白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ

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第24話 噂の反転――悪役令嬢は誰だったのか

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第24話 噂の反転――悪役令嬢は誰だったのか

 噂というものは、不思議な生き物だ。

 誰かが意図して流したものよりも、
 人々が“自分で考えた結論”の方が、
 はるかに強く、速く広がっていく。

 王都では、まさにそれが起きていた。

「……なあ、結局さ」

 昼下がりの広場。
 露店の前で立ち話をする市民の一人が、声を落とす。

「悪役令嬢って……誰だったんだ?」

 その問いに、周囲が一瞬静まり返った。

 誰かが、苦笑する。

「最初は、
 リオネッタ様だって言われてたよな」

「王太子を支配してた、とか」

「完璧すぎて、重たい女だ、とか」

 そう言ってから、
 全員が、同時に気づいたように黙り込む。

「……でもさ」

 別の市民が、ゆっくり続けた。

「今、どうなってる?」

 答えは、明白だった。

 港は混乱。
 商人は不満。
 王城の判断は遅れがち。

 一方で――

「隣国のグラーフ公爵領は?」

「……落ち着いてる」

「むしろ、前より良くなってるらしい」

 比較してしまえば、
 もう、結論は出ている。

「じゃあさ」

 最初に口を開いた男が、
 少しだけ意地悪そうに笑った。

「悪役だったのは、
 本当に、彼女だったのか?」

 その言葉に、
 誰も反論しなかった。

 王城内でも、同じだった。

 文官たちは、
 表向きは沈黙を守りながら、
 内心では、確実に評価を切り替えている。

(……彼女がいた頃)

 書類は、整理されていた。
 問題は、早期に共有されていた。
 判断は、常に複数の視点から検討されていた。

(……今)

 それが、ない。

 誰も、全体を見ない。
 誰も、先を読む責任を負わない。

「……王太子殿下は」

 ある文官が、同僚に小声で言った。

「“優しい方”ではあるが……」

「……“向いてない”」

 その言葉は、
 口に出されることはなくても、
 多くの者の胸に、同時に浮かんでいた。

 そして、必然的に、
 もう一つの評価が浮上する。

 ――リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
 果たして“悪役”だったのか。

 否。

 むしろ――
 “抑え役”だったのではないか。

 王太子の暴走を防ぎ、
 判断の偏りを修正し、
 現実を突きつける存在。

 それを、
 “可愛げがない”
 “支配的だ”
 と、切り捨てた結果が、今だ。

 噂は、静かに、しかし確実に反転していく。

「……かわいそうなのは、
 追い出された方じゃないか?」

「だな」

「むしろ、
 あの人、よく耐えてたと思う」

 同情ではない。

 評価の修正。

 それが、
 何よりも残酷だった。

 一方、
 “新しい恋人”とされていた少女の周囲では、
 別の空気が流れ始めていた。

「……最近、殿下、
 イライラしてません?」

 侍女の一人が、
 気まずそうに言う。

「前は、もっと……
 優しかったような……」

 少女は、笑顔を作る。

「お忙しいだけよ」

 そう言いながらも、
 胸の奥に、不安が広がっていた。

(……私のせい?)

 そんな疑念が、
 ふと、頭をよぎる。

 王太子は、
 彼女を“肯定”してくれる。

 だが――
 “支えて”くれはしない。

 その差に、
 彼女自身も、薄々気づき始めていた。

 一方、グラーフ公爵領。

 リオネッタは、
 静かな午後を過ごしていた。

 書斎の窓から差し込む光。
 整理された書類。
 穏やかな空気。

(……噂が、変わりましたわね)

 耳に入らないわけではない。

 だが――
 心は、驚くほど静かだった。

(悪役令嬢、ですか)

 かつて貼られた、そのレッテル。

 今、それが剥がれていく。

 だが、
 喜びはない。

 誇示する気もない。

(評価は、
 結果の後から、
 勝手についてくるものですもの)

 そこへ、
 アレスト・グラーフが現れる。

「……最近、
 こちらを見てくる使者が増えた」

「そうですか」

「“噂”を、確認しに来ている」

 リオネッタは、少し考え、言った。

「では……
 隠す必要はありませんね」

「そうだな」

 アレストは、頷いた。

「我々は、
 いつも通りでいい」

 その言葉に、
 彼女は、小さく微笑む。

 王城では。

 アレクシオン王太子が、
 重い沈黙の中にいた。

 最近、
 誰も、
 “彼女が悪かった”とは言わない。

 代わりに、
 誰もが、
 “なぜ、手放したのか”
 という目で見る。

(……やめろ)

 そう叫びたくても、
 口には出せない。

 なぜなら――
 答えは、
 彼自身が、一番よく知っているからだ。

 噂は、完全に反転した。

 悪役令嬢は、
 存在しなかった。

 あったのは――
 “都合よく切り捨てられた有能な令嬢”と、
 “それに気づくのが遅すぎた王太子”。

 そして、その事実こそが、
 何よりも強烈な――
 ざまぁだった。


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