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第27話 頼られないという選択
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第27話 頼られないという選択
王都の朝は、静かなざわめきに満ちていた。
市場は落ち着き、価格表は安定した数字を示している。
だが、人の動きだけは以前と違っていた。
――誰が、誰に声をかけるのか。
――そして、誰の名が呼ばれないのか。
それが、はっきりと分かれ始めている。
フレッジリン侯爵邸では、朝食後すぐに来客の予定が入っていた。
地方領の代表。
王都の中堅商会。
そして、王宮の実務官。
いずれも、
「助けてほしい」とは言わない。
だが、
「判断を仰ぎたい」とは、はっきり言う。
それが、この屋敷を訪れる者たちの共通点だった。
「……最近、皆さま言葉の選び方が変わりましたね」
応接室の準備をしながら、
ホリデイがぽつりと呟く。
「以前は、
“力を貸してほしい”
“後ろ盾になってほしい”
そういった言葉が多かったのに」
「ええ」
シグネット・フレッジリン侯爵は、
淡々と答える。
「今は、
“どう判断すべきか”を聞いてくる」
「それは、
頼る相手が変わった証拠です」
助けを求める相手と、
判断を求める相手。
その違いは、
小さいようで決定的だった。
午前の会合は、短く終わった。
結論は出さない。
代わりに、
考えるべき視点だけを示す。
「それで十分です」
王宮の実務官は、
深く一礼した。
「判断を他人に預けるつもりはありません」
「ですが、
判断の軸を共有できるのは、
非常に助かります」
彼が去った後、
ホリデイが小さく息を吐く。
「……頼られませんでしたね」
「ええ」
シグネットは、
微かに微笑んだ。
「それでいいのです」
「私が引き受けるべきなのは、
決断ではありません」
「決断の“結果”と向き合える者かどうか――
それを見ることです」
それが、
彼女の立場だった。
昼過ぎ、
王都の別の場所では、
まったく違う会話が交わされていた。
「……フレッジリン侯爵に頼めば、
何とかなるのでは?」
小さな商会の代表が、
不安げに言う。
「やめておけ」
年長の商人が、
低い声で制した。
「彼女は、
“助けを求めてくる者”を
選ばない」
「選ぶのは、
自分で立とうとする者だけだ」
その言葉に、
場の空気が固まる。
頼ることが悪いのではない。
だが、
“最初から他人に背負わせる覚悟”がある者は、
最初から対象外なのだ。
一方、
ベルフラワー公爵邸では、
重苦しい空気が漂っていた。
「……フレッジリン侯爵に、
もう一度話を持ち込むことはできないのか」
プロフィット・ベルフラワー公爵令息の言葉に、
執事は静かに首を振る。
「お勧めいたしません」
「理由は?」
「今、あの方に話を持ち込むということは、
“助けてほしい”と言っているのと同じです」
プロフィットは、
言葉を失った。
それは、
彼自身が最も嫌っていた立場だった。
かつて、
噂を信じ、
優位に立っているつもりだった頃。
助けを乞う者を、
内心で見下していた。
今、
その位置に立たされている。
(……いや)
彼は、
小さく首を振る。
(私は、
まだ立てる)
だが、
誰もその言葉を保証してくれない。
夜。
フレッジリン侯爵邸では、
静かな夕食が終わろうとしていた。
「……最近、
“頼られない”ことが増えましたね」
ホリデイが、
ふと口にする。
「ええ」
シグネットは、
ナプキンを畳みながら答える。
「それは、
私が冷たくなったからではありません」
「皆が、
自分で立とうとしているからです」
それは、
誇るべき変化だった。
「助けを求める前に、
考える」
「考えた上で、
判断を引き受ける覚悟があるかどうか――」
「その段階まで来た者だけが、
私の前に立つ」
ホリデイは、
静かに頷いた。
「……お嬢様は、
随分と遠い場所に立たれましたね」
「そうかしら」
シグネットは、
小さく笑う。
「私は、
一歩も動いていません」
「立つ位置が変わったのではなく、
周囲が変わっただけです」
その言葉は、
静かだったが、揺るがなかった。
頼られないということは、
孤立ではない。
それは、
自立した者同士が、
同じ目線で向き合える場所に立った証だ。
今、
シグネット・フレッジリン侯爵は、
その場所にいる。
手を差し伸べる準備はある。
だが、
引き上げることはしない。
自分の足で立つ者だけが、
次の一歩を踏み出せるのだから。
それこそが、
彼女が選び続けている
唯一の基準だった。
王都の朝は、静かなざわめきに満ちていた。
市場は落ち着き、価格表は安定した数字を示している。
だが、人の動きだけは以前と違っていた。
――誰が、誰に声をかけるのか。
――そして、誰の名が呼ばれないのか。
それが、はっきりと分かれ始めている。
フレッジリン侯爵邸では、朝食後すぐに来客の予定が入っていた。
地方領の代表。
王都の中堅商会。
そして、王宮の実務官。
いずれも、
「助けてほしい」とは言わない。
だが、
「判断を仰ぎたい」とは、はっきり言う。
それが、この屋敷を訪れる者たちの共通点だった。
「……最近、皆さま言葉の選び方が変わりましたね」
応接室の準備をしながら、
ホリデイがぽつりと呟く。
「以前は、
“力を貸してほしい”
“後ろ盾になってほしい”
そういった言葉が多かったのに」
「ええ」
シグネット・フレッジリン侯爵は、
淡々と答える。
「今は、
“どう判断すべきか”を聞いてくる」
「それは、
頼る相手が変わった証拠です」
助けを求める相手と、
判断を求める相手。
その違いは、
小さいようで決定的だった。
午前の会合は、短く終わった。
結論は出さない。
代わりに、
考えるべき視点だけを示す。
「それで十分です」
王宮の実務官は、
深く一礼した。
「判断を他人に預けるつもりはありません」
「ですが、
判断の軸を共有できるのは、
非常に助かります」
彼が去った後、
ホリデイが小さく息を吐く。
「……頼られませんでしたね」
「ええ」
シグネットは、
微かに微笑んだ。
「それでいいのです」
「私が引き受けるべきなのは、
決断ではありません」
「決断の“結果”と向き合える者かどうか――
それを見ることです」
それが、
彼女の立場だった。
昼過ぎ、
王都の別の場所では、
まったく違う会話が交わされていた。
「……フレッジリン侯爵に頼めば、
何とかなるのでは?」
小さな商会の代表が、
不安げに言う。
「やめておけ」
年長の商人が、
低い声で制した。
「彼女は、
“助けを求めてくる者”を
選ばない」
「選ぶのは、
自分で立とうとする者だけだ」
その言葉に、
場の空気が固まる。
頼ることが悪いのではない。
だが、
“最初から他人に背負わせる覚悟”がある者は、
最初から対象外なのだ。
一方、
ベルフラワー公爵邸では、
重苦しい空気が漂っていた。
「……フレッジリン侯爵に、
もう一度話を持ち込むことはできないのか」
プロフィット・ベルフラワー公爵令息の言葉に、
執事は静かに首を振る。
「お勧めいたしません」
「理由は?」
「今、あの方に話を持ち込むということは、
“助けてほしい”と言っているのと同じです」
プロフィットは、
言葉を失った。
それは、
彼自身が最も嫌っていた立場だった。
かつて、
噂を信じ、
優位に立っているつもりだった頃。
助けを乞う者を、
内心で見下していた。
今、
その位置に立たされている。
(……いや)
彼は、
小さく首を振る。
(私は、
まだ立てる)
だが、
誰もその言葉を保証してくれない。
夜。
フレッジリン侯爵邸では、
静かな夕食が終わろうとしていた。
「……最近、
“頼られない”ことが増えましたね」
ホリデイが、
ふと口にする。
「ええ」
シグネットは、
ナプキンを畳みながら答える。
「それは、
私が冷たくなったからではありません」
「皆が、
自分で立とうとしているからです」
それは、
誇るべき変化だった。
「助けを求める前に、
考える」
「考えた上で、
判断を引き受ける覚悟があるかどうか――」
「その段階まで来た者だけが、
私の前に立つ」
ホリデイは、
静かに頷いた。
「……お嬢様は、
随分と遠い場所に立たれましたね」
「そうかしら」
シグネットは、
小さく笑う。
「私は、
一歩も動いていません」
「立つ位置が変わったのではなく、
周囲が変わっただけです」
その言葉は、
静かだったが、揺るがなかった。
頼られないということは、
孤立ではない。
それは、
自立した者同士が、
同じ目線で向き合える場所に立った証だ。
今、
シグネット・フレッジリン侯爵は、
その場所にいる。
手を差し伸べる準備はある。
だが、
引き上げることはしない。
自分の足で立つ者だけが、
次の一歩を踏み出せるのだから。
それこそが、
彼女が選び続けている
唯一の基準だった。
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