婚約破棄された令嬢ですが、国が自走し始めたので私はもう口出ししません

ふわふわ

文字の大きさ
14 / 40

第十四話 再調査という名の刃

しおりを挟む
第十四話 再調査という名の刃

 王城の朝は、いつになく静まり返っていた。

 廊下を行き交う足音は抑えられ、囁き声が壁際に沿って流れていく。
 それらの話題は、例外なく一つに収束していた。

 ――教会が動いた。

 王城内の小会議室には、重臣と高位司祭が顔を揃えていた。
 中央に置かれた卓上には、教会の正式文書。
 封蝋の赤が、やけに目立つ。

「……聖女認定の再調査を求める、ということか」

 宰相の低い声が、静寂を裂いた。

「はい」

 司祭の代表が頷く。

「信徒の不安が高まっております。
 奇跡の発現頻度、その条件、過去の記録との整合性。
 すべてを、改めて確認する必要があります」

 それは、穏やかな言葉で包まれた、極めて鋭い刃だった。

 再調査。
 それは、信頼が揺らいだ証であり、
 同時に“失格”を視野に入れた手続きでもある。

「……殿下」

 宰相が、慎重にアドリアンを見た。

「これを拒否することは、得策ではありません」

「分かっている」

 アドリアン・ルクレールは、短く答えた。

 拒否すれば、
 王家が聖女を庇っている、という印象を与える。
 それは、教会との全面対立を意味する。

 今の王家に、そんな余力はない。

「……受け入れる」

 その言葉は、重く、遅かった。

 一方、当事者であるリーネは、その決定を自室で聞かされた。

「……再調査?」

 思わず、声が裏返る。

「はい、聖女様」

 侍女は視線を伏せたまま続ける。

「教会より、高位司祭団が派遣される予定です」

 胸が、強く締めつけられた。

 再調査。
 それは、今の自分にとって、最も聞きたくない言葉だった。

「……何を、調べるの」

「奇跡の記録、祈りの内容、信徒への対応……
 総合的に、とのことです」

 総合的。

 それは、
 奇跡が起きないことだけでなく、
 自分自身の在り方すべてが問われる、という意味だ。

「……分かりました」

 リーネは、そう答えるしかなかった。

 拒否権など、最初からない。

 その夜、リーネは一人、机に向かっていた。

 並べられた過去の記録。
 奇跡が起きたとされる日付、状況、立ち会った者の名。

「……こんなに、条件が整っていたんだ」

 今になって、ようやく気づく。

 祈りの場は、必ず人々の期待が高まりきった瞬間に設定されていた。
 失望が生まれないよう、事前に周囲が整えられていた。

 その中心にいたのは――

「……エルミナ様」

 名前を口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。

 彼女は、奇跡を“演出”していたわけではない。
 奇跡が“奇跡として受け取られる環境”を、作っていただけだ。

 それを、自分は理解しようともしなかった。

 一方、隣国の政庁では。

「王家と教会が、再調査に踏み切ったようだな」

 アイゼン・クロイツが、報告書から視線を上げる。

「はい」

 私は頷いた。

「遅すぎるくらいです」

「情けは?」

「ありません」

 即答だった。

「私は、彼女を陥れるつもりはありません。
 ですが、支える義務もありません」

 再調査は、
 誰かが仕組んだ罠ではない。
 積み重なった不安の、自然な帰結だ。

「……王家は、痛みを伴うだろう」

「ええ」

 私は、淡々と答える。

「ですが、その痛みを避けるために、
 誰か一人に負担を押し付け続けるほうが、
 よほど不健全です」

 アイゼンは、短く息を吐いた。

「合理的だ」

 それ以上の評価は、不要だった。

 夜。

 王城の礼拝堂では、灯りが最小限に落とされていた。

 リーネは、一人で祭壇の前に立っている。

「……どうして、こうなったの」

 問いかけても、答えは返らない。

 奇跡を起こせば、すべてが解決すると信じていた。
 選ばれれば、守られると思っていた。

 だが、現実は違った。

 選ばれた瞬間から、
 責任は始まっていたのだ。

「……私、逃げてたんだ」

 小さく、そう呟く。

 信徒の不安から。
 王家の期待から。
 そして、自分自身の未熟さから。

 再調査は、刃だ。
 だが同時に、向き合うための機会でもある。

 問題は――
 その刃に、耐えられるかどうか。

 王城の外では、
 新しい秩序が、静かに、確実に進んでいる。

 王家の内側では、
 古い前提が、一つずつ切り落とされていく。

 ――再調査という名の刃は、
 聖女だけでなく、
 王家そのものをも、試そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました

Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。 伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。 理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。 これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

処理中です...