婚約破棄された令嬢ですが、国が自走し始めたので私はもう口出ししません

ふわふわ

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第十一話 対等という席

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第十一話 対等という席

 クロイツ家との再会は、思っていたよりも静かに、そして淡々と始まった。

 隣国の政庁内にある会議室は、装飾らしい装飾がほとんどない。
 磨き込まれた木の机と、実用性だけを考えられた椅子。
 壁に掛けられているのは、国境線と物流路を示す地図だけだ。

 ――無駄がない。

 それは、この場所そのものが、アイゼン・クロイツという人物を映しているかのようだった。

「遠路、感謝する」

 彼は立ち上がり、簡潔にそう告げた。

「こちらこそ」

 私は一礼し、用意された席に着く。

 対面。
 だが、上下はない。

 その配置だけで、ここが王城とはまったく異なる場所だと理解できた。

「まず、条件の確認から始めよう」

 アイゼンは、即座に本題へ入る。

「貴女は、我が国の宰相府付き顧問として関与する。
 だが、指揮命令系統には組み込まない」

「裁量は、どこまで?」

「必要な範囲すべてだ」

 即答だった。

「ただし、決定の理由は明確にする。
 私は、感情ではなく理屈で動く」

 その言葉に、私は小さく微笑んだ。

「私もですわ」

 王城では、決定理由など求められなかった。
 “エルミナが言うなら正しい”
 それで終わっていた。

 だが、それは信頼ではなく、依存だった。

「次に、責任の所在」

 私は、用意してきた書類を差し出す。

「私が関与する案件について、失敗した場合の責任は、
 私個人ではなく、共同責任とすること」

 アイゼンは、書類に目を通し、わずかに目を細めた。

「……王家では、そうではなかったな」

「ええ」

 私は否定しない。

「成功は皆のもの。
 失敗は、私の判断不足」

 それが、暗黙の了解だった。

「私は、それを良しとしません」

 そう告げると、アイゼンは小さく息を吐いた。

「合理的だ」

 それだけを言い、修正案に印を入れる。

 迷いはない。

「最後に」

 私は、彼をまっすぐに見た。

「私を、代替可能な歯車として扱わないこと」

 その一文は、契約条項としては曖昧だ。
 だが、私にとっては最も重要だった。

 アイゼンは、しばらく沈黙した後、はっきりと答えた。

「貴女は、歯車ではない」

 低い声。

「歯車なら、別のものでもいい。
 だが、貴女でなければ意味がない部分がある」

 その言葉に、私は胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。

 評価ではなく、期待。
 命令ではなく、信頼。

「……では」

 私はペンを取る。

「この条件で」

 契約書に署名がなされる。
 紙に走る音は、驚くほど軽やかだった。

 一方、王城では。

「……エルミナが、クロイツ家と正式に関与する?」

 報告を受けたアドリアンは、深く椅子に沈み込んだ。

「条件付きで、宰相府顧問……
 しかも、裁量付きだと?」

「はい」

 重臣が静かに答える。

「実質的には、王国の外で、
 彼女は“選ばれる立場”に立っています」

 アドリアンは、拳を強く握りしめた。

 かつて、自分の隣にいたはずの女性が、
 今は、誰かと対等に並び、選択を交わしている。

「……俺は」

 声が、掠れた。

「彼女を、対等だと思ったことがあっただろうか」

 答えは、返ってこない。

 同じ頃、リーネは王城の廊下で、偶然その噂を耳にしていた。

「……クロイツ家と?」

 胸が、きゅっと締めつけられる。

 自分は、ここにいる。
 聖女という肩書を背負いながら、不安に怯えて。

 エルミナは、外に出て、
 “必要とされる場所”を自分で選んでいる。

「……違う」

 思わず、呟いた。

 同じ土俵に立っているつもりだった。
 だが、最初から、立っていた場所が違ったのだ。

 夕方。

 私は会議室を出て、回廊を歩いていた。

「……これで、よろしかったですか?」

 同行していたマリアが、そっと尋ねる。

「ええ」

 私は頷く。

「ここには、私の席がある」

 それは、誰かが用意した席ではない。
 自分で条件を交渉し、自分で選び取った席。

 王太子の隣ではない。
 聖女の影でもない。

 ただ、“エルミナ・ローゼンベルク”としての席だ。

 窓の外に、夕日が沈みかけている。

 その光は、王城で見ていたものよりも、
 ずっとはっきりと、輪郭を持っていた。

「……対等というのは」

 私は、心の中で呟く。

 甘い言葉でも、優しい幻想でもない。
 責任と自由を、同時に引き受けること。

 その覚悟がある者だけが、
 ようやく座れる場所。

 私は、その席に、今、腰を下ろした。

 そしてこの選択が、
 王国と隣国、そして私自身の未来を、
 静かに、しかし確実に変えていくことを――
 この時点では、まだ誰も、正確には知らなかった。
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