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第9話 最初の来訪者
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第9話 最初の来訪者
朝靄が、平地をやさしく包み込んでいた。
サクラ王国――仮設政庁の前では、いつものように人の往来が始まっている。
水汲みの列、物資の確認、簡易市場の準備。
もはや「追放された集団」という雰囲気は、どこにもなかった。
「……来ましたわね」
見張り台からの合図を受け取り、カグラは静かに立ち上がった。
政庁の前に現れたのは、十数名ほどの一団。
旗も軍装もないが、装いは整っている。
――外交使節だ。
「どこの国か、分かりますか?」
「東の商業国家、リーヴァ商連邦です」
副団長が答える。
「やはり、最初は商人ですのね」
カグラは苦笑した。
(分かりやすくて、助かります)
一団は一定の距離で立ち止まり、先頭の男が一歩前に出た。
年の頃は四十前後。柔らかな笑みを浮かべ、両手を見せる。
「失礼いたします。
我々はリーヴァ商連邦より参りました」
深く、だが過剰ではない礼。
「この地に集う方々と、友好的な関係を築きたく、参上いたしました」
言葉遣いは丁寧だが、視線は鋭い。
周囲の様子、人の動き、物資の量――すべてを観察している。
「歓迎いたします」
カグラは一歩前に出た。
「ただし、ここには王も女王もおりません」
男は一瞬だけ目を瞬かせた。
「……では、どなたが代表で?」
「代表、というより」
少し考え、カグラは答える。
「話を聞く役です」
その言葉に、男は小さく笑った。
「なるほど。
噂通りですね」
「どのような噂でしょう?」
「“支配しない国”」
はっきりと告げられ、周囲がざわつく。
「我々商人にとって、それは興味深い存在です」
カグラは、落ち着いたまま問い返した。
「それで、ご用件は?」
「単刀直入に申し上げます」
男は姿勢を正した。
「貴国――いえ、この集落と、交易を行いたい」
「交易、ですか」
「はい。
食糧、道具、資材。
そして、情報」
最後の言葉に、わずかな重みが乗る。
「我々は、敵対を望みません。
ですが、この規模の人の移動が、無視できないのも事実です」
カグラは、政庁の天幕を振り返った。
そこには、慌ただしくも秩序立った日常がある。
「条件があります」
男は、待っていましたと言わんばかりに頷いた。
「この地を、“一時的な野営地”として扱わないこと」
「……ほう」
「私たちは、消えるつもりはありません。
移動するつもりも」
静かな声だったが、揺るぎはなかった。
「ここで、生き続けます」
沈黙。
男は、しばらくカグラを見つめていたが、やがて深く頷いた。
「承知しました」
「早いですね」
「商人は、“なくならない客”を逃しません」
その率直さに、カグラは思わず笑みを浮かべた。
「では、交渉を」
その場で簡単な取り決めが交わされる。
通貨の代替。
物資交換の基準。
互いの不干渉。
形式ばらないが、実利的な内容だった。
話が終わり、男は最後にこう言った。
「一つ、忠告を」
「何でしょう?」
「あなた方は、すでに“国として扱われ始めています”」
「……ええ」
「次に来るのは、商人ではないでしょう」
男は、意味深に笑った。
「武器を持たない者か、
武器しか信じない者か――」
使節団が去った後、静寂が戻る。
「……最初の一歩、踏みましたわね」
カグラは、小さく息を吐いた。
国王が、隣で満足そうに頷く。
「上出来じゃ。
血を流さず、国を名乗らせた」
「私は、名乗っていません」
「相手が名乗らせた」
その違いが、何よりも重要だった。
サクラ王国は、
剣ではなく、
宣言でもなく、
“交渉”によって、世界に存在を刻み始めた。
そして、次に来る者が、
決して穏やかではないことを――
誰もが、うっすらと予感していた。
朝靄が、平地をやさしく包み込んでいた。
サクラ王国――仮設政庁の前では、いつものように人の往来が始まっている。
水汲みの列、物資の確認、簡易市場の準備。
もはや「追放された集団」という雰囲気は、どこにもなかった。
「……来ましたわね」
見張り台からの合図を受け取り、カグラは静かに立ち上がった。
政庁の前に現れたのは、十数名ほどの一団。
旗も軍装もないが、装いは整っている。
――外交使節だ。
「どこの国か、分かりますか?」
「東の商業国家、リーヴァ商連邦です」
副団長が答える。
「やはり、最初は商人ですのね」
カグラは苦笑した。
(分かりやすくて、助かります)
一団は一定の距離で立ち止まり、先頭の男が一歩前に出た。
年の頃は四十前後。柔らかな笑みを浮かべ、両手を見せる。
「失礼いたします。
我々はリーヴァ商連邦より参りました」
深く、だが過剰ではない礼。
「この地に集う方々と、友好的な関係を築きたく、参上いたしました」
言葉遣いは丁寧だが、視線は鋭い。
周囲の様子、人の動き、物資の量――すべてを観察している。
「歓迎いたします」
カグラは一歩前に出た。
「ただし、ここには王も女王もおりません」
男は一瞬だけ目を瞬かせた。
「……では、どなたが代表で?」
「代表、というより」
少し考え、カグラは答える。
「話を聞く役です」
その言葉に、男は小さく笑った。
「なるほど。
噂通りですね」
「どのような噂でしょう?」
「“支配しない国”」
はっきりと告げられ、周囲がざわつく。
「我々商人にとって、それは興味深い存在です」
カグラは、落ち着いたまま問い返した。
「それで、ご用件は?」
「単刀直入に申し上げます」
男は姿勢を正した。
「貴国――いえ、この集落と、交易を行いたい」
「交易、ですか」
「はい。
食糧、道具、資材。
そして、情報」
最後の言葉に、わずかな重みが乗る。
「我々は、敵対を望みません。
ですが、この規模の人の移動が、無視できないのも事実です」
カグラは、政庁の天幕を振り返った。
そこには、慌ただしくも秩序立った日常がある。
「条件があります」
男は、待っていましたと言わんばかりに頷いた。
「この地を、“一時的な野営地”として扱わないこと」
「……ほう」
「私たちは、消えるつもりはありません。
移動するつもりも」
静かな声だったが、揺るぎはなかった。
「ここで、生き続けます」
沈黙。
男は、しばらくカグラを見つめていたが、やがて深く頷いた。
「承知しました」
「早いですね」
「商人は、“なくならない客”を逃しません」
その率直さに、カグラは思わず笑みを浮かべた。
「では、交渉を」
その場で簡単な取り決めが交わされる。
通貨の代替。
物資交換の基準。
互いの不干渉。
形式ばらないが、実利的な内容だった。
話が終わり、男は最後にこう言った。
「一つ、忠告を」
「何でしょう?」
「あなた方は、すでに“国として扱われ始めています”」
「……ええ」
「次に来るのは、商人ではないでしょう」
男は、意味深に笑った。
「武器を持たない者か、
武器しか信じない者か――」
使節団が去った後、静寂が戻る。
「……最初の一歩、踏みましたわね」
カグラは、小さく息を吐いた。
国王が、隣で満足そうに頷く。
「上出来じゃ。
血を流さず、国を名乗らせた」
「私は、名乗っていません」
「相手が名乗らせた」
その違いが、何よりも重要だった。
サクラ王国は、
剣ではなく、
宣言でもなく、
“交渉”によって、世界に存在を刻み始めた。
そして、次に来る者が、
決して穏やかではないことを――
誰もが、うっすらと予感していた。
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