婚約破棄されましたが、辺境公爵に溺愛されて自由まで手に入れました

ふわふわ

文字の大きさ
34 / 39

35話 言えない言葉

しおりを挟む
 階段での出来事から一晩が過ぎた。
 エレノアの胸には、まだ昨日の温もりが残っている気がした。

(……落ちそうになっただけ、よ。
 それを助けてくださっただけ……意味なんて……ないわ)

 そう言い聞かせても、心臓は素直ではない。

 朝食の間、ライナルト公爵とはいつも通り穏やかに話した。
 だがふと視線が合うたび、昨日の近さを思い出してしまう。

 食後、庭へ出ようとすれば――

「エレノア」

 呼び止められた。
 それだけで背筋が伸びる。

「昨日のことだが……まだ、足は痛まないか?」

「あ……はい。問題ありませんわ」

 公爵は少しだけ安堵したような顔をした。
 その表情を見るたび、胸がじんと熱くなる。

 

 その日の午後。
 屋敷の書斎で資料を整理していると、
 ライナルト公爵が静かに部屋へ入ってきた。

「先日の街道整備の件だが――」

 話をしていたはずなのに、
 ふとした瞬間、彼の視線がエレノアの指先へ落ちた。

「……怪我をしやすい場所だな。手も、細い」

「そ、そんな、見ればわかりますでしょう……」

「いや。昨日、君を抱きとめて……強く意識した」

「っ……!」

 突然の言葉に手が止まる。

 抱きとめた。
 意識した。

 その二つが胸の中で大きな渦を巻く。

(公爵様……どうしてそんなことを……)

 エレノアの反応を見たライナルトは、
 一瞬だけ迷うように目を伏せた。

 何かを言いかけて、飲み込むような仕草。

「エレノア」

「は、はい……?」

 深く息を吸う公爵。
 その瞳はまっすぐで、揺れているようでもあった。

「君のことを……」

 エレノアの心臓が跳ねる。

 “君のことを――何?”

 彼は続けようとした。
 確かに口が動いた。

 だが。

「……いや。今はやめておこう」

「えっ……?」

 唐突に言葉を切られ、エレノアは拍子抜けしたように瞬きをした。

 公爵は窓を見つめたまま、小さく呟く。

「まだ……その時ではない」

(その時……?)

 意味がわからない。
 けれど、胸のざわめきは増すばかり。

「エレノア」

「……はい?」

「君は、自由を愛する人だ。
 私の言葉が、君を縛ってしまうのなら……本末転倒だ」

「…………」

 優しいようで、苦しい。
 遠ざけられた気がして、胸の奥がぎゅっと痛む。

(どうして……わたくし、こんなに動揺しているのかしら)

 言えなかった公爵の言葉。
 知らなかったはずの痛み。
 どれも初めてで、どう扱えばいいのかわからない。

 すると、公爵がふっと微笑みに近い表情を浮かべた。

「いずれ、必ず伝える。その時まで待ってくれ」

「……っ!」

 熱が、一気に顔へ広がった。

(待って……? 何を?)

 何も言い返せないまま、
 公爵は静かに部屋を出ていった。

 残されたエレノアは胸を押さえ、深く息をつく。

(わたくし……どうして、こんなに……)

 昨日の抱擁よりも、
 今の数秒のほうが、ずっと苦しい。

 恋だと気づくのは、
 まだ先のことだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました

丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、 隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。 だが私は知っている。 原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、 私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。 優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。 私は転生者としての知識を武器に、 聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、 王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。 「婚約は……こちらから願い下げです」 土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。 私は新しい未来を選ぶ。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...