婚約破棄ですか? では契約通りに――王太子も聖女も教会も、まとめて破綻させていただきます

ふわふわ

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第十三話 新たな同盟

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第十三話 新たな同盟

 王都が混乱に揺れる中、フォルティス公爵邸の応接室には静かな空気が流れていた。

 重厚な扉の向こうから、落ち着いた足音が近づく。

「ご到着でございます」

 アーヴィンの声。

 私はゆっくりと立ち上がった。

 入ってきたのは、隣国ヴァルディア公国の使節団。

 その中央に立つのは、公国を実質的に統治する若き公爵、アルベリック。

 落ち着いた灰色の瞳。余計な笑みは浮かべない。

「ご機嫌よう、フォルティス公爵令嬢」

「ようこそお越しくださいました、アルベリック公」

 形式的な挨拶のあと、応接室の扉が静かに閉まる。

 王都では“支援停止”と騒がれているが、ここでは別の話が進んでいた。

「港の件、聞いております」

 アルベリックが率直に切り出す。

「王家は混乱しているようだ」

「混乱は自業自得ですわ」

 私は紅茶を勧める。

「我が家は契約を終了しただけ」

「それで港が止まるなら、依存しすぎていた証拠だ」

 彼の言葉に、私は小さく頷く。

「本題に入りましょう」

 机の上に広げられるのは、新たな貿易協定書。

 穀物、薬草、鉄鉱石、そして医療技術。

「王都を経由しない直通航路を開きます」

 アルベリックの声は低い。

「貴女の船団と、我が公国の護衛艦隊を共同運用する」

「条件は?」

「利益配分は六対四。もちろん貴女が六だ」

 私はわずかに眉を上げる。

「随分と譲歩なさいますのね」

「王家よりも、信用できる相手を選んだだけだ」

 静かな言葉。

 利害は一致している。

 王都を通さない航路。

 それは王家にとって致命的。

 だがフォルティス家にとっては、新たな血流。

「契約、締結いたしますわ」

 ペンが走る。

 署名。

 封蝋。

 静かに結ばれる新たな同盟。

 その頃、王宮。

「隣国と……?」

 財務官が報告書を読み上げる。

「フォルティス家はヴァルディア公国と独自航路を開設した模様」

 カイルベルトの顔色が変わる。

「王都を通さずに?」

「はい」

 沈黙。

 それは、王家を経由しない貿易。

 つまり――

 王家の税収に頼らない経済圏。

「止めろ!」

 王太子が立ち上がる。

「外交問題に発展するぞ!」

「殿下……婚約破棄により、フォルティス家は王家と無関係となっております」

 その言葉が重い。

 無関係。

 王太子は初めて、背筋に冷たいものを感じる。

 教会では、司祭が焦りを募らせていた。

「寄付が減っている……」

 奇跡が止まり、帳簿に穴が見つかり、信頼が揺らぐ。

 そして今、経済の流れが王家から離れていく。

 夜。

 フォルティス公爵邸の庭。

 私は月を見上げる。

「順調ですわね」

「はい」

 アーヴィンが応じる。

「王都の商人たちも、直通航路への参加を打診しております」

「王家の顔色を窺わなくて済みますもの」

 私は静かに微笑む。

 婚約破棄は感情。

 だが経済は感情で動かない。

 王太子は“愛”を選んだ。

 私は“契約”を選んだ。

 違いは明白。

 翌朝。

 王都の市場で噂が広がる。

「ヴァルディア経由で穀物が入るらしい」 「価格が安定するぞ」 「フォルティス家は動いている」

 民衆の視線が、ゆっくりと変わる。

 王家ではなく、公爵家へ。

 私は紅茶を一口。

「神は沈黙しています」

 アーヴィンが静かに答える。

「はい」

「ですが契約は、確実に動きますわ」

 王太子殿下。

 あなたが切った婚約は、ひとつの絆だけではございません。

 王家の独占的な立場も。

 経済の主導権も。

 少しずつ、音を立てて崩れ始めております。

 新たな同盟は、静かに締結された。

 その音は小さい。

 けれど。

 王都の未来を、大きく揺らす音だった。
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