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第3話 尾ひれのついた噂
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第3話 尾ひれのついた噂
社交界の噂というものは、不思議なほど足が早い。
そして何より、誰かが意図的に息を吹き込めば、瞬く間に“もっともらしい真実”へと姿を変える。
その日、王都でも格式高いとされる午後の茶会で、リス・クライム伯爵令嬢はひときわ柔らかな微笑みを浮かべていた。
淡い桃色のドレスは、彼女の可憐さを引き立て、周囲に「守ってあげたい」と思わせる雰囲気を漂わせている。
「まあ、皆さま……本当に良いお天気ですわね」
そう言いながら、彼女は自然な動作で隣の令嬢へと視線を向けた。
あくまで世間話の延長――そう見えるように。
「ところで……フレッジリン侯爵令嬢のこと、最近よく話題になりますでしょう?」
その一言で、空気がわずかに揺れる。
興味と警戒が入り混じった、社交界特有の間。
「ええ……」
「お噂でしたら、存じておりますわ」
食いつきは上々。
リスは心の中で、満足げに微笑んだ。
「実は……私も少し、心配しておりまして」
声を潜め、扇子で口元を隠す。
まるで、誰にも聞かれたくない秘密を打ち明けるかのように。
「男爵家筋から、耳にしたのですが……フレッジリン侯爵家、見た目ほど余裕がないそうですの」
その言葉は、すでに一度加工されている。
だが、ここからさらに“盛る”のが、リスの役割だった。
「まあ……あれほど豪奢な暮らしをなさっているのに?」
「だからこそ、ですわ」
リスは小さく溜息をつく。
「無理をしていらっしゃるのでは、と。
若くして家督を継がれましたでしょう? ご苦労も多いはずですわ」
――同情。
その仮面を被せることで、言葉は鋭さを隠しながら深く刺さる。
「確かに……毎回、違うドレスですものね」
「宝石も……」
囁きが、次々と連なっていく。
リスは、それ以上は語らない。
あくまで“心配しているだけ”の立場を崩さない。
「殿下も、きっとご心配なさっているでしょうね……」
プロフィットの名を出すと、場の空気は一層甘くなった。
誰もが、公爵令息と侯爵令嬢の関係に興味を持っている。
「公爵家のご負担になるようなことがあれば……」
言葉を途中で切る。
続きは、聞き手が勝手に補完する。
それが、噂を育てる最良の方法だ。
茶会が終わる頃には、
「シグネット・フレッジリン侯爵は、お金に困っているらしい」
という話は、
「かなりの借金があるらしい」
へと、自然に姿を変えていた。
――完璧だわ。
リスは馬車に揺られながら、満足げに目を伏せる。
(これで、殿下は決断なさる)
プロフィット・ベルフラワー公爵令息。
彼は金に敏感で、損を極端に嫌う男だ。
その性質を、リスは正確に理解していた。
(“金に困っている女”と結婚するなど、あの方には耐えられない)
だからこそ、彼女は噂を“少しだけ”大きくした。
直接、嘘をついたわけではない。
誰かから聞いた話を、少し心配そうに語っただけ。
それだけで、人は勝手に結論を出す。
一方、その頃――。
フレッジリン侯爵邸では、まったく異なる空気が流れていた。
「……噂、随分と育ちましたわね」
シグネットは、報告書に目を通しながら静かに言った。
そこには、社交界で囁かれている内容が簡潔にまとめられている。
「はい。リス・クライム伯爵令嬢が、各所で話題にしているようです」
ホリデイーは、淡々と答える。
男爵家令嬢として、噂の流れを読むことには慣れていた。
「尾ひれが……立派ですわ」
「ええ。原形を留めておりません」
二人は、苦笑に近い微笑みを交わす。
「ですが、お嬢様」
「ええ」
「この噂……殿下のお耳には、確実に届くでしょう」
それは、確認だった。
そして、次の段階への合図でもある。
「それでよろしいのです」
シグネットは、筆を置いた。
「選ぶのは、あの方ですもの。
お金に困っている女を切り捨てるのか。
それとも、噂の裏を見ようとするのか」
彼女の表情は、驚くほど穏やかだった。
「結果がどうあれ……」
ふっと、微笑む。
「私は、後悔しませんわ」
噂は、真実を歪める。
だが同時に、人の本性を照らし出す。
そして今、
その噂は確実に、プロフィット・ベルフラワー公爵令息の元へと向かっていた。
――婚約を揺るがすために。
社交界の噂というものは、不思議なほど足が早い。
そして何より、誰かが意図的に息を吹き込めば、瞬く間に“もっともらしい真実”へと姿を変える。
その日、王都でも格式高いとされる午後の茶会で、リス・クライム伯爵令嬢はひときわ柔らかな微笑みを浮かべていた。
淡い桃色のドレスは、彼女の可憐さを引き立て、周囲に「守ってあげたい」と思わせる雰囲気を漂わせている。
「まあ、皆さま……本当に良いお天気ですわね」
そう言いながら、彼女は自然な動作で隣の令嬢へと視線を向けた。
あくまで世間話の延長――そう見えるように。
「ところで……フレッジリン侯爵令嬢のこと、最近よく話題になりますでしょう?」
その一言で、空気がわずかに揺れる。
興味と警戒が入り混じった、社交界特有の間。
「ええ……」
「お噂でしたら、存じておりますわ」
食いつきは上々。
リスは心の中で、満足げに微笑んだ。
「実は……私も少し、心配しておりまして」
声を潜め、扇子で口元を隠す。
まるで、誰にも聞かれたくない秘密を打ち明けるかのように。
「男爵家筋から、耳にしたのですが……フレッジリン侯爵家、見た目ほど余裕がないそうですの」
その言葉は、すでに一度加工されている。
だが、ここからさらに“盛る”のが、リスの役割だった。
「まあ……あれほど豪奢な暮らしをなさっているのに?」
「だからこそ、ですわ」
リスは小さく溜息をつく。
「無理をしていらっしゃるのでは、と。
若くして家督を継がれましたでしょう? ご苦労も多いはずですわ」
――同情。
その仮面を被せることで、言葉は鋭さを隠しながら深く刺さる。
「確かに……毎回、違うドレスですものね」
「宝石も……」
囁きが、次々と連なっていく。
リスは、それ以上は語らない。
あくまで“心配しているだけ”の立場を崩さない。
「殿下も、きっとご心配なさっているでしょうね……」
プロフィットの名を出すと、場の空気は一層甘くなった。
誰もが、公爵令息と侯爵令嬢の関係に興味を持っている。
「公爵家のご負担になるようなことがあれば……」
言葉を途中で切る。
続きは、聞き手が勝手に補完する。
それが、噂を育てる最良の方法だ。
茶会が終わる頃には、
「シグネット・フレッジリン侯爵は、お金に困っているらしい」
という話は、
「かなりの借金があるらしい」
へと、自然に姿を変えていた。
――完璧だわ。
リスは馬車に揺られながら、満足げに目を伏せる。
(これで、殿下は決断なさる)
プロフィット・ベルフラワー公爵令息。
彼は金に敏感で、損を極端に嫌う男だ。
その性質を、リスは正確に理解していた。
(“金に困っている女”と結婚するなど、あの方には耐えられない)
だからこそ、彼女は噂を“少しだけ”大きくした。
直接、嘘をついたわけではない。
誰かから聞いた話を、少し心配そうに語っただけ。
それだけで、人は勝手に結論を出す。
一方、その頃――。
フレッジリン侯爵邸では、まったく異なる空気が流れていた。
「……噂、随分と育ちましたわね」
シグネットは、報告書に目を通しながら静かに言った。
そこには、社交界で囁かれている内容が簡潔にまとめられている。
「はい。リス・クライム伯爵令嬢が、各所で話題にしているようです」
ホリデイーは、淡々と答える。
男爵家令嬢として、噂の流れを読むことには慣れていた。
「尾ひれが……立派ですわ」
「ええ。原形を留めておりません」
二人は、苦笑に近い微笑みを交わす。
「ですが、お嬢様」
「ええ」
「この噂……殿下のお耳には、確実に届くでしょう」
それは、確認だった。
そして、次の段階への合図でもある。
「それでよろしいのです」
シグネットは、筆を置いた。
「選ぶのは、あの方ですもの。
お金に困っている女を切り捨てるのか。
それとも、噂の裏を見ようとするのか」
彼女の表情は、驚くほど穏やかだった。
「結果がどうあれ……」
ふっと、微笑む。
「私は、後悔しませんわ」
噂は、真実を歪める。
だが同時に、人の本性を照らし出す。
そして今、
その噂は確実に、プロフィット・ベルフラワー公爵令息の元へと向かっていた。
――婚約を揺るがすために。
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