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36話 胸の奥で芽吹いたもの
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ライナルト公爵の「いずれ必ず伝える」という言葉が、
その夜もエレノアの胸の中でいつまでも響いていた。
(伝える……とは、何を?
わたくしを“縛る”ような言葉……)
そう思うと、顔がまた熱くなる。
(待ってくれ、とも……言われたわね)
待つということは――
期待してもいい、ということなのだろうか。
そんなことを考え始めるたび、
胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなる。
翌朝。
紅茶を飲んでいても、味がよく分からなかった。
「エレノア様、心ここにあらず……といったご様子ですわね?」
侍女マリアンヌが覗き込んでくる。
図星を指され、エレノアは軽くむせた。
「べ、別に何も……!」
「まあまあ、隠さなくてもよろしいのに。
昨日、公爵様と何かあったのでしょう?」
「な、なにもありません!」
即答したものの――
その瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(“何もない”と否定した時、こんなに胸が痛むなんて……)
その日の午後。
エレノアは気分転換に庭へ出た。
公爵家の庭は風が柔らかい。
草木の匂いは懐かしく、落ち着く。
だが心は落ち着かない。
歩きながら、ふと立ち止まる。
(どうして……こんなに苦しいのかしら)
階段で抱きとめられた瞬間。
公爵の手が自分の腰に触れた感覚。
体温。匂い。声。
思い出すだけで胸が高鳴る。
(あの時も……胸が苦しかった)
そして昨日の告白未遂。
(公爵様が……他の誰かに向ける言葉じゃない、あの感じ)
考えるほど、心の奥のざわめきは大きくなっていく。
庭に向かう回廊の影で、
メイドの二人がこそこそと話している声が聞こえた。
「最近の公爵様、すっかり優しいわよね」
「ええ、エレノア様にだけ、よ?」
「やっぱり……恋よねぇ。あれは」
その瞬間――胸の奥が跳ねた。
(恋……?)
言葉の意味は知っている。
しかし、自分には縁のないものだと思っていた。
王宮では“完璧”であることを求められ、
恋をする暇などなかった。
だが――
(恋……わたくしが……恋?)
口にした瞬間、身体が熱くなる。
風が吹いた。
木々がざわめく音に紛れて、自分の心臓の音がはっきり聞こえる。
(だって……公爵様が、他の女性と話していた時……胸が痛かった)
知らない感情だった。
(抱きとめられた時……嬉しかった)
怖かったはずなのに。
(“待ってくれ”と言われた時……涙が出そうになった)
胸がきゅうっと掴まれるように痛む。
(ああ……これが……)
ようやく、心の形が分かってしまった。
(わたくし……公爵様が……好き……)
はっきり言葉にした瞬間、
世界が静かに変わった気がした。
胸の奥が、熱い。
でも、不思議と幸福だった。
「エレノア」
「きゃっ――!」
突然名前を呼ばれ、エレノアは飛び上がった。
振り向けば、少し心配そうに彼女を見るライナルト公爵。
「どうした? 顔が赤い」
「な、なんでもありませんわ!!」
まさか本人を前にして、
“あなたが好きです”など言えるはずもない。
エレノアは両手で頬を覆い、視線をそらす。
(どうしましょう……自覚した途端に、こんなにも恥ずかしいなんて……!)
だがその赤い頬を見て、ライナルト公爵の瞳がかすかに揺れた。
彼もまた、胸の奥で何かを抑え込んでいるようだった。
二人の距離は、確実に縮まっていた。
エレノアがそれを認めた今――
もう、後戻りはできない。
---
その夜もエレノアの胸の中でいつまでも響いていた。
(伝える……とは、何を?
わたくしを“縛る”ような言葉……)
そう思うと、顔がまた熱くなる。
(待ってくれ、とも……言われたわね)
待つということは――
期待してもいい、ということなのだろうか。
そんなことを考え始めるたび、
胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなる。
翌朝。
紅茶を飲んでいても、味がよく分からなかった。
「エレノア様、心ここにあらず……といったご様子ですわね?」
侍女マリアンヌが覗き込んでくる。
図星を指され、エレノアは軽くむせた。
「べ、別に何も……!」
「まあまあ、隠さなくてもよろしいのに。
昨日、公爵様と何かあったのでしょう?」
「な、なにもありません!」
即答したものの――
その瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(“何もない”と否定した時、こんなに胸が痛むなんて……)
その日の午後。
エレノアは気分転換に庭へ出た。
公爵家の庭は風が柔らかい。
草木の匂いは懐かしく、落ち着く。
だが心は落ち着かない。
歩きながら、ふと立ち止まる。
(どうして……こんなに苦しいのかしら)
階段で抱きとめられた瞬間。
公爵の手が自分の腰に触れた感覚。
体温。匂い。声。
思い出すだけで胸が高鳴る。
(あの時も……胸が苦しかった)
そして昨日の告白未遂。
(公爵様が……他の誰かに向ける言葉じゃない、あの感じ)
考えるほど、心の奥のざわめきは大きくなっていく。
庭に向かう回廊の影で、
メイドの二人がこそこそと話している声が聞こえた。
「最近の公爵様、すっかり優しいわよね」
「ええ、エレノア様にだけ、よ?」
「やっぱり……恋よねぇ。あれは」
その瞬間――胸の奥が跳ねた。
(恋……?)
言葉の意味は知っている。
しかし、自分には縁のないものだと思っていた。
王宮では“完璧”であることを求められ、
恋をする暇などなかった。
だが――
(恋……わたくしが……恋?)
口にした瞬間、身体が熱くなる。
風が吹いた。
木々がざわめく音に紛れて、自分の心臓の音がはっきり聞こえる。
(だって……公爵様が、他の女性と話していた時……胸が痛かった)
知らない感情だった。
(抱きとめられた時……嬉しかった)
怖かったはずなのに。
(“待ってくれ”と言われた時……涙が出そうになった)
胸がきゅうっと掴まれるように痛む。
(ああ……これが……)
ようやく、心の形が分かってしまった。
(わたくし……公爵様が……好き……)
はっきり言葉にした瞬間、
世界が静かに変わった気がした。
胸の奥が、熱い。
でも、不思議と幸福だった。
「エレノア」
「きゃっ――!」
突然名前を呼ばれ、エレノアは飛び上がった。
振り向けば、少し心配そうに彼女を見るライナルト公爵。
「どうした? 顔が赤い」
「な、なんでもありませんわ!!」
まさか本人を前にして、
“あなたが好きです”など言えるはずもない。
エレノアは両手で頬を覆い、視線をそらす。
(どうしましょう……自覚した途端に、こんなにも恥ずかしいなんて……!)
だがその赤い頬を見て、ライナルト公爵の瞳がかすかに揺れた。
彼もまた、胸の奥で何かを抑え込んでいるようだった。
二人の距離は、確実に縮まっていた。
エレノアがそれを認めた今――
もう、後戻りはできない。
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