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第二十二話 監査の刃と、揺るがぬ現場
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第二十二話 監査の刃と、揺るがぬ現場
工房に差し込む朝の光は、いつもと変わらない。
だが、その光の中に立つ数名の男たちの存在が、空気を一段重くしていた。
「本日より、数日にわたり監査を行う」
先頭に立つ男が、淡々と告げる。
机に置かれた書類には、正式な王城の印。
拒否の余地は、どこにもない。
「……承知しました」
リリカは、落ち着いた声で答えた。
「必要な資料は、すべてご用意しております」
男は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに平静を装う。
「では、早速だ」
工房の中を、監査官たちが分かれて歩き始める。
製造工程、原材料の仕入れ、帳簿、契約書――細部まで、執拗なほどに確認していく。
「……この量で、この価格か」
「特別な補助金は?」
「ありません」
リリカは即答する。
「原価と人件費、流通費を積み上げた結果です」
「王女殿下の権限を使って、便宜を図った可能性は?」
「ありません」
言葉は短く、だが迷いはない。
シオンは、作業台の前で菓子を焼き続けていた。
視線を向けられても、手は止めない。
「……監査中に製造を続けるとは」
「日常ですから」
シオンは、低く答えた。
「止める理由はない」
その一言に、監査官の一人が言葉を詰まらせる。
昼過ぎ。
工房の外には、いつの間にか人だかりができていた。
「……監査だって?」
「また、何か問題が?」
不安と好奇心が混じった視線が、工房に向けられる。
「噂は、早いですわね」
リリカは、帳簿を閉じながら静かに言った。
「ええ」
シオンも頷く。
「だが、裏通りのときより、騒ぎ方が違う」
その通りだった。
怒りよりも、不安。
否定よりも、様子見。
「……私たちを、見ています」
リリカは、はっきりと言った。
「どう振る舞うかを」
夕方。
監査官の一人が、低い声で言った。
「……ここまで調べて、不正は見当たらない」
「当然ですわ」
「だが――」
言葉が、わずかに濁る。
「王女殿下が関わる以上、前例がない。判断には時間が必要だ」
「構いません」
リリカは、静かに答えた。
「時間がかかるほど、正しさは明確になります」
その言葉に、男は何も返せなかった。
夜。
監査官たちは工房を後にしたが、調査は翌日も続くことになった。
「……長引くな」
シオンが、低く呟く。
「ええ」
リリカは、外を見やる。
「ですが、ここで焦れば負けです」
彼女は、工房内を見渡した。
「現場を止めない。隠さない。いつも通り」
「……それが、一番難しい」
「ええ」
その夜、王都の別の場所では、苛立ちを含んだ声が上がっていた。
「……何も出ないだと?」
「はい。帳簿も、契約も、きれいすぎるほどです」
「王女が関わっている以上、何かあるはずだ」
「……現場が、強すぎます」
沈黙。
「……なら」
別の声が、低く言った。
「現場ではなく、周囲を揺さぶれ」
翌朝。
工房に届いた一通の知らせが、空気を変えた。
「……取引先の一部が、契約を保留?」
リリカは、文面を読みながら眉を寄せる。
「“監査が終わるまで様子を見る”……ですか」
「……圧力だな」
「ええ」
だが、彼女はすぐに顔を上げた。
「想定内です」
「数が減れば、現場が苦しくなる」
「だからこそ」
リリカは、静かに言った。
「数に頼らない」
その日、工房は出荷量をあえて減らした。
「……減らして、大丈夫なのか」
「大丈夫です」
リリカは頷く。
「無理に出せば、質が揺らぐ。それだけは、絶対に避けます」
夕方。
店頭から戻ってきた報告が届く。
「……売り切れ、早かったです」
「……減らした分、余計に目立ったな」
「ええ」
リリカは、静かに微笑んだ。
「“足りない”は、悪い評価ではありません」
工房に漂う香りは、変わらない。
作る人の手も、変わらない。
監査の刃は鋭い。
だが、それが向けられるほど、現場の強さが試される。
「……折れないな」
シオンが、ぽつりと呟く。
「折れません」
リリカは、即答した。
「ここは、日常の場所ですから」
影は、確かに忍び寄っている。
だが、光もまた、同時に差し込んでいる。
監査は続く。
圧力も続く。
それでも、工房の一日は終わり、次の朝が来る。
変わらない日常を、守り続けること。
それこそが、最大の抵抗だった。
工房に差し込む朝の光は、いつもと変わらない。
だが、その光の中に立つ数名の男たちの存在が、空気を一段重くしていた。
「本日より、数日にわたり監査を行う」
先頭に立つ男が、淡々と告げる。
机に置かれた書類には、正式な王城の印。
拒否の余地は、どこにもない。
「……承知しました」
リリカは、落ち着いた声で答えた。
「必要な資料は、すべてご用意しております」
男は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに平静を装う。
「では、早速だ」
工房の中を、監査官たちが分かれて歩き始める。
製造工程、原材料の仕入れ、帳簿、契約書――細部まで、執拗なほどに確認していく。
「……この量で、この価格か」
「特別な補助金は?」
「ありません」
リリカは即答する。
「原価と人件費、流通費を積み上げた結果です」
「王女殿下の権限を使って、便宜を図った可能性は?」
「ありません」
言葉は短く、だが迷いはない。
シオンは、作業台の前で菓子を焼き続けていた。
視線を向けられても、手は止めない。
「……監査中に製造を続けるとは」
「日常ですから」
シオンは、低く答えた。
「止める理由はない」
その一言に、監査官の一人が言葉を詰まらせる。
昼過ぎ。
工房の外には、いつの間にか人だかりができていた。
「……監査だって?」
「また、何か問題が?」
不安と好奇心が混じった視線が、工房に向けられる。
「噂は、早いですわね」
リリカは、帳簿を閉じながら静かに言った。
「ええ」
シオンも頷く。
「だが、裏通りのときより、騒ぎ方が違う」
その通りだった。
怒りよりも、不安。
否定よりも、様子見。
「……私たちを、見ています」
リリカは、はっきりと言った。
「どう振る舞うかを」
夕方。
監査官の一人が、低い声で言った。
「……ここまで調べて、不正は見当たらない」
「当然ですわ」
「だが――」
言葉が、わずかに濁る。
「王女殿下が関わる以上、前例がない。判断には時間が必要だ」
「構いません」
リリカは、静かに答えた。
「時間がかかるほど、正しさは明確になります」
その言葉に、男は何も返せなかった。
夜。
監査官たちは工房を後にしたが、調査は翌日も続くことになった。
「……長引くな」
シオンが、低く呟く。
「ええ」
リリカは、外を見やる。
「ですが、ここで焦れば負けです」
彼女は、工房内を見渡した。
「現場を止めない。隠さない。いつも通り」
「……それが、一番難しい」
「ええ」
その夜、王都の別の場所では、苛立ちを含んだ声が上がっていた。
「……何も出ないだと?」
「はい。帳簿も、契約も、きれいすぎるほどです」
「王女が関わっている以上、何かあるはずだ」
「……現場が、強すぎます」
沈黙。
「……なら」
別の声が、低く言った。
「現場ではなく、周囲を揺さぶれ」
翌朝。
工房に届いた一通の知らせが、空気を変えた。
「……取引先の一部が、契約を保留?」
リリカは、文面を読みながら眉を寄せる。
「“監査が終わるまで様子を見る”……ですか」
「……圧力だな」
「ええ」
だが、彼女はすぐに顔を上げた。
「想定内です」
「数が減れば、現場が苦しくなる」
「だからこそ」
リリカは、静かに言った。
「数に頼らない」
その日、工房は出荷量をあえて減らした。
「……減らして、大丈夫なのか」
「大丈夫です」
リリカは頷く。
「無理に出せば、質が揺らぐ。それだけは、絶対に避けます」
夕方。
店頭から戻ってきた報告が届く。
「……売り切れ、早かったです」
「……減らした分、余計に目立ったな」
「ええ」
リリカは、静かに微笑んだ。
「“足りない”は、悪い評価ではありません」
工房に漂う香りは、変わらない。
作る人の手も、変わらない。
監査の刃は鋭い。
だが、それが向けられるほど、現場の強さが試される。
「……折れないな」
シオンが、ぽつりと呟く。
「折れません」
リリカは、即答した。
「ここは、日常の場所ですから」
影は、確かに忍び寄っている。
だが、光もまた、同時に差し込んでいる。
監査は続く。
圧力も続く。
それでも、工房の一日は終わり、次の朝が来る。
変わらない日常を、守り続けること。
それこそが、最大の抵抗だった。
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