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第二十二話 逃亡未遂
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第二十二話 逃亡未遂
夜の大聖堂は、不気味なほど静かだった。
監査が入ってからというもの、聖職者たちは必要以上に口を閉ざし、足音すら忍ばせるように歩いている。
その静寂の中、司祭グレゴリウスは地下通路へと向かっていた。
黒い外套。 手には小さな革鞄。
中には、金貨と宝石。 そして数枚の証書。
「……ここを抜ければ、裏門だ」
教会と旧市街を繋ぐ古い通路。 かつては避難用。 今は、忘れられた道。
彼は震える指で壁の燭台を押した。
石がわずかに動く。
隠し扉が開く。
「神よ、お守りください」
だがその祈りに、もはや力はない。
司祭は足早に進む。
頭の中では計算が巡る。
港へ出る。 夜明け前の小型船に乗る。 国外へ。
教会の金は押収されても、国外口座がある。 身分を変えれば生きられる。
王家も今は混乱している。 自分ひとりに構っている余裕はない。
――そう思っていた。
通路の出口に差しかかった瞬間。
「お止まりください」
低い声。
司祭の足が止まる。
闇の中から、鎧の光が浮かび上がる。
王家近衛。
「な、何のことだ」
「監査中の身でございます。無断外出は認められておりません」
司祭は強引に笑う。
「祈祷のためだ。夜明け前の儀式が――」
「その鞄を」
冷たい声。
逃げる。
そう判断した瞬間、司祭は踵を返す。
だが狭い通路。 足を滑らせる。
革鞄が落ちる。
金貨が石畳に散らばった。
乾いた音が、闇に響く。
衛兵の視線が鞄へと落ちる。
「祈祷に、宝石が必要なのですか」
司祭の顔から血の気が引く。
「……これは……」
言い訳は、もう意味を持たない。
腕を掴まれる。
強い力。
「国外逃亡の疑いで拘束いたします」
「違う! 私は教会を守ろうとしただけだ!」
「ならば正面から説明なさるべきでした」
その言葉は容赦がない。
翌朝。
王都に新たな噂が流れる。
「司祭が夜逃げを図ったらしい」 「裏金だけじゃなかったのか」 「やはり黒だった」
疑念は確信へと変わる。
教会前では、民衆がざわついていた。
「祈りはどうなる?」 「寄付は返せ!」
信仰は、怒りへ。
王宮。
カイルベルトは報告書を握り潰す。
「逃亡だと?」
「未遂でございます」
「……愚か者が」
だがその愚か者を重用したのは、誰か。
誰も口にはしない。
ミリアは蒼白な顔で立ち尽くす。
「司祭様まで……?」
支えが、次々と崩れていく。
聖女は祈りを失い。 司祭は信用を失い。 王太子は支持を失う。
公爵邸。
「確保されました」
アーヴィンが静かに告げる。
「鞄の中身も押収済み」
「逃げようとする者は、罪を自白しているのと同じですわ」
私は淡く微笑む。
逃亡未遂。
それは、決定的な一歩。
監査は疑い。 逃亡は事実。
教会は、もはや言い逃れできない。
夜。
牢の中。
司祭は石壁にもたれ、震えていた。
「神よ……」
だが、奇跡は起きない。
材料も。 供給も。 契約もない。
あるのは、自らの選択の結果だけ。
王太子殿下。
あなたが“神の代弁者”として信じた男は。
夜の闇に逃げようとしました。
そして捕らえられました。
逃げ場は、もうございません。
崩壊は、加速しております。
夜の大聖堂は、不気味なほど静かだった。
監査が入ってからというもの、聖職者たちは必要以上に口を閉ざし、足音すら忍ばせるように歩いている。
その静寂の中、司祭グレゴリウスは地下通路へと向かっていた。
黒い外套。 手には小さな革鞄。
中には、金貨と宝石。 そして数枚の証書。
「……ここを抜ければ、裏門だ」
教会と旧市街を繋ぐ古い通路。 かつては避難用。 今は、忘れられた道。
彼は震える指で壁の燭台を押した。
石がわずかに動く。
隠し扉が開く。
「神よ、お守りください」
だがその祈りに、もはや力はない。
司祭は足早に進む。
頭の中では計算が巡る。
港へ出る。 夜明け前の小型船に乗る。 国外へ。
教会の金は押収されても、国外口座がある。 身分を変えれば生きられる。
王家も今は混乱している。 自分ひとりに構っている余裕はない。
――そう思っていた。
通路の出口に差しかかった瞬間。
「お止まりください」
低い声。
司祭の足が止まる。
闇の中から、鎧の光が浮かび上がる。
王家近衛。
「な、何のことだ」
「監査中の身でございます。無断外出は認められておりません」
司祭は強引に笑う。
「祈祷のためだ。夜明け前の儀式が――」
「その鞄を」
冷たい声。
逃げる。
そう判断した瞬間、司祭は踵を返す。
だが狭い通路。 足を滑らせる。
革鞄が落ちる。
金貨が石畳に散らばった。
乾いた音が、闇に響く。
衛兵の視線が鞄へと落ちる。
「祈祷に、宝石が必要なのですか」
司祭の顔から血の気が引く。
「……これは……」
言い訳は、もう意味を持たない。
腕を掴まれる。
強い力。
「国外逃亡の疑いで拘束いたします」
「違う! 私は教会を守ろうとしただけだ!」
「ならば正面から説明なさるべきでした」
その言葉は容赦がない。
翌朝。
王都に新たな噂が流れる。
「司祭が夜逃げを図ったらしい」 「裏金だけじゃなかったのか」 「やはり黒だった」
疑念は確信へと変わる。
教会前では、民衆がざわついていた。
「祈りはどうなる?」 「寄付は返せ!」
信仰は、怒りへ。
王宮。
カイルベルトは報告書を握り潰す。
「逃亡だと?」
「未遂でございます」
「……愚か者が」
だがその愚か者を重用したのは、誰か。
誰も口にはしない。
ミリアは蒼白な顔で立ち尽くす。
「司祭様まで……?」
支えが、次々と崩れていく。
聖女は祈りを失い。 司祭は信用を失い。 王太子は支持を失う。
公爵邸。
「確保されました」
アーヴィンが静かに告げる。
「鞄の中身も押収済み」
「逃げようとする者は、罪を自白しているのと同じですわ」
私は淡く微笑む。
逃亡未遂。
それは、決定的な一歩。
監査は疑い。 逃亡は事実。
教会は、もはや言い逃れできない。
夜。
牢の中。
司祭は石壁にもたれ、震えていた。
「神よ……」
だが、奇跡は起きない。
材料も。 供給も。 契約もない。
あるのは、自らの選択の結果だけ。
王太子殿下。
あなたが“神の代弁者”として信じた男は。
夜の闇に逃げようとしました。
そして捕らえられました。
逃げ場は、もうございません。
崩壊は、加速しております。
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