婚約破棄ですか?構いませんわ。ですがその契約、すべて我が家のものです

ふわふわ

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第29話 崩れ始めた王宮

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第29話 崩れ始めた王宮

王宮の執務棟では、朝から慌ただしい足音が響き続けていた。

普段であれば整然と動いている官僚たちが、今日は明らかに落ち着きを失っている。書類を抱えた役人が廊下を走り、部屋から部屋へと急ぎ足で出入りしていた。

異変は、次々と報告として上がってきていた。

「南部穀倉地帯からの輸送が止まりました」

「王国銀行が国債の追加引き受けを拒否しています」

「港湾税の徴収ができません。管理会社が業務を停止しています」

どれも軽視できる内容ではない。

いや、むしろ一つでも起きれば国家問題になるような報告ばかりだった。

そのすべてが、同時に発生している。

財務卿ラドフォードは執務机の前に立ち、次々と届く書類を確認していた。いつも冷静な彼でさえ、顔色が明らかに悪い。

「……これでは王国の物流が完全に止まる」

彼の言葉に、周囲の役人たちが黙り込む。

王国の経済は単純ではない。農地で作られた穀物は運送業者によって港へ運ばれ、港から船で各地へ送られ、銀行の融資によって商人たちが取引を行う。

その流れのどこか一つが止まれば混乱が起きる。

しかし今起きているのは、そんな生易しいものではない。

銀行、港湾、物流、すべてが同時に止まり始めていた。

そしてその原因は、誰の目にも明らかだった。

ヴァレリオン家。

王国最大の金融家であり、最大の商業貴族。

王太子が婚約を破棄した、その家だ。

ラドフォードは重い足取りで廊下に出た。

「殿下のところへ行く」

誰かが止めようとしたが、彼は首を振った。

「この状況を理解していないのは、恐らく殿下だけだ」

王太子執務室の扉が開く。

中ではユリウスが窓際に立ち、王都の街を見下ろしていた。

「財務卿か。朝から騒がしいが、何が起きている?」

ラドフォードは机の上に書類を置いた。

「王国銀行が国債の引き受けを停止しました」

ユリウスは書類を手に取る。

「銀行が慎重になるのはよくあることだ。国庫はまだ余裕がある」

ラドフォードは静かに首を振った。

「問題はそこではありません。停止したのがヴァレリオン銀行だからです」

その言葉に、ユリウスの表情がわずかに変わった。

ラドフォードは続ける。

「さらに港湾会社が業務を停止しました。運送ギルドも同様です。北部鉱山からの鉄鉱石も王都に届いていません」

ユリウスは机の前に立ったまま、ゆっくりと息を吐いた。

「つまり……カリスタがやったと言いたいのか」

ラドフォードは答えた。

「正確に言えば、ヴァレリオン家の契約がすべて終了しました」

ユリウスは書類を机に置いた。

昨夜の光景が頭に浮かぶ。

謁見の間。

カリスタの静かな表情。

そして彼女が残した言葉。

契約は終了です。

その言葉が、今になって現実になっている。

ユリウスは苛立ったように机を叩いた。

「たかが一貴族の契約だ。王国全体が止まるわけがない」

ラドフォードは少しの沈黙のあと、静かに言った。

「殿下、ヴァレリオン家は普通の貴族ではありません」

ユリウスは顔を上げる。

ラドフォードは続けた。

「王国銀行の最大出資者です。港湾会社の株の過半数を持っています。さらに国内の物流会社の多くにも資金を出しています」

彼は書類を指差した。

「この国の経済の多くは、あの家の契約で動いていました」

ユリウスは言葉を失った。

王都の街が、窓の向こうに広がっている。

だが、その街はどこか不自然だった。

荷車が少ない。

港の煙も薄い。

商人の往来も、いつもより明らかに少ない。

ユリウスはゆっくりと呟いた。

「……呼べ」

ラドフォードが聞き返す。

「誰をですか」

ユリウスは振り返った。

「カリスタだ」

その言葉に、ラドフォードは少し困ったような顔をした。

「それはできません」

ユリウスの眉が動く。

「なぜだ?」

ラドフォードは静かに答えた。

「すでに王宮を出ています」

ユリウスは何も言えなかった。

王宮の外では、一台の黒い馬車がゆっくりと王都の街を進んでいた。

扉にはヴァレリオン家の紋章。

窓の内側で、カリスタは静かに街を見ている。

市場は混乱し始めている。

港では船が待たされている。

銀行では商人たちが不安そうな顔で並んでいる。

しかし彼女の表情は変わらない。

怒りも、焦りもない。

ただ、淡々と街を見つめながら小さく呟いた。

「契約は終わりました」

それだけだった。

しかしその一言で、王国は確実に揺れ始めていた。
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