婚約破棄、追放された令嬢ですが、国民全員ついてきました ――国王陛下まで付いてくるのは聞いてません――

ふわふわ

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第10話 噂は、剣よりも早く

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第10話 噂は、剣よりも早く

リーヴァ商連邦の使節が去ってから、三日が経った。

その間、サクラ王国――否、「国」と呼ぶことをためらっていた人々の意識は、確実に変わり始めていた。

「交渉、成立しました」

「交易路、仮決定だそうです」

「向こうから物資が届くのは、早くて十日後とのこと」

政庁の中は、静かな熱気に満ちていた。

人々の顔には、追放された日の不安はない。
あるのは――手応えだった。

「……噂が、広がる速度が早すぎますわね」

報告を聞き終えたカグラは、地図の上に指を置いた。

「商人が動いた、という事実だけで、これほどとは」

「商人は口が軽いからの」

隣で国王が肩をすくめる。

「良くも悪くも、“安全な話題”として広がる」

「安全、ですか?」

「剣を抜かず、城も持たず、だが人は集まっている。
これはどの国にとっても、警戒より先に“好奇心”を刺激する」

その言葉通りだった。

その日の午後、見張り台から新たな報告が上がる。

「南東方面より、小規模な一団が接近中!」

「数は?」

「五名ほど。武装は……最低限です」

カグラは即座に立ち上がった。

「通してください。ただし、周囲に人を集めすぎないように」

「はっ」

(来ましたわね……次は、様子見)

現れた一団は、明らかに軍ではなかった。
だが、商人とも違う。

簡素だが、統一された装い。
腰には剣。
しかし、抜く気配はない。

「我々は、グランディア王国の巡察団だ」

先頭の男が名乗る。

「この地に集う人々について、事実確認を行う」

その言葉に、周囲の空気がわずかに張り詰めた。

「事実確認、とは?」

カグラは一歩前に出る。

「民の移動が、異常な規模で起きている。
指導者がいるという話もある」

男の視線が、カグラを捉えた。

「あなたが、その“中心”か?」

(直球ですのね)

「私は、代表ではありません」

「……では、何者だ」

「話を聞き、まとめる役です」

前回と同じ答え。

だが、男はすぐには頷かなかった。

「この地は、どこの領地でもない」

「はい」

「軍を持たず、王を名乗らず、だが秩序がある」

「はい」

「それは――危険だ」

周囲がざわめく。

「秩序は、権威がなければ崩れる」

男は、はっきりと言った。

「今は良い。
だが、いずれ“奪う者”が現れる」

「……ご忠告、感謝します」

カグラは、落ち着いて答えた。

「ですが、それは“どの国”にも言えることでは?」

男は、少しだけ眉を動かした。

「我々は、干渉しない」

「助かります」

「だが、記録は残す」

「どうぞ」

あまりにあっさりした返答に、巡察団の者たちは戸惑った様子を見せた。

「一つだけ、聞きたい」

男が言う。

「なぜ、あなた方は争わない?」

その問いに、カグラは少し考えた。

「争う理由が、ないからです」

「……それだけか?」

「ええ。それだけですわ」

沈黙。

やがて、男は剣に手をかけ――しかし、抜かなかった。

「本日の確認は、以上とする」

一礼し、一団は去っていく。

背中が見えなくなった頃、誰かが小さく息を吐いた。

「……怖かったですね」

「ええ」

カグラは、静かに答える。

「でも、これで分かりました」

「何がです?」

「私たちは、もう“見られる側”です」

夕暮れの中、人々が行き交う。

市場の準備、井戸の整備、子どもたちの笑い声。

誰もが、まだ“国”とは口にしない。

だが――

「噂は、剣よりも早く広がります」

カグラは、空を見上げた。

次に来るのは、
友か、
敵か、
それとも――試す者か。

サクラ王国は、静かに、しかし確実に、
世界の視線を集め始めていた。
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