婚約破棄ですか?構いませんわ。ですがその契約、すべて我が家のものです

ふわふわ

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第27話 王太子の選択

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第27話 王太子の選択

王宮の謁見の間には、重苦しい空気が満ちていた。

高い天井に吊るされた燭台の光が、赤い絨毯の上に長い影を落としている。普段ならば儀式や祝賀のために使われるこの広間も、今日はまるで裁きの場のようだった。

壁際には王国の重臣たちが並び、その中央に、三人の人物が立たされている。

ローデン。
エルヴィナ。
そしてレイシア。

かつてヴァレリオン公爵家の一員として贅沢な生活を送っていた三人だったが、今はその余裕はどこにもない。騎士たちに囲まれ、逃げ場を完全に塞がれている。

広間の中央に置かれた机には、大量の書類が積まれていた。

銀行帳簿。
契約書。
送金記録。

王国銀行と王宮監査局がまとめた調査資料だ。

その机の前に立っているのは、財務卿ラドフォードだった。

彼は静かに帳簿をめくりながら、ゆっくりと口を開く。

「調査の結果、ヴァレリオン公爵家の財産が過去三年間にわたり不正に移動されていたことが確認されました」

広間にざわめきが広がる。

ラドフォードは一枚の契約書を持ち上げた。

「これらの資金は、公爵家名義の契約を利用して外部に流されています。さらに、偽造された融資契約によって、王国銀行からも資金が引き出されています」

彼は書類を机に置いた。

「署名はすべて、ローデン殿のものです」

その言葉が落ちた瞬間、ローデンの顔が歪んだ。

「違う!」

突然、彼は叫んだ。

騎士たちが一斉に視線を向ける。

ローデンは必死に言い募る。

「私は知らん! 部下が勝手にやったんだ! 私は騙された!」

しかしラドフォードの表情は変わらない。

「銀行はその主張を認めません」

帳簿を指し示す。

「すべての契約書には、あなたの直筆署名が確認されています」

ローデンは言葉を失った。

義母エルヴィナは顔を真っ青にし、レイシアは唇を強く噛みしめている。

もはや言い逃れは不可能だった。

その時だった。

謁見の間の中央に立っていた王太子ユリウスが、ゆっくりと手を上げた。

それだけで、広間のざわめきは一瞬で消えた。

王太子は静かに歩き、机の上の帳簿を眺める。

「……なるほど」

低い声が広間に響く。

「証拠は確かに揃っている」

ラドフォードが小さく頷いた。

「はい。これ以上ない証拠です」

王太子は帳簿を閉じた。

そして、ゆっくりと顔を上げる。

「だが」

その一言で空気が変わった。

ラドフォードが眉をひそめる。

「殿下?」

王太子は広間を見渡したあと、ゆっくりと視線を一人の人物に向けた。

カリスタ・ヴァレリオン。

彼女は広間の中央に立ち、静かに王太子を見つめている。

王太子は軽く笑った。

「一つ気になることがある」

沈黙が広間を包む。

「なぜ、今になってこれが出てきた?」

ラドフォードが答える。

「調査の結果です」

しかし王太子は首を振った。

「違う」

彼はゆっくりとカリスタの前まで歩いた。

「お前が仕組んだ」

その言葉に、広間がざわめいた。

ラドフォードが思わず声を上げる。

「殿下、それは――」

「黙れ」

王太子の声が鋭く響く。

ラドフォードは言葉を飲み込むしかなかった。

王太子はカリスタを見下ろす。

「お前は昔からそうだ」

その声には、露骨な嫌悪が混じっていた。

「証拠」

「契約」

「銀行」

「全部」

「お前の道具だ」

カリスタは何も言わない。

ただ静かに王太子を見つめている。

王太子は振り返り、レイシアを見た。

「レイシア」

彼女は涙を浮かべて顔を上げた。

「殿下……」

王太子は言う。

「お前は被害者だ」

広間が揺れた。

ラドフォードが声を上げる。

「殿下!」

しかし王太子は構わず続ける。

「カリスタは昔から冷酷だった」

「人を道具としてしか見ていない」

レイシアは涙を流しながら王太子にすがるように言った。

「殿下……私は……」

王太子は彼女の肩に手を置く。

「安心しろ」

そして振り返り、はっきりと言った。

「カリスタ・ヴァレリオン」

謁見の間にいる全員の視線が集まる。

王太子は宣言した。

「私はお前との婚約を破棄する」

広間が完全に静まり返った。

そして続ける。

「私はレイシアと婚約する」

誰も言葉を発せない。

その沈黙の中で、カリスタはゆっくりと顔を上げた。

その表情は変わらない。

静かなままだ。

「契約違反です」

その一言が、広間に落ちた。

王太子は鼻で笑う。

「契約?」

カリスタは落ち着いた声で答える。

「婚約契約」

「財務契約」

「公爵家契約」

彼女は一歩前に出る。

「殿下」

その声は静かだった。

「契約を破棄なさるのですね」

王太子は迷いなく言う。

「そうだ」

カリスタは頷いた。

「承知しました」

そして後ろに立つ執事グレイを見た。

「書類を」

グレイは静かに封筒を差し出す。

それは、王家とヴァレリオン家の契約書だった。

カリスタはそれを机の上に置く。

そして言った。

「では」

広間の空気が張り詰める。

「すべて終了です」

王太子が眉をひそめた。

「何がだ」

カリスタは静かに答える。

「王家への資金援助」

広間が凍りつく。

「銀行」

「港湾」

「貿易」

「融資」

彼女はゆっくりと言った。

「すべて終了します」

ラドフォードが思わず呟く。

「……王国が止まる」

しかし王太子は笑った。

「脅しか?」

カリスタは首を振る。

「いいえ」

そして背を向けた。

「契約です」

その瞬間。

この国を支えていたすべての契約が、静かに終わったのだった。
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