2 / 39
第2話 泣き崩れる令嬢…のフリ
しおりを挟む王宮の正門前。
夜の冷たい風が、エレノアの薄いショールを揺らしていた。
先ほどまで華やかな祝宴が広がっていたとは思えないほど、外の世界は静かだ。
だが――
その静寂を打ち破るように、群衆のざわめきが高まった。
「お気の毒に……」
「あんなに美しい令嬢なのに……」
「王子殿下、あれは酷すぎるわ」
エレノアは、馬車に乗り込む前にひと呼吸置いた。
表情を作る時間が必要だからだ。
そして――
その場に膝をつくようにして、ふらりと身体を揺らした。
「……わたくし、いったい……何を……」
涙が頬を伝い落ちる。
(※もちろん演技である)
涙の量を調整しつつ、声は震えさせすぎず。
喉を詰まらせるタイミングにも気を配る。
王宮前はひと際大きな衝撃に包まれ、貴族だけでなく通りすがりの市民までエレノアを取り囲んだ。
「なんて可哀想なの……!」
「もっと泣いてもいいのよ!」
「王子は何を考えているんだ!」
(皆さま、演技に反応いただきありがとうございます。ええ、これくらい大げさに騒いでもらったほうが“もう戻れませんわよね?”という圧になって助かりますの)
エレノアは、自分の胸元をぎゅっと握りしめる。
「殿下の……お幸せを……祈っておりますわ……」
これ以上ないほど健気な台詞を、
今世紀最大級の“悲痛な声”で放り込んだ。
ざわぁっ。
観衆の心が揺れる気配が、風に乗って伝わってくる。
(……ふふ。これで“恨んでいないアピール”は完璧ですわね。
本当は何も恨んでいませんのよ? むしろ大歓迎。
だって、明日から王宮勤めの雑務がなくなるのですもの!)
侍女ミリアが涙ぐみながら駆け寄る。
「お、お嬢様……! お気を確かに……!」
エレノアはそっとミリアの腕を借り、立ち上がる。
ゆらりと揺れる姿は、もはや“悲劇のヒロインそのもの”。
しかし、ミリアには分かる。
この顔は泣き腫らしているのではなく、完璧に計算された顔だ、と。
(……お嬢様、やっぱり楽しんでいらっしゃいますね?
目が笑ってますもの……)
ミリアは心の中で小さくツッコんだ。
エレノアは馬車へ向かう途中、振り返り、観衆へ儚げな微笑みを向ける。
「皆さま……どうか、殿下のことを……お支えくださいませ……」
その言葉は、美しく夜空へ溶けた。
――演技としては、満点以上である。
群衆は一層騒ぎ立てた。
「なんて健気なの!!」
「王子よりよほど王妃にふさわしいわ!」
「見てられない……!」
(はい、これで“王子が悪い”の世論、かなり固まりましたわね。助かりますわ)
やがて、エレノアは馬車へと乗り込み、扉が閉まる。
外の声は少しずつ遠ざかる。
……そして。
扉が閉まった瞬間、エレノアの肩がぴょこんと軽やかに跳ねた。
「……うふふっ。もう……もう本当に、終わりましたのね……!」
誰も見ていないのをいいことに、
彼女はクッションをぎゅっと抱きしめる。
「最高ではありませんこと!?
明日から早起き不要、雑務不要、理不尽な王宮行事も不要……!
ああ……! わたくし、自由になりましたのね……!」
馬車の揺れも気にならないほど、エレノアの胸は軽かった。
ミリアがそっと微笑む。
「……お嬢様。その、嬉しい気持ちは……周囲にはどうか秘密で」
「もちろんですわ。わたくし、完璧令嬢ですもの」
外では、
“捨てられた哀れな令嬢”として涙を流し――
内側では、
“解放を祝う自由令嬢”として大きく息を弾ませる。
そのギャップこそ、エレノアという令嬢の武器だった。
こうして――
自由を手にした彼女の新しい人生が本格的に動き出す。
王都はまだ知らない。
この日を境に、すべてがひっくり返ることを。
次にひっくり返るのは、
彼女を捨てた王子と“平民の天使”の番なのだから。
39
あなたにおすすめの小説
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」
その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。
王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。
――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。
学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。
「殿下、どういうことでしょう?」
私の声は驚くほど落ち着いていた。
「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」
【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました
丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、
隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。
だが私は知っている。
原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、
私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。
優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。
私は転生者としての知識を武器に、
聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、
王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。
「婚約は……こちらから願い下げです」
土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。
私は新しい未来を選ぶ。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる