」
小さく、呟く。
だが、後悔しても、
彼女はもう、ここにはいない。
同じ頃。
グラーフ公爵領では、
まったく違う空気が流れていた。
城の執務区画。
文官たちは、普段どおり、淡々と仕事を進めている。
「この件、奥方様の案でよろしいですね」
「はい。
無理のない範囲で、進めましょう」
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
机を挟んで、穏やかに頷いた。
声は低く、
態度は控えめ。
だが――
誰もが、その判断を信頼している。
(……静かですわね)
ふと、彼女は思った。
ここでは、
誰かが声を荒らげることも、
責任を押し付け合うこともない。
問題は、
“誰が悪いか”ではなく、
“どう直すか”で扱われる。
(……良い環境です)
その日の夕方。
アレスト・グラーフは、報告を受けていた。
「王太子側で、
物流と財政に小さな歪みが出始めています」
「……そうか」
短い応答。
「まだ、表沙汰にはなっていませんが……」
「いずれ、出る」
アレストは、即座に判断した。
歪みは、隠せない。
しかも――
対応が遅れている。
「こちらは、どうだ」
「特に問題はありません。
奥方様の調整で、
むしろ、余裕が出ています」
アレストは、わずかに目を細めた。
(……差が、開いているな)
それは、
才能の差ではない。
――扱い方の差だ。
夜。
リオネッタは、書斎で帳簿を閉じ、
一息ついた。
「……向こうは、そろそろ限界かしら」
独り言。
だが、そこに、
復讐の感情はない。
(自分で、選んだ結果ですもの)
彼女は、誰かを陥れようとしたわけではない。
ただ――
自分が、ここで、
最善を尽くしているだけ。
それでも。
世界は、
“選ばれた場所”によって、
はっきりと、明暗を分け始めていた。
王城では、
小さな失策が、
やがて大きな問題へと育ち始めている。
そして、
その“準備”は、
もう、整いつつあった。
――ざまぁは、
感情ではなく、
現実の差として、
静かに始まっている。
王城の会議室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
長机を囲む貴族たちの表情は硬く、
書類をめくる音だけが、やけに大きく響く。
「……以上が、今期の財政報告です」
報告役の文官が、慎重に言葉を選んで締めくくった。
その場に、誰もすぐには反応しなかった。
――数字が、悪い。
致命的ではない。
だが、見逃せる水準でもない。
アレクシオン王太子は、書類から目を離さず、低く言った。
「……原因は」
短い問い。
だが、その声には、苛立ちが滲んでいる。
「はい……主に、物流の遅延と、
部門間の調整不足が……」
歯切れの悪い返答。
以前なら、
その時点で補足説明が入り、
改善案が提示されていた。
だが、今は違う。
(……誰も、全体を見ていない)
アレクシオンは、内心で舌打ちした。
「対策は?」
「……現在、検討中です」
検討中。
その言葉に、会議室の空気がさらに沈む。
――遅い。
判断が遅れれば、
それだけ損失は膨らむ。
「……それで?」
王太子が、顔を上げた。
視線が、会議室を一巡する。
「誰か、具体案はないのか」
沈黙。
貴族たちは、互いに視線を交わし、
しかし、誰も口を開かない。
以前なら、
「こういう手があります」
「こちらの案も考えられます」
そうした声が、必ず上がっていた。
(……リオネッタ)
また、その名が脳裏をよぎる。
(考えるな)
自分は、正しい判断をしたはずだ。
完璧すぎて、重たい存在。
だから、切り捨てた。
なのに。
(……なぜ、今)
会議は、結局、結論が出ないまま終わった。
その日の午後。
王城では、さらに小さな問題が表面化していた。
港湾部から、抗議の書状。
商人組合から、条件再交渉の要請。
どれも、
“話し合えば解決できる”類のものだ。
だが――
話し合う窓口が、機能していない。
「殿下……こちらの件ですが……」
「後だ」
アレクシオンは、苛立ちを隠さず答えた。
近侍は、言葉を飲み込む。
(……違う)
アレクシオンは、はっきりと感じていた。
これは、
“偶然の不調”ではない。
――連鎖だ。
一つの歯車が抜け、
その影響が、次々と広がっている。
夜。
王太子は、一人で執務室に残っていた。
机の上には、山積みの書類。
だが、視線は、開いたままの引き出しに向かっている。
そこに残る、
かつての“整理された資料”。
(……あいつが、やっていたこと)
全体を見渡し、
先回りして、
問題になる前に潰す。
それを、
自分は“口うるさい”と切り捨てた。
「……馬鹿だな」
小さく、呟く。
だが、後悔しても、
彼女はもう、ここにはいない。
同じ頃。
グラーフ公爵領では、
まったく違う空気が流れていた。
城の執務区画。
文官たちは、普段どおり、淡々と仕事を進めている。
「この件、奥方様の案でよろしいですね」
「はい。
無理のない範囲で、進めましょう」
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
机を挟んで、穏やかに頷いた。
声は低く、
態度は控えめ。
だが――
誰もが、その判断を信頼している。
(……静かですわね)
ふと、彼女は思った。
ここでは、
誰かが声を荒らげることも、
責任を押し付け合うこともない。
問題は、
“誰が悪いか”ではなく、
“どう直すか”で扱われる。
(……良い環境です)
その日の夕方。
アレスト・グラーフは、報告を受けていた。
「王太子側で、
物流と財政に小さな歪みが出始めています」
「……そうか」
短い応答。
「まだ、表沙汰にはなっていませんが……」
「いずれ、出る」
アレストは、即座に判断した。
歪みは、隠せない。
しかも――
対応が遅れている。
「こちらは、どうだ」
「特に問題はありません。
奥方様の調整で、
むしろ、余裕が出ています」
アレストは、わずかに目を細めた。
(……差が、開いているな)
それは、
才能の差ではない。
――扱い方の差だ。
夜。
リオネッタは、書斎で帳簿を閉じ、
一息ついた。
「……向こうは、そろそろ限界かしら」
独り言。
だが、そこに、
復讐の感情はない。
(自分で、選んだ結果ですもの)
彼女は、誰かを陥れようとしたわけではない。
ただ――
自分が、ここで、
最善を尽くしているだけ。
それでも。
世界は、
“選ばれた場所”によって、
はっきりと、明暗を分け始めていた。
王城では、
小さな失策が、
やがて大きな問題へと育ち始めている。
そして、
その“準備”は、
もう、整いつつあった。
――ざまぁは、
感情ではなく、
現実の差として、
静かに始まっている。
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