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第25話 元恋人の焦り――立場が入れ替わる瞬間
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第25話 元恋人の焦り――立場が入れ替わる瞬間
王城の回廊は、昼下がりにもかかわらず、どこか冷えていた。
窓から差し込む光は明るい。
だが、その明るさが、今の彼女には痛い。
「……最近、皆さん、忙しそうですね」
少女は、通りすがりの侍女に、できるだけ自然な声で話しかけた。
「はい……少々、立て込んでおりまして」
侍女は、丁寧に頭を下げたが、
足を止めることはなかった。
そのまま、去っていく背中。
(……あれ?)
少女は、取り残されたように、その場に立ち尽くす。
以前なら――
もう少し、会話が続いた。
世間話をして、
笑顔を交わして、
「殿下はお優しいですね」と言われた。
それが、今はない。
(……忙しいだけ、よね)
そう、自分に言い聞かせる。
だが、胸の奥に、
小さな違和感が、確かに残った。
応接室では、
アレクシオン王太子が、苛立ちを隠せずにいた。
「……だから、なぜ、ここで止まる」
「申し訳ありません、殿下。
現場からの報告が……」
「報告、報告……」
王太子は、苛立ちを吐き出すように、椅子に深く腰掛けた。
判断材料は、揃っているはずだ。
だが――
決めきれない。
(……誰か)
ふと、
無意識に、
その名を呼びそうになる。
だが、口に出る前に、
現実が突きつけられる。
(……いない)
彼女は、もういない。
それを、
誰よりも自分が知っている。
夕刻。
少女は、思い切って、王太子に声をかけた。
「殿下……お疲れではありませんか?」
優しい声。
気遣う表情。
以前なら、
彼は、少し肩の力を抜いて、
笑ってくれただろう。
だが今は違う。
「……ああ」
短い返事。
それだけ。
(……え?)
少女は、戸惑いを隠せなかった。
「何か、私にできることは……」
「……ない」
その言葉は、
冷たく言い放たれたわけではない。
だが――
決定的だった。
必要とされていない。
その事実が、
はっきりと、突き刺さる。
(……私、何もできない?)
王太子は、
彼女を“癒やし”としては必要としている。
だが――
“支え”としては、見ていない。
それが、
今になって、
露骨に表に出てきていた。
同じ頃。
グラーフ公爵領では、
まったく違う空気が流れていた。
会議室。
文官たちの視線が、
自然と、一人の女性に集まる。
「この件ですが……」
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
資料を一枚めくりながら、穏やかに話す。
「期限を分けて進めましょう。
無理に一度で終わらせる必要はありません」
「……その方が、現場も助かります」
「では、その方向で」
誰も、異を唱えない。
それは、
支配ではない。
信頼だ。
会議後。
アレスト・グラーフは、
彼女に並んで歩きながら、ふと口にした。
「……以前の城では、
こういう場面は、あったか?」
リオネッタは、少し考えてから答える。
「……ありました」
「だが?」
「私が話すと、
“出しゃばるな”と、思われていました」
淡々とした口調。
だが、
そこに、恨みはない。
「……今は違うな」
「ええ」
リオネッタは、小さく微笑んだ。
「ここでは、
“役に立つかどうか”が、
ちゃんと、見られています」
その言葉を聞いて、
アレストは、静かに頷いた。
(……立場は、もう)
完全に、入れ替わっている。
一方、王城。
少女は、自室で、一人、鏡を見つめていた。
(……私、何をしてるんだろう)
可愛いと言われてきた。
守られてきた。
肯定されてきた。
でも――
それだけだ。
(……あの人)
ふと、
リオネッタの姿が、頭をよぎる。
落ち着いた態度。
自分の意見を持ち、
それを、押し付けない強さ。
(……比べちゃ、いけない)
そう思うほど、
比べてしまう。
王城の空気は、
確実に変わっていた。
“可愛い恋人”よりも、
“仕事が回る人間”が求められている。
そして、
その変化に、
最初に置いていかれたのが――
彼女だった。
夜。
アレクシオン王太子は、
一人、机に向かっていた。
書類の山。
決断待ちの案件。
(……なぜだ)
なぜ、こんなにも、
重い。
ふと、
思い出す。
かつて、
自分の隣には、
当たり前のように、
全体を見ている人間がいた。
(……あいつは)
支配していたのではない。
支えていたのだ。
それを、
ようやく理解したときには、
もう、遅い。
王太子の“隣”は、
今、空いている。
だが――
その空席に、
誰かが自然に座ることは、
もう、ない。
一方、グラーフ公爵領。
夜の書斎で、
リオネッタは、
静かに帳簿を閉じた。
(……変わりましたわね)
環境も。
立場も。
そして――
人の見方も。
それでも、
彼女は、
ただ、目の前の役割を果たす。
それが――
最も、静かで、確実な“ざまぁ”だと、
もう、知っているから。
---
王城の回廊は、昼下がりにもかかわらず、どこか冷えていた。
窓から差し込む光は明るい。
だが、その明るさが、今の彼女には痛い。
「……最近、皆さん、忙しそうですね」
少女は、通りすがりの侍女に、できるだけ自然な声で話しかけた。
「はい……少々、立て込んでおりまして」
侍女は、丁寧に頭を下げたが、
足を止めることはなかった。
そのまま、去っていく背中。
(……あれ?)
少女は、取り残されたように、その場に立ち尽くす。
以前なら――
もう少し、会話が続いた。
世間話をして、
笑顔を交わして、
「殿下はお優しいですね」と言われた。
それが、今はない。
(……忙しいだけ、よね)
そう、自分に言い聞かせる。
だが、胸の奥に、
小さな違和感が、確かに残った。
応接室では、
アレクシオン王太子が、苛立ちを隠せずにいた。
「……だから、なぜ、ここで止まる」
「申し訳ありません、殿下。
現場からの報告が……」
「報告、報告……」
王太子は、苛立ちを吐き出すように、椅子に深く腰掛けた。
判断材料は、揃っているはずだ。
だが――
決めきれない。
(……誰か)
ふと、
無意識に、
その名を呼びそうになる。
だが、口に出る前に、
現実が突きつけられる。
(……いない)
彼女は、もういない。
それを、
誰よりも自分が知っている。
夕刻。
少女は、思い切って、王太子に声をかけた。
「殿下……お疲れではありませんか?」
優しい声。
気遣う表情。
以前なら、
彼は、少し肩の力を抜いて、
笑ってくれただろう。
だが今は違う。
「……ああ」
短い返事。
それだけ。
(……え?)
少女は、戸惑いを隠せなかった。
「何か、私にできることは……」
「……ない」
その言葉は、
冷たく言い放たれたわけではない。
だが――
決定的だった。
必要とされていない。
その事実が、
はっきりと、突き刺さる。
(……私、何もできない?)
王太子は、
彼女を“癒やし”としては必要としている。
だが――
“支え”としては、見ていない。
それが、
今になって、
露骨に表に出てきていた。
同じ頃。
グラーフ公爵領では、
まったく違う空気が流れていた。
会議室。
文官たちの視線が、
自然と、一人の女性に集まる。
「この件ですが……」
リオネッタ・ラーヴェンシュタインは、
資料を一枚めくりながら、穏やかに話す。
「期限を分けて進めましょう。
無理に一度で終わらせる必要はありません」
「……その方が、現場も助かります」
「では、その方向で」
誰も、異を唱えない。
それは、
支配ではない。
信頼だ。
会議後。
アレスト・グラーフは、
彼女に並んで歩きながら、ふと口にした。
「……以前の城では、
こういう場面は、あったか?」
リオネッタは、少し考えてから答える。
「……ありました」
「だが?」
「私が話すと、
“出しゃばるな”と、思われていました」
淡々とした口調。
だが、
そこに、恨みはない。
「……今は違うな」
「ええ」
リオネッタは、小さく微笑んだ。
「ここでは、
“役に立つかどうか”が、
ちゃんと、見られています」
その言葉を聞いて、
アレストは、静かに頷いた。
(……立場は、もう)
完全に、入れ替わっている。
一方、王城。
少女は、自室で、一人、鏡を見つめていた。
(……私、何をしてるんだろう)
可愛いと言われてきた。
守られてきた。
肯定されてきた。
でも――
それだけだ。
(……あの人)
ふと、
リオネッタの姿が、頭をよぎる。
落ち着いた態度。
自分の意見を持ち、
それを、押し付けない強さ。
(……比べちゃ、いけない)
そう思うほど、
比べてしまう。
王城の空気は、
確実に変わっていた。
“可愛い恋人”よりも、
“仕事が回る人間”が求められている。
そして、
その変化に、
最初に置いていかれたのが――
彼女だった。
夜。
アレクシオン王太子は、
一人、机に向かっていた。
書類の山。
決断待ちの案件。
(……なぜだ)
なぜ、こんなにも、
重い。
ふと、
思い出す。
かつて、
自分の隣には、
当たり前のように、
全体を見ている人間がいた。
(……あいつは)
支配していたのではない。
支えていたのだ。
それを、
ようやく理解したときには、
もう、遅い。
王太子の“隣”は、
今、空いている。
だが――
その空席に、
誰かが自然に座ることは、
もう、ない。
一方、グラーフ公爵領。
夜の書斎で、
リオネッタは、
静かに帳簿を閉じた。
(……変わりましたわね)
環境も。
立場も。
そして――
人の見方も。
それでも、
彼女は、
ただ、目の前の役割を果たす。
それが――
最も、静かで、確実な“ざまぁ”だと、
もう、知っているから。
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