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第23話 王太子の誤算――取り繕いが裏目に出る
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第23話 王太子の誤算――取り繕いが裏目に出る
王城の応接室は、久しぶりに人の出入りが多かった。
しかし、その賑わいとは裏腹に、
空気はどこか張り詰めている。
「……では、以上が現状です」
報告役の貴族が言葉を終えると、
重い沈黙が落ちた。
アレクシオン王太子は、
肘掛けに指をかけたまま、視線を上げない。
(……広がり始めているな)
港湾部の混乱。
商人組合の不満。
遅れる通達と、曖昧な判断。
どれも、“些細な問題”だったはずだ。
だが――
それを軽視した結果、
噂は、確実に形を持ち始めていた。
「殿下」
控えめに声をかけたのは、側近の一人だ。
「このままでは……
“統率が取れていない”との印象が……」
「分かっている」
アレクシオンは、短く遮った。
だが、その声に、
以前の余裕はない。
(……まずい)
ここで、何かを打たなければ。
だが――
“何を”打つか。
王太子は、ふと、
ある名前を思い浮かべた。
(……リオネッタ)
思い出すだけで、
胸の奥が、僅かに軋む。
だが今は、感情ではない。
(……使えるか)
婚約破棄の件は、
表向き、すでに“終わった話”だ。
だが、
民衆は、忘れていない。
――有能な令嬢を追い出した王太子。
ならば。
(……修正すればいい)
誤解だった、と。
彼女を評価していた、と。
そう“示せば”。
翌日。
王城から、一つの通達が出た。
――元婚約者、リオネッタ・ラーヴェンシュタインの功績を称え、
――彼女の在任中の改革が、
――現在も国を支えていることを認める。
文面は、丁寧だった。
敵意はない。
むしろ、
“理解ある元婚約者”を演出する内容。
(これでいい)
アレクシオンは、そう判断した。
責任転嫁ではない。
評価の修正。
それだけのつもりだった。
だが――
それが、最大の誤算だった。
城下町。
酒場で、噂話が飛び交う。
「聞いたか?
王太子が、今さら元婚約者を評価したって」
「……今さら、だな」
「都合が悪くなったから、だろ?」
誰かが、鼻で笑った。
「しかも、
“彼女の功績のおかげで今がある”って?」
「じゃあ、なんで追い出したんだよ」
言葉は、次々と重なる。
同情は、ない。
あるのは、
冷ややかな分析だけだ。
「要するにさ……」
年配の商人が、杯を置いて言った。
「今、困ってるんだろ」
「……ああ」
「で、
“あの人がいなくなってからおかしくなった”
って、自分で言っちゃったようなもんだ」
その場に、苦笑が広がった。
王城内でも、同様だった。
文官たちは、通達を読み、
静かに視線を交わす。
「……殿下、
これ、逆じゃないか?」
「だよな」
「有能だったと認めるなら、
なおさら、婚約破棄の判断が……」
誰も、声を荒げない。
だが――
評価は、確実に下がっていく。
一方、グラーフ公爵領。
その通達は、
穏やかな午後に、届いた。
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
内容を一読し、
小さく息を吐いた。
(……やはり、来ましたわね)
驚きはない。
ただ、
少しだけ、
理解できない。
(なぜ、今)
称賛も、評価も、
もう、必要ない。
彼女は、すでに――
別の場所で、
別の役割を持っている。
そこへ、アレスト・グラーフが入ってきた。
「……読んだか」
「はい」
短い返答。
「どう思う」
リオネッタは、少し考え、
率直に答えた。
「……自分で、
傷を広げていらっしゃるように見えます」
その言葉に、
アレストは、わずかに口元を緩めた。
「同感だ」
彼は、低く言う。
「こちらは、
何もする必要がない」
「……はい」
それが、
最も痛烈な“ざまぁ”だった。
手を出さない。
否定しない。
反論もしない。
ただ――
事実が、積み重なるのを待つ。
その夜。
王城の執務室。
アレクシオンは、
通達後の反応を聞き、
顔色を失っていた。
「……なぜだ」
取り繕ったはずだった。
理解ある姿勢を示したはずだった。
なのに。
「殿下……」
側近が、言いにくそうに続ける。
「“彼女がいなくなってから、
国がおかしくなった”
と、受け取られております」
「……っ」
言葉に、詰まる。
(そんなつもりじゃ……)
だが、
つもりは、関係ない。
結果が、すべてだ。
アレクシオンは、
椅子に深く沈み込んだ。
(……俺は)
何も、取り戻せていない。
むしろ――
自分で、
“決定打”を打ってしまった。
彼女を、
評価すればするほど。
自分の判断が、
否定されていく。
それが、
この通達の本質だった。
そして――
ざまぁは、
まだ、始まったばかりだ。
---
王城の応接室は、久しぶりに人の出入りが多かった。
しかし、その賑わいとは裏腹に、
空気はどこか張り詰めている。
「……では、以上が現状です」
報告役の貴族が言葉を終えると、
重い沈黙が落ちた。
アレクシオン王太子は、
肘掛けに指をかけたまま、視線を上げない。
(……広がり始めているな)
港湾部の混乱。
商人組合の不満。
遅れる通達と、曖昧な判断。
どれも、“些細な問題”だったはずだ。
だが――
それを軽視した結果、
噂は、確実に形を持ち始めていた。
「殿下」
控えめに声をかけたのは、側近の一人だ。
「このままでは……
“統率が取れていない”との印象が……」
「分かっている」
アレクシオンは、短く遮った。
だが、その声に、
以前の余裕はない。
(……まずい)
ここで、何かを打たなければ。
だが――
“何を”打つか。
王太子は、ふと、
ある名前を思い浮かべた。
(……リオネッタ)
思い出すだけで、
胸の奥が、僅かに軋む。
だが今は、感情ではない。
(……使えるか)
婚約破棄の件は、
表向き、すでに“終わった話”だ。
だが、
民衆は、忘れていない。
――有能な令嬢を追い出した王太子。
ならば。
(……修正すればいい)
誤解だった、と。
彼女を評価していた、と。
そう“示せば”。
翌日。
王城から、一つの通達が出た。
――元婚約者、リオネッタ・ラーヴェンシュタインの功績を称え、
――彼女の在任中の改革が、
――現在も国を支えていることを認める。
文面は、丁寧だった。
敵意はない。
むしろ、
“理解ある元婚約者”を演出する内容。
(これでいい)
アレクシオンは、そう判断した。
責任転嫁ではない。
評価の修正。
それだけのつもりだった。
だが――
それが、最大の誤算だった。
城下町。
酒場で、噂話が飛び交う。
「聞いたか?
王太子が、今さら元婚約者を評価したって」
「……今さら、だな」
「都合が悪くなったから、だろ?」
誰かが、鼻で笑った。
「しかも、
“彼女の功績のおかげで今がある”って?」
「じゃあ、なんで追い出したんだよ」
言葉は、次々と重なる。
同情は、ない。
あるのは、
冷ややかな分析だけだ。
「要するにさ……」
年配の商人が、杯を置いて言った。
「今、困ってるんだろ」
「……ああ」
「で、
“あの人がいなくなってからおかしくなった”
って、自分で言っちゃったようなもんだ」
その場に、苦笑が広がった。
王城内でも、同様だった。
文官たちは、通達を読み、
静かに視線を交わす。
「……殿下、
これ、逆じゃないか?」
「だよな」
「有能だったと認めるなら、
なおさら、婚約破棄の判断が……」
誰も、声を荒げない。
だが――
評価は、確実に下がっていく。
一方、グラーフ公爵領。
その通達は、
穏やかな午後に、届いた。
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
内容を一読し、
小さく息を吐いた。
(……やはり、来ましたわね)
驚きはない。
ただ、
少しだけ、
理解できない。
(なぜ、今)
称賛も、評価も、
もう、必要ない。
彼女は、すでに――
別の場所で、
別の役割を持っている。
そこへ、アレスト・グラーフが入ってきた。
「……読んだか」
「はい」
短い返答。
「どう思う」
リオネッタは、少し考え、
率直に答えた。
「……自分で、
傷を広げていらっしゃるように見えます」
その言葉に、
アレストは、わずかに口元を緩めた。
「同感だ」
彼は、低く言う。
「こちらは、
何もする必要がない」
「……はい」
それが、
最も痛烈な“ざまぁ”だった。
手を出さない。
否定しない。
反論もしない。
ただ――
事実が、積み重なるのを待つ。
その夜。
王城の執務室。
アレクシオンは、
通達後の反応を聞き、
顔色を失っていた。
「……なぜだ」
取り繕ったはずだった。
理解ある姿勢を示したはずだった。
なのに。
「殿下……」
側近が、言いにくそうに続ける。
「“彼女がいなくなってから、
国がおかしくなった”
と、受け取られております」
「……っ」
言葉に、詰まる。
(そんなつもりじゃ……)
だが、
つもりは、関係ない。
結果が、すべてだ。
アレクシオンは、
椅子に深く沈み込んだ。
(……俺は)
何も、取り戻せていない。
むしろ――
自分で、
“決定打”を打ってしまった。
彼女を、
評価すればするほど。
自分の判断が、
否定されていく。
それが、
この通達の本質だった。
そして――
ざまぁは、
まだ、始まったばかりだ。
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