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第2話 誰が去り、誰が残るのか
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第2話 誰が去り、誰が残るのか
翌朝、王城は不自然なほど静まり返っていた。
いつもなら、廊下には侍女たちの足音が響き、朝餉の準備に慌ただしい気配が満ちている時間帯だ。
だがこの日、カグラの部屋の前を通り過ぎる人影は、ほとんどなかった。
「……もう、始まっているようですわね」
窓辺に立つカグラは、遠く中庭を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
国王が昨夜残した言葉――
「民も、貴族も、騎士も……皆、お前を選んだ」
その意味が、じわじわと現実味を帯びて迫ってきていた。
コンコン、と控えめなノック。
「お嬢様……失礼いたします」
入ってきたのは、長年カグラに仕えてきた老執事だった。
だが、その表情はいつもと違い、どこか決意を帯びている。
「何かありましたの?」
「……王城の使用人の三割が、今朝の時点で“辞表”を提出しております」
カグラは一瞬、言葉を失った。
「辞表……ですか」
「はい。理由は、ほぼ全員が同じです」
老執事は、静かに言葉を選ぶ。
「――“カグラ様が去る王城に、仕える意味はない”と」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
嬉しさと、申し訳なさと、そして恐ろしさ。
人が動くということの重さを、改めて突きつけられる。
「……止めてください、と言っても?」
「聞き入れられないでしょう」
老執事は、穏やかに、しかしはっきりと言った。
「彼らは、命令ではなく、自分の意思で決めております」
そのとき、廊下の向こうがざわついた。
複数の足音。
騎士の鎧が触れ合う、金属音。
扉が開かれ、現れたのは、王国騎士団の副団長だった。
「失礼いたします、カグラ様」
彼は片膝をつき、深く頭を下げる。
「……顔を上げてください」
「はい」
立ち上がった彼の目には、迷いがなかった。
「騎士団第三・第五隊が、正式に離脱を申し出ております。……彼らは、あなたの護衛を望んでいます」
「護衛、ですか」
「追放される方の護衛を願い出るなど、前代未聞だと承知しております」
それでも、と彼は続けた。
「我々は、守るべき“人”を選びました」
その言葉に、カグラは思わず視線を伏せた。
「……私は、王ではありませんわ」
「存じております」
副団長は、微かに笑った。
「ですが、“導く者”です」
その後も、報告は途切れることがなかった。
有力貴族の一部が、屋敷を引き払い始めている。
商人ギルドの長が、密かに面会を求めてきている。
地方の領主から、“今後の行き先”を問う書簡が届いている。
すべてが、異常だった。
――追放される者のもとに、人が集まっていく。
その頃、王太子レオニスはというと。
「なぜだ……なぜ、誰も来ない!」
玉座の間で、彼は苛立ちを隠そうともせず怒鳴り散らしていた。
呼んでも、侍女は現れない。
命じても、騎士は集まらない。
「反逆だ! 全員、反逆者だ!」
だが、その声に応える者はいなかった。
ただ、隣に立つ新たな婚約者だけが、不安げに袖を掴んでいる。
「レオニス様……少し、落ち着いて……」
「黙れ!」
彼は振り払うように叫んだ。
「すべて、あの女のせいだ……!」
だが――
その“あの女”は、誰一人引き留めることなく、誰一人煽ることなく、
ただ静かに去ろうとしているだけだった。
夕刻。
王城の外れに、人の列ができ始めていた。
馬車、荷車、徒歩の者たち。
身なりも立場も様々だが、向かう先は一つ。
「……本当に、ついてきてしまいましたわね」
城壁の上からそれを見下ろし、カグラは小さく呟いた。
その背後から、聞き慣れた声がする。
「だから言ったじゃろう」
振り返れば、そこにいたのは国王だった。
「お前が去るなら、この国も、もはやここには残らん」
「……陛下」
「さて」
国王は、どこか楽しげに笑った。
「追放されるのは、どうやら“お前一人”ではないらしいぞ?」
その言葉に、カグラは苦笑するしかなかった。
(私は、ただ静かに出て行くつもりだったのに……)
だがもう、後戻りはできない。
誰が去り、誰が残るのか――
その答えは、すでに王都のあちこちで、はっきりと示され始めていた。
翌朝、王城は不自然なほど静まり返っていた。
いつもなら、廊下には侍女たちの足音が響き、朝餉の準備に慌ただしい気配が満ちている時間帯だ。
だがこの日、カグラの部屋の前を通り過ぎる人影は、ほとんどなかった。
「……もう、始まっているようですわね」
窓辺に立つカグラは、遠く中庭を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
国王が昨夜残した言葉――
「民も、貴族も、騎士も……皆、お前を選んだ」
その意味が、じわじわと現実味を帯びて迫ってきていた。
コンコン、と控えめなノック。
「お嬢様……失礼いたします」
入ってきたのは、長年カグラに仕えてきた老執事だった。
だが、その表情はいつもと違い、どこか決意を帯びている。
「何かありましたの?」
「……王城の使用人の三割が、今朝の時点で“辞表”を提出しております」
カグラは一瞬、言葉を失った。
「辞表……ですか」
「はい。理由は、ほぼ全員が同じです」
老執事は、静かに言葉を選ぶ。
「――“カグラ様が去る王城に、仕える意味はない”と」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
嬉しさと、申し訳なさと、そして恐ろしさ。
人が動くということの重さを、改めて突きつけられる。
「……止めてください、と言っても?」
「聞き入れられないでしょう」
老執事は、穏やかに、しかしはっきりと言った。
「彼らは、命令ではなく、自分の意思で決めております」
そのとき、廊下の向こうがざわついた。
複数の足音。
騎士の鎧が触れ合う、金属音。
扉が開かれ、現れたのは、王国騎士団の副団長だった。
「失礼いたします、カグラ様」
彼は片膝をつき、深く頭を下げる。
「……顔を上げてください」
「はい」
立ち上がった彼の目には、迷いがなかった。
「騎士団第三・第五隊が、正式に離脱を申し出ております。……彼らは、あなたの護衛を望んでいます」
「護衛、ですか」
「追放される方の護衛を願い出るなど、前代未聞だと承知しております」
それでも、と彼は続けた。
「我々は、守るべき“人”を選びました」
その言葉に、カグラは思わず視線を伏せた。
「……私は、王ではありませんわ」
「存じております」
副団長は、微かに笑った。
「ですが、“導く者”です」
その後も、報告は途切れることがなかった。
有力貴族の一部が、屋敷を引き払い始めている。
商人ギルドの長が、密かに面会を求めてきている。
地方の領主から、“今後の行き先”を問う書簡が届いている。
すべてが、異常だった。
――追放される者のもとに、人が集まっていく。
その頃、王太子レオニスはというと。
「なぜだ……なぜ、誰も来ない!」
玉座の間で、彼は苛立ちを隠そうともせず怒鳴り散らしていた。
呼んでも、侍女は現れない。
命じても、騎士は集まらない。
「反逆だ! 全員、反逆者だ!」
だが、その声に応える者はいなかった。
ただ、隣に立つ新たな婚約者だけが、不安げに袖を掴んでいる。
「レオニス様……少し、落ち着いて……」
「黙れ!」
彼は振り払うように叫んだ。
「すべて、あの女のせいだ……!」
だが――
その“あの女”は、誰一人引き留めることなく、誰一人煽ることなく、
ただ静かに去ろうとしているだけだった。
夕刻。
王城の外れに、人の列ができ始めていた。
馬車、荷車、徒歩の者たち。
身なりも立場も様々だが、向かう先は一つ。
「……本当に、ついてきてしまいましたわね」
城壁の上からそれを見下ろし、カグラは小さく呟いた。
その背後から、聞き慣れた声がする。
「だから言ったじゃろう」
振り返れば、そこにいたのは国王だった。
「お前が去るなら、この国も、もはやここには残らん」
「……陛下」
「さて」
国王は、どこか楽しげに笑った。
「追放されるのは、どうやら“お前一人”ではないらしいぞ?」
その言葉に、カグラは苦笑するしかなかった。
(私は、ただ静かに出て行くつもりだったのに……)
だがもう、後戻りはできない。
誰が去り、誰が残るのか――
その答えは、すでに王都のあちこちで、はっきりと示され始めていた。
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