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第十六話 切り捨てられる象徴
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第十六話 切り捨てられる象徴
再調査は、想定していたよりも深く、そして冷酷だった。
王城に滞在する高位司祭団は、もはや「確認」の段階を過ぎていた。
彼らが求めているのは、事実の整理ではない。
結論に至るための、根拠の積み上げだ。
王城の一室では、司祭と重臣による非公開協議が続いていた。
「……奇跡の発現条件が、再現不能です」
司祭の一人が、淡々と告げる。
「祈りの文言、信徒数、時間帯。
いずれも一定せず、聖女個人の力として立証できません」
「つまり?」
宰相が問い返す。
「聖女リーネは、
“奇跡を起こす存在”としての証明ができない、ということです」
その言葉は、明確だった。
聖女制度の根幹を揺るがす、致命的な判断。
「……待ってください」
若い重臣が、思わず声を上げる。
「それでは、これまでの儀式は――」
「無意味だった、とまでは言いません」
司祭は首を横に振った。
「人々の心を落ち着かせる効果はあった。
しかしそれは、“信仰”の力であり、
“聖女個人の奇跡”ではない」
つまり、象徴としての価値はあっても、
制度としては成立しない。
沈黙が落ちる。
この判断が公になれば、
王家は大きな代償を払うことになる。
「……殿下」
宰相は、静かにアドリアンを見た。
「ここから先は、政治判断です」
アドリアン・ルクレールは、しばらく言葉を失っていた。
リーネを選んだのは、自分だ。
彼女を聖女として前面に押し出したのも、自分だ。
だが今、
その選択そのものが、王家の重荷になっている。
「……分かっている」
ようやく、絞り出すように答える。
「王家は、象徴を必要とする。
だが、破綻した象徴を抱え続ける余裕はない」
その言葉は、
自分自身をも切り捨てる覚悟に近かった。
一方、当のリーネは、自室で再調査の結果を待っていた。
窓から差し込む夕陽が、床に長い影を落とす。
これまでなら、
誰かが傍にいて、
「大丈夫です」と声をかけてくれただろう。
だが今は、誰もいない。
「……不思議ね」
小さく、呟く。
「怖いはずなのに」
胸の奥にあるのは、
恐怖よりも、奇妙な納得感だった。
聖女である自分は、
確かに、誰かが作った居場所に立っていただけ。
その土台が崩れるのなら、
それは、自然なことなのかもしれない。
扉が、静かにノックされる。
「……入って」
司祭が一人、部屋に入ってきた。
表情は穏やかだが、
その目は、はっきりと現実を映している。
「聖女リーネ」
その呼び方に、
もう違和感はなかった。
「再調査の結果を、お伝えします」
リーネは、まっすぐに司祭を見た。
「はい」
「教会は、
あなたを“奇跡を司る聖女”として認定することはできません」
はっきりとした言葉。
逃げ道のない結論。
「……そうですか」
驚くほど、声は落ち着いていた。
「ただし」
司祭は、続ける。
「あなたが虚偽を述べた、
あるいは意図的に人々を欺いた、
という判断ではありません」
リーネは、少しだけ目を見開いた。
「あなたは、
役割を与えられ、その中で最善を尽くそうとした。
その点は、評価されています」
それは、救いでもあり、
同時に、完全な否定でもあった。
「……私は、どうなるのでしょうか」
リーネは、静かに問う。
「聖女の称号は、返上となります」
司祭は、淡々と告げる。
「今後は、
教会の保護下で、修道女として学び直す道もあります」
象徴としては不要。
だが、人として切り捨てるわけではない。
それが、教会の下した結論だった。
「……分かりました」
リーネは、ゆっくりと頷いた。
胸の奥で、何かが切れた感覚がある。
同時に、
重荷が外れたような軽さもあった。
夜。
王城では、緊急の内々の通達が出されていた。
――聖女リーネ、認定返上。
公表は段階的に行う。
混乱を最小限に抑えるため、
理由は「体調不良」とする。
「……象徴を、切り捨てるか」
アドリアンは、一人、呟いた。
かつては、
それが最も合理的な選択だと信じていた。
だが今、
その合理性が、ひどく空虚に感じられる。
「エルミナなら……」
その名を口にして、苦く笑う。
彼女なら、
ここまで事態が悪化する前に、
別の道を用意していたはずだ。
だが、その彼女は、もういない。
一方、隣国の政庁では。
「……聖女認定、返上ですか」
マリアの報告に、私は静かに頷いた。
「そうなるでしょうね」
驚きはなかった。
「可哀想だとは、思われませんか」
マリアが、ためらいがちに問う。
「同情はします」
私は正直に答える。
「でも、
象徴に押し上げられ、
何も教えられないまま放り出されるよりは、
まだ救いがある」
彼女は、学び直す機会を得た。
それは、
私が与えられなかった選択肢だ。
「……王家は」
「均衡を失ったまま、
次の象徴を探すでしょう」
だが、
同じことを繰り返す限り、
結果は変わらない。
夜更け。
リーネは、荷造りを終えた自室で、
最後に一度だけ、窓の外を見た。
王城の灯り。
自分が「聖女」として立っていた場所。
「……さようなら」
その言葉には、
悲しみよりも、区切りがあった。
象徴は、切り捨てられた。
だが、人としての人生は、
ここから始まる。
そして同時に――
王家は、最後の防波堤を失ったことに、
まだ気づいていなかった。
再調査は、想定していたよりも深く、そして冷酷だった。
王城に滞在する高位司祭団は、もはや「確認」の段階を過ぎていた。
彼らが求めているのは、事実の整理ではない。
結論に至るための、根拠の積み上げだ。
王城の一室では、司祭と重臣による非公開協議が続いていた。
「……奇跡の発現条件が、再現不能です」
司祭の一人が、淡々と告げる。
「祈りの文言、信徒数、時間帯。
いずれも一定せず、聖女個人の力として立証できません」
「つまり?」
宰相が問い返す。
「聖女リーネは、
“奇跡を起こす存在”としての証明ができない、ということです」
その言葉は、明確だった。
聖女制度の根幹を揺るがす、致命的な判断。
「……待ってください」
若い重臣が、思わず声を上げる。
「それでは、これまでの儀式は――」
「無意味だった、とまでは言いません」
司祭は首を横に振った。
「人々の心を落ち着かせる効果はあった。
しかしそれは、“信仰”の力であり、
“聖女個人の奇跡”ではない」
つまり、象徴としての価値はあっても、
制度としては成立しない。
沈黙が落ちる。
この判断が公になれば、
王家は大きな代償を払うことになる。
「……殿下」
宰相は、静かにアドリアンを見た。
「ここから先は、政治判断です」
アドリアン・ルクレールは、しばらく言葉を失っていた。
リーネを選んだのは、自分だ。
彼女を聖女として前面に押し出したのも、自分だ。
だが今、
その選択そのものが、王家の重荷になっている。
「……分かっている」
ようやく、絞り出すように答える。
「王家は、象徴を必要とする。
だが、破綻した象徴を抱え続ける余裕はない」
その言葉は、
自分自身をも切り捨てる覚悟に近かった。
一方、当のリーネは、自室で再調査の結果を待っていた。
窓から差し込む夕陽が、床に長い影を落とす。
これまでなら、
誰かが傍にいて、
「大丈夫です」と声をかけてくれただろう。
だが今は、誰もいない。
「……不思議ね」
小さく、呟く。
「怖いはずなのに」
胸の奥にあるのは、
恐怖よりも、奇妙な納得感だった。
聖女である自分は、
確かに、誰かが作った居場所に立っていただけ。
その土台が崩れるのなら、
それは、自然なことなのかもしれない。
扉が、静かにノックされる。
「……入って」
司祭が一人、部屋に入ってきた。
表情は穏やかだが、
その目は、はっきりと現実を映している。
「聖女リーネ」
その呼び方に、
もう違和感はなかった。
「再調査の結果を、お伝えします」
リーネは、まっすぐに司祭を見た。
「はい」
「教会は、
あなたを“奇跡を司る聖女”として認定することはできません」
はっきりとした言葉。
逃げ道のない結論。
「……そうですか」
驚くほど、声は落ち着いていた。
「ただし」
司祭は、続ける。
「あなたが虚偽を述べた、
あるいは意図的に人々を欺いた、
という判断ではありません」
リーネは、少しだけ目を見開いた。
「あなたは、
役割を与えられ、その中で最善を尽くそうとした。
その点は、評価されています」
それは、救いでもあり、
同時に、完全な否定でもあった。
「……私は、どうなるのでしょうか」
リーネは、静かに問う。
「聖女の称号は、返上となります」
司祭は、淡々と告げる。
「今後は、
教会の保護下で、修道女として学び直す道もあります」
象徴としては不要。
だが、人として切り捨てるわけではない。
それが、教会の下した結論だった。
「……分かりました」
リーネは、ゆっくりと頷いた。
胸の奥で、何かが切れた感覚がある。
同時に、
重荷が外れたような軽さもあった。
夜。
王城では、緊急の内々の通達が出されていた。
――聖女リーネ、認定返上。
公表は段階的に行う。
混乱を最小限に抑えるため、
理由は「体調不良」とする。
「……象徴を、切り捨てるか」
アドリアンは、一人、呟いた。
かつては、
それが最も合理的な選択だと信じていた。
だが今、
その合理性が、ひどく空虚に感じられる。
「エルミナなら……」
その名を口にして、苦く笑う。
彼女なら、
ここまで事態が悪化する前に、
別の道を用意していたはずだ。
だが、その彼女は、もういない。
一方、隣国の政庁では。
「……聖女認定、返上ですか」
マリアの報告に、私は静かに頷いた。
「そうなるでしょうね」
驚きはなかった。
「可哀想だとは、思われませんか」
マリアが、ためらいがちに問う。
「同情はします」
私は正直に答える。
「でも、
象徴に押し上げられ、
何も教えられないまま放り出されるよりは、
まだ救いがある」
彼女は、学び直す機会を得た。
それは、
私が与えられなかった選択肢だ。
「……王家は」
「均衡を失ったまま、
次の象徴を探すでしょう」
だが、
同じことを繰り返す限り、
結果は変わらない。
夜更け。
リーネは、荷造りを終えた自室で、
最後に一度だけ、窓の外を見た。
王城の灯り。
自分が「聖女」として立っていた場所。
「……さようなら」
その言葉には、
悲しみよりも、区切りがあった。
象徴は、切り捨てられた。
だが、人としての人生は、
ここから始まる。
そして同時に――
王家は、最後の防波堤を失ったことに、
まだ気づいていなかった。
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