白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

文字の大きさ
22 / 38

第22話 初めての共闘――公爵夫妻として

しおりを挟む
第22話 初めての共闘――公爵夫妻として

 朝の城は、いつもより少しだけ慌ただしかった。

 執務区画を行き交う文官たちの足取りが速く、
 報告書を抱える腕にも、わずかな緊張が見える。

「……問題が、同時多発していますね」

 応接用の小会議室で、リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 集められた資料に目を通しながら、静かに言った。

 その向かいに座るのは、アレスト・グラーフ。

「港湾部の遅延。
 商人組合との条件調整。
 加えて、近隣領との通行税の件……」

「どれも単体では軽い。
 だが、重なると厄介だ」

 アレストの言葉に、リオネッタは頷いた。

「ええ。
 しかも、対応を誤ると、
 “こちらの不備”として扱われかねません」

 その声には、焦りはない。

 ただ、状況を正確に捉えた冷静さがあった。

 アレストは、ふと気づく。

(……こうして向かい合うのは、初めてだな)

 これまで、
 彼女は裏方に徹し、
 彼は前に立つ。

 役割は、自然と分かれていた。

 だが、今回は違う。

「公爵閣下」

 リオネッタが、顔を上げる。

「一つ、提案があります」

「聞こう」

「“誰が責任者か”を、
 先に示した方がよろしいかと」

 アレストは、わずかに眉を動かした。

「……私か」

「はい」

 即答だった。

「ですが、それだけでは足りません」

 彼女は、資料の一部を指し示す。

「調整の実務は、
 現場に近い者が行うべきです」

「つまり?」

「私が、窓口に出ます」

 その言葉に、
 会議室の空気が、わずかに変わった。

「……それは」

 反対しようとして、
 アレストは言葉を止めた。

 彼女の表情に、
 迷いがない。

「公爵夫人として、です」

 リオネッタは、穏やかに続ける。

「私が前に出ることで、
 “こちらは組織として動いている”
 という印象を与えられます」

「だが、負担になる」

「承知しています」

 彼女は、静かに微笑んだ。

「ですから、
 公爵閣下と一緒に」

 その一言が、
 アレストの胸に、確かに届いた。

(……一緒に、か)

 それは、
 契約書には存在しない言葉。

 だが――
 今、この場には、必要だった。

「分かった」

 アレストは、短く答えた。

「共に出よう」

 その決断に、
 リオネッタは、わずかに目を見開き――
 そして、頷いた。

「ありがとうございます」

 港湾部の会合は、
 緊張した空気で始まった。

 商人たちは、
 貴族に対して、常に一歩引く。

 だが、同時に、
 不満を抱えている。

「こちらの事情も、ご理解いただきたい」

 そう切り出したのは、
 商人組合の代表だった。

「遅延が続けば、
 損失は、我々だけでなく、
 公爵領全体に及びます」

「承知しています」

 答えたのは、リオネッタだった。

 場の視線が、一斉に集まる。

「ですから、本日は――
 “誰が、何を、いつまでに”
 を明確にしに参りました」

 彼女は、用意してきた資料を広げる。

 簡潔で、無駄がない。

 だが、
 相手の立場を無視していない。

「通行税の一時的な調整。
 その代わり、
 遅延分の優先処理」

「……現実的ですね」

 代表が、思わず呟く。

 その横で、
 アレストは、黙って座っていた。

 だが――
 沈黙は、威圧ではない。

 “後ろ盾”としての存在感。

 それが、
 商人たちに、はっきりと伝わっていた。

「この件については、
 私の名で保証します」

 アレストが、低く言う。

 その一言で、
 場の空気が、完全に変わった。

 会合は、予定よりも早く終わった。

 しかも――
 合意付きで。

 城へ戻る馬車の中。

 二人は、向かい合って座っていた。

 しばし、沈黙。

 そして、アレストが口を開く。

「……見事だった」

 率直な言葉。

 リオネッタは、少し驚いたように目を瞬かせ、
 そして、微笑む。

「ありがとうございます。
 ですが……」

「?」

「一人では、無理でした」

 彼女は、正直に言った。

「公爵閣下が、
 “一緒にいる”と示してくださったからこそです」

 アレストは、視線を外し、
 小さく息を吐いた。

(……これが)

 “共に立つ”ということか。

 夜。

 アレストは、執務室で、一人考えていた。

(白い結婚、か)

 確かに、
 始まりは、そうだった。

 だが――
 今日一日で、
 その言葉が、少しだけ色褪せた気がする。

 一方、リオネッタもまた、
 自室で、静かに考えていた。

(……初めて、ですね)

 誰かと、
 目的を共有し、
 役割を分け、
 結果を出した。

 それは、
 婚約時代には、なかった感覚。

 胸の奥に、
 小さな温度が残っている。

 まだ、名前はつけられない。

 だが――
 確かに、それは。

 公爵夫妻としての、最初の一歩だった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します

nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。 イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。 「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」 すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~

水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。 心のよりどころは絵だけ。 それなのに、利き手を壊され描けなくなった。 すべてを失った私は―― ※他サイトに掲載

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

【完結】伐採令嬢とお花畑伯爵のままならない結婚生活

有沢楓花
恋愛
――あなたのために杉(仮)を伐る。新婚伯爵夫妻の別居婚、標高差1000メートル  散々結婚を先延ばしにされた挙句、ついに婚約破棄された男爵家の令嬢・ヘルミーナはとうに行き遅れ。  厳格な父親は家の恥さらしだと、彼女を老貴族の後妻として嫁がせようと画策していた。  老貴族の名を聞き、前世の日本人としての記憶がぼんやりとあったヘルミーナは確信する。  ここは乙女系領地運営シミュレーションゲーム『黒薔薇姫のシュトラーセ』エンディング終了直後の世界で、彼女はこの後夫の不正に巻き込まれて没落するのだと。  抗う彼女の窮地を偶然救ってくれたのは、病のせいで顔をくまなく覆った貴族、「お花畑伯爵」ウィルヘルム。  瘴気漂う領地のせいで滅多に領外に出ないとあって、長らく独身だった。  ウィルヘルムが事情でお飾り妻を必要としていると知ったヘルミーナは、彼に結婚と領地運営の手助けを申し出る。  たとえ彼が「二週目フリーモード以降選択可能な、高難易度領地持ちPC」であろうとも。  しかし手助けしようにもコミュニケーションはままならない。  瘴気を徹底的に避けるため、彼は森林限界の上に建てた別邸で一年の大半を過ごしているのだった。 「あなたの暮らす屋敷からは大よそ1000メートルといったところですね。……標高で、ですが」  1000メートルの別居婚を提案されたヘルミーナは、花粉に似た瘴気をまき散らす森を前に決意する。  登山をして会いに行き、政治的パートナーとして距離を詰めることを。  でなければ、また実家に戻されてしまうだろう。  もう後がないヘルミーナは、伯爵とともに領地を繁栄させることができるのか……?  この話は他サイトにも掲載しています。

【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~

深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。 灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。

処理中です...