婚約破棄されましたが、辺境公爵に溺愛されて自由まで手に入れました

ふわふわ

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第8話 王子の焦燥と、静かすぎる令嬢の午後

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王都では朝から、ある一つの噂が瞬く間に広がっていた。

第一王子アレクシオンが、公務をすべて放り出し、
王宮の私室にこもってしまったというのだ。

「殿下、国王陛下がお呼びです」
「後にしてくれ!」
「しかし、重要な外交文書が……!」
「リリィが落ち着くまで出られん!」

侍従たちの必死の声が廊下に響く。
だが扉は開かず、王宮の空気はどんよりと重く淀みはじめていた。

(この二日でここまで崩れます……?と、侍従一同は震えている)

その一方で、当のエレノアはというと――

屋敷のテラスで、いちごのタルトを前に、ご機嫌にフォークを揺らしていた。

「このタルト……絶妙ですわね。甘さと酸味のバランスが、天の采配ですわ」

「……お嬢様。王子殿下が大変なことになっているのですが」

ミリアの報告に、エレノアは一瞬だけ瞬きをした。

「殿下が大変? わたくしは何も大変ではありませんわよ?」

「いえ……そうでしょうけれど……」

ミリアは困惑した。
エレノアの心の平穏は、王子宮の騒乱と完全に無関係なのだ。

「具体的に何が起きているのかしら?」

「リリィ様が“周囲が敵ばかりだ”と泣きわめかれ……殿下が“守らねば!”となっているらしく……」

エレノアはタルトを一口。

「……お砂糖、多めに入れた方が良かったかもしれませんわね」

ミリアは思わずテーブルに手をついた。

「お嬢様! 今はお菓子のお話では……!」

「あら、殿下が何をしようと、わたくしの午後茶には影響ありませんわ」

それは真実だった。

エレノアにとって王子宮の混乱は、遠いどこかの大騒ぎでしかない。

「それで、殿下はリリィ様をお守りして公務を放棄している……と?」

「はい。それで国王陛下がものすごく怒っておられるそうです」

(まあ……あの殿下、公務と恋愛の区別がつかない方でしたものね)

エレノアは内心で納得した。

「その結果、『エレノア様を捨てたせいで王子が狂った』という噂まで……」

「まあ。……殿下の判断ですのに、わたくしのせいに?」

「いえ、正確には“エレノア様と婚約していた方が殿下はまともだった”という論調で……」

エレノアは静かにティーカップを置いた。

「違いますわね。殿下はもともとあの調子ですわ」

ミリアは再び黙った。
お嬢様、言い方が容赦ない……。

午後の陽射しがテラスを温かく包み込む。

そんな穏やかな空気のなか、屋敷の門前にひとりの使者が訪れた。

「ノルヴィア公爵家より、急ぎの文をお持ちしました!」

ミリアが驚き、エレノアへ視線を向ける。

「お嬢様……公爵家からです」

「まあ、公爵様……? なぜ?」

エレノアは封を切り、優雅に目を通した。

そこには短く、しかし強い筆跡でこう記されていた。

『近日中にお目にかかりたい。
あなたに関して確認すべきことがある。
ノルヴィア公爵 ライナルト』

「……“確認すべきこと”?」

エレノアは首をかしげる。

(わたくし、何かご迷惑を? ありませんわよね?
公爵様ほどの方と接点もありませんし……)

ミリアはごくりと息を呑んだ。

「お嬢様……公爵家が“確認すべきこと”と言うなら……
それはもしかして、王子殿下との婚約破棄に絡む話かもしれません」

「ですが、わたくしには何の問題もありませんもの」

「そこが……逆に怖いのですけれど……!」

エレノアは文をもう一度見つめた。

静かに、しかし確実に――
物語の中心へと繋がる糸が動き出している。

エレノアは知らない。
この文が、彼女を“辺境公爵の運命”へ導く最初の一手であることを。

ただ一つ分かっているのは、
今日のタルトが美味しかったということだけ。

「ミリア、明日はラズベリーのタルトにいたしましょう」

「……お嬢様、本当に動じませんね……」

その頃、公爵ライナルトは王都の動乱を淡々と眺めながら、
静かに呟いていた。

「エレノア・アルディナ……。
本当に泣くような女ではない。
やはり会って確かめねばなるまい」

エレノアの“自由な日常”と、
ライナルトの“興味”が交差するのは、もうすぐだった。


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