婚約破棄された令嬢ですが、国が自走し始めたので私はもう口出ししません

ふわふわ

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第十三話 揺らぐ信仰

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第十三話 揺らぐ信仰

 王城の礼拝堂に集まる人々の数は、明らかに減っていた。

 かつては祈りの時間になると、通路にまで人が溢れ、司祭が制止に追われていたというのに、今は長椅子の半分も埋まらない。
 石造りの広い空間に、足音と衣擦れの音が、やけに大きく響く。

 リーネは、その中央に立っていた。

 白い聖衣は相変わらず清らかで、髪も丁寧に整えられている。
 だが、以前のような「聖女らしい輝き」は、どこにもなかった。

「……祈りを、捧げましょう」

 声を出した瞬間、自分でも分かるほど、言葉が震えた。

 膝をつく人々は、黙って従う。
 しかし、その姿勢はどこか義務的で、期待よりも疑念が勝っている。

 ――また、奇跡は起きるのだろうか。

 その問いが、誰の胸にも浮かんでいる。

 リーネは、目を閉じ、必死に祈りの言葉を紡いだ。
 これまでと同じ文句。
 同じ仕草。

 だが、結果は変わらない。

 静寂。

 何も起きない。

 誰かが小さく息を呑み、誰かが視線を逸らす。
 沈黙は、先日の儀式よりも、さらに重く、冷たかった。

「……以上で、本日の祈りを終えます」

 司祭が、場を締めるように告げる。

 人々はゆっくりと立ち上がり、無言のまま礼拝堂を後にしていった。
 そこに、歓声も感謝もない。

 リーネは、取り残されたように立ち尽くす。

「……どうして」

 思わず、唇から零れた。

 信じていた。
 選ばれた存在だと。
 自分には、特別な力があるのだと。

 だが、それは本当に「信じていた」のだろうか。
 それとも、信じてもらっている状況に、酔っていただけなのだろうか。

 控室に戻ると、年配の司祭が静かに待っていた。

「聖女様」

 その呼び方に、かすかな違和感を覚える。

「……はい」

「率直に申し上げます」

 司祭は、遠慮なく言った。

「信徒の間で、不安が広がっています。
 奇跡が起きないこと自体よりも、“説明がない”ことに」

 リーネは、返す言葉を失った。

 説明。
 そんなこと、考えたこともなかった。

「聖女とは、奇跡を起こす存在ではありません」

 司祭は、静かに続ける。

「人々の不安に、言葉で向き合う存在です」

 その言葉は、彼女の胸に突き刺さった。

 ――私は、言葉を持っていない。

 奇跡が起きることを前提に、
 すべてが組み立てられていた。

「……私は」

 声が、震える。

「私は、何をすればいいのでしょうか」

 司祭は、少しだけ表情を和らげた。

「それを考えるのが、聖女の役目です」

 答えは、与えられなかった。

 一方、王城の別の場所では。

「……教会から、正式な問い合わせが来ています」

 宰相が、重臣会議で告げる。

「聖女リーネの権限と、今後の位置づけについて」

 その言葉に、会議室の空気が張り詰めた。

 アドリアン・ルクレールは、椅子に深く座り込んだまま、動かない。

「……どういう意味だ」

 低い声で、ようやく問い返す。

「“聖女としての信頼が揺らいでいる”という意味です」

 宰相は、淡々と答えた。

「このままでは、教会は聖女認定の再確認を求めてくるでしょう」

 それは、事実上の再審査。
 場合によっては、聖女の地位を失う可能性もある。

「……そんなことは」

 アドリアンは、否定しかけて、言葉を飲み込んだ。

 自分自身が、最近リーネに何を期待していたのか。
 それを、はっきり言語化できないことに気づいてしまったからだ。

 癒し。
 象徴。
 それとも、ただの逃げ場。

 彼は、リーネを「選んだ」。
 だが、その後のことを、何一つ考えていなかった。

「……エルミナがいれば」

 思わず、口をついて出た言葉。

 重臣たちは、何も言わなかった。

 それが、答えだった。

 夜。

 リーネは、自室の椅子に座り、両手で顔を覆っていた。

「……私、何も知らなかった」

 聖女とは、ただ祈ればいい存在だと思っていた。
 奇跡が起きれば、すべてが解決すると。

 だが、現実は違う。

 人々は、奇跡だけを求めているわけではない。
 不安に寄り添う言葉を、
 苦しみを受け止める覚悟を、求めている。

 それを、誰がしていたのか。

 ――エルミナ。

 彼女は、奇跡の裏側で、
 常に人々の声を拾い、
 期待を調整し、
 失望が生まれないよう、細心の注意を払っていた。

 リーネは、それを知らなかった。

 いや、知ろうとしなかった。

「……私は」

 小さく、呟く。

「聖女でいる資格が、あるの?」

 答えは、まだ出ない。

 だが、一つだけ、確かなことがあった。

 信仰は、与えられるものではない。
 積み上げるものだ。

 その積み上げ方を、
 リーネは、今から学ばなければならない。

 王城では、聖女という象徴が揺らぎ、
 王家の権威は、さらに不安定になっていく。

 そしてその一方で、
 王城の外では、すでに新しい秩序が、静かに形を成し始めていた。

 ――揺らいでいるのは、信仰だけではない。

 王家が信じてきた「当然」そのものが、
 音もなく、崩れ始めていた。
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