婚約破棄された令嬢ですが、国が自走し始めたので私はもう口出ししません

ふわふわ

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第八話 価値を量る秤

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第八話 価値を量る秤

 別邸に滞在して一週間が過ぎた頃、私は久しぶりに「公爵令嬢エルミナ・ローゼンベルク」としての表の仕事に顔を出していた。

 場所は、地方都市ヴァルテンの商業会館。
 石造りの建物の中では、各地の商人や領主代理が集まり、活発な議論が交わされている。

 王家の名は、ここにはない。
 あるのは、契約と実利だけ。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 私がそう告げると、商会の代表者たちは一斉に頭を下げた。

「こちらこそ。
 ローゼンベルク家が直接お越しになるとは、思っておりませんでした」

 以前なら、こうした場に私が立つことは稀だった。
 王太子妃候補という立場は、どうしても王城の内側に縛りつけられる。

 だが今は違う。

「王家を通さずに、話ができるとは……」

 そんな小声が、あちこちから聞こえてくる。

 私は微笑みながら席に着いた。

「今日は、立場ではなく条件の話をしましょう」

 その一言で、空気が引き締まる。

 彼らは知っている。
 私が“条件”を軽んじないことを。

「物流路の再編ですが――」

 話は、即座に本題へ入った。
 税率、保管コスト、護衛の手配。
 どれも数字と現実に基づいた、冷静な内容だ。

「……正直に申し上げます」

 ある商人が、意を決したように口を開く。

「王家を通すより、話が早い」

 周囲が、小さく頷いた。

 私は驚かなかった。

「王家の名は、大きな看板です」

 そう前置きしてから、続ける。

「けれど、看板が大きくても、
 中で誰が判断しているかが分からなければ、商いは成立しません」

 彼らは、深く頷いた。

 それが、私がこれまで王城でやってきたことだった。
 “誰が判断するのか”を、明確にする。

 会議が終わり、私は会館の応接室で紅茶を飲んでいた。

「……やはり、違いますね」

 マリアが、感慨深そうに言う。

「何が?」

「皆様の態度です。
 エルミナ様を、“役職”ではなく“人”として見ています」

 その言葉に、私は一瞬、考え込んだ。

「……そうね」

 王城では、私は“王太子の婚約者”だった。
 その肩書が、評価の基準だった。

 だが、ここでは違う。

 私が提示する条件。
 私が下す判断。
 それ自体が、価値として量られている。

 ――秤が、違う。

 一方、王城では。

「地方商会が、王家を通さずに動いている?」

 報告を受けたアドリアンは、顔を歪めた。

「なぜだ。
 王家の許可なく、そんなことができるはずが――」

「契約上は、可能です」

 重臣が淡々と答える。

「もともと、調整役はエルミナ様個人でした。
 王家は……名義を貸していただけに近い」

 アドリアンは、言葉を失った。

 自分が立っている場所が、思っていたよりも不安定だと、
 ようやく理解し始めていた。

「……彼女は」

 小さく、呟く。

「王家に縛られていなくても、やっていけるのか」

 その問いは、誰に向けたものでもない。

 同じ頃、リーネは礼拝堂の隅で、一人座り込んでいた。

「……どうして」

 祈りの言葉は、もう口から出てこない。

 信じてほしい。
 認めてほしい。

 けれど、その“信仰”を支える土台が、脆く崩れ始めている。

「聖女様」

 司祭が、慎重に声をかける。

「次の大規模儀式ですが……
 成功の保証がない以上、延期を――」

「……分かりました」

 リーネは、俯いたまま答えた。

 彼女はまだ知らない。
 自分が“選ばれた”のではなく、“使われていた”ということを。

 夕刻、私は別邸へ戻る馬車の中で、窓の外を眺めていた。

 街道を行き交う商隊。
 人々の営み。

 そこには、王家も聖女も関係ない世界が広がっている。

「……価値は、誰が決めるのか」

 私は、静かに呟いた。

 肩書か。
 立場か。
 それとも、積み上げた実績か。

 答えは、もう明らかだ。

 私の価値は、王家の席によって決まるものではない。
 そしてそれを、ようやく周囲も理解し始めている。

 秤は、すでに傾いた。

 王城という閉じた世界の外で、
 私は確かな重みを持って、立っている。

 ――この先、誰がその価値を正しく測るのか。
 その答えが現れるのは、そう遠い未来ではないだろう。
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