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第4話 王宮からの退去
しおりを挟む翌日。
王宮の朝は、いつもと同じように騎士たちの足音が響き、侍女たちが忙しなく動き回っていた。
しかし――
その中心にいるはずの令嬢エレノアは、静かに荷物をまとめていた。
「……こちらで全部ですわ、ミリア?」
「はい、お嬢様。王宮で使われていたお衣装と宝飾品も、すべて返還の準備ができております」
「まあ、助かりますわ」
エレノアは優雅に微笑む。
その姿は、失意の令嬢には到底見えないほど軽やかだった。
(衣装を返せと言われる前に返しておきましたわ。
“未練なし”アピールは重要ですもの)
ミリアは荷物を抱えながら、小声で囁く。
「……お嬢様、本当に落ち込んでいらっしゃらないのですね?」
「ええ、全くですわ」
即答。
(むしろ毎朝王宮の行事に付き合わされる生活から解放されたのですもの。
あれほど胃の痛む生活、二度とごめんですわ)
しかし、王宮の職員たちはまったく違う認識をしていた。
廊下のあちこちで、ひそやかな声が飛び交う。
「お気の毒に……」
「昨夜、あんな形で破棄されるなんて……」
「エレノア様は本当に立派な方だわ……!」
エレノアは会釈しながら歩く。
「皆さま……ご心配ありがとうございます。わたくしは……大丈夫ですわ……」
落ち着いた声。
それがまた“耐え忍ぶ貴族の鏡”と評判を上げていく。
(あら、昨日の演技の効果が残っていますわね。
ありがたいことで)
─────────────────────
◆侍従長との最後の対面
王宮出口の手前で、侍従長が深々と頭を下げた。
「エレノア様……殿下との件、誠に……誠に心苦しく……」
「どうか頭をお上げくださいませ。これは……わたくし自身の至らなさ故のことですわ」
侍従長は涙ぐむ。
「なんとご立派なお言葉……!」
(至らなさは殿下の方だと思いますけれど、まあ言いませんわよ)
エレノアは微笑む。
「わたくしは、ただ殿下のお幸せを祈るばかりですの」
「……っ! なんと慈愛に満ちた……!」
侍従長は感動で震えているが、
エレノアの心の中は平和そのものだった。
(慈愛ではなく“関わりたくないだけ”ですわよ。自由ですもの。自由)
─────────────────────
◆王宮の門を出る瞬間
巨大な門が開かれ、外の光が差し込む。
エレノアは一歩、外へ踏み出した。
……風が違う。
王宮内の息苦しさとは違う、広くて軽い空気。
「……あら、素敵な風」
思わず漏れた本音に、ミリアが苦笑する。
「お嬢様……悲劇の令嬢のはずなのに……」
「わたくし、今が一番幸せな気がしますの」
馬車へ向かう間、周囲の貴族たちはざわつき、噂話が飛び交った。
「お気の毒に……」
「しかし……あの気品、やはり本物の令嬢だわ」
「王子殿下の判断は間違っていたのでは……?」
エレノアは聞こえないふりをしながら、
小さくため息をついた。
(そうそう、“王子の判断ミス”として広がってくださいまし。
わたくしは関係ありませんもの)
馬車に乗り込む直前、
エレノアは最後に王宮を振り返った。
昨日まで窮屈だった場所が、
今はただの背景に見える。
「……さようなら、王宮。
そして、こんにちは、自由」
そして馬車がゆっくりと動き出す。
揺れに身を任せながら、エレノアはクッションをぎゅっと抱きしめた。
「ふふ……今日は帰ったら昼寝して、
そのあと焼き菓子でも作りましょうか」
ミリアが小声でつぶやく。
「……お嬢様。婚約破棄された方の台詞じゃありませんよ?」
「まあ、婚約破棄は“自由の切符”ですもの」
馬車は王宮を離れ、
エレノアの新しい日常へと向かっていった。
王都の誰も知らない。
この“自由令嬢”が、今後とんでもない人物たちの目に留まることを。
そのひとりが――
辺境公爵ライナルトであることも。
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