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第六話 噂は市場を動かす
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第六話 噂は市場を動かす
「市場を動かすのは金ではございません」
わたくしは静かに言う。
「空気ですわ」
執事は一礼した。
「空気、でございますか」
「ええ。商人は恐怖と期待で動く。
価格よりも早く動くのは、噂ですの」
王都で最も軽く、最も重いもの。
それが“噂”。
――――
印刷ギルド本部は、商業ギルドほど威圧的ではない。
だが影響力は絶大だ。
公告、商業通知、保証書、契約文書、流行情報。
すべてを刷るのは彼ら。
理事長は慎重な人物だった。
「出資と……情報提携?」
「ええ」
わたくしは穏やかに微笑む。
「王都の商業情報をまとめた“市場報”を発行したいのです」
「市場報、ですか」
「原料価格の推移、信用評価、保証率、流通量」
理事長の目が細くなる。
「それは……市場を左右する」
「左右いたしませんわ」
一拍。
「透明化するだけ」
透明。
美しい言葉。
だが、透明にするのは“わたくしに都合の良い数字”だ。
契約は成立。
印刷ギルドは表向き“中立”。
だが市場報の監修権は、わたくしが持つ。
――――
数週間後。
王都で初めての「王都市場報」が発行された。
一面。
「染色ギルド系商会、売上低迷」
二面。
「保証率上昇、慎重取引増加」
三面。
「地方産地との直接契約、安定供給を実現」
わたくしの商会名は、さりげなく、だが確実に掲載される。
誇張はしない。
事実だけ。
だが事実の並べ方は選べる。
商人たちは読む。
「染色は危ないらしい」
「保証が重いなら取引を控えよう」
「新商会は安定している?」
空気が変わる。
価格より早く。
――――
染色ギルド本部。
「これは印象操作だ!」
幹部が机を叩く。
「嘘は書かれていない」
ギルド長は低く言う。
「だが、並び順が悪い」
売上減少。
保証率上昇。
信用評価見直し。
数字は真実。
だが、連ねれば印象は“危険”。
「商人が契約を見送っている」
「若手がさらに流出」
焦りが空気を濁す。
――――
屋敷。
執事が報告する。
「市場報の発行部数、想定の二倍」
「商人は不安を知りたがる」
わたくしは静かに頷く。
「不安を知れば、逃げ道を探す」
「逃げ道が、お嬢様の商会」
「そう」
紅茶を置く。
「恐怖を煽らない。
ただ事実を並べる」
事実は刃より鋭い。
――――
数日後。
商業ギルド長が正式に面会を求めてきた。
今度は“協議”ではない。
「緊急相談」とある。
応接室。
ギルド長は疲れた顔で座っている。
「市場報の内容について」
「事実でございますわ」
「事実でも、時期が悪い」
「市場は常に動いております」
ギルド長はわずかに声を荒げる。
「我々を追い詰めるつもりか」
わたくしは首を傾げる。
「追い詰める?」
一拍。
「わたくしは何もしておりませんわ」
沈黙。
「市場が判断しているだけ」
ギルド長は理解し始めている。
原料、金融、保証、情報。
四つの流れが、わたくしの方へ傾いている。
「……何を望む」
ついに。
交渉の言葉。
わたくしはゆっくりと答える。
「安定ですわ」
「安定?」
「ええ」
微笑。
「共同市場安定契約を」
内容は簡潔。
・価格決定権の一部委譲
・原料調達の共同管理
・保証審査の連携
・市場報への正式参加
名目は共同。
実態は統合。
ギルド長の手が震える。
「これは……実質的な従属だ」
「対等な契約でございます」
わたくしは穏やかに言う。
「拒否なさっても構いません」
一拍。
「市場がどう動くかは、わたくしには分かりませんけれど」
沈黙が重い。
――――
その夜。
王都の灯りはいつも通り点っている。
だが流れは変わっている。
商人は感じ始めている。
「新事業を始めるなら、まず確認を」
「誰に?」
「あの方に」
婚約破棄された令嬢。
だが今や、
王都の信用を握る女。
わたくしは窓辺に立つ。
「空気が変わりましたわね」
執事が答える。
「はい。皆、息を読むようになっております」
「まだですわ」
わたくしは静かに言う。
「まだ“恐れている”だけ」
一拍。
「次は、依存させます」
王都はまだ気づいていない。
噂を握る者が、
経済を握るということを。
そしてその噂は、
すでにわたくしの手の中にあるということを。
「市場を動かすのは金ではございません」
わたくしは静かに言う。
「空気ですわ」
執事は一礼した。
「空気、でございますか」
「ええ。商人は恐怖と期待で動く。
価格よりも早く動くのは、噂ですの」
王都で最も軽く、最も重いもの。
それが“噂”。
――――
印刷ギルド本部は、商業ギルドほど威圧的ではない。
だが影響力は絶大だ。
公告、商業通知、保証書、契約文書、流行情報。
すべてを刷るのは彼ら。
理事長は慎重な人物だった。
「出資と……情報提携?」
「ええ」
わたくしは穏やかに微笑む。
「王都の商業情報をまとめた“市場報”を発行したいのです」
「市場報、ですか」
「原料価格の推移、信用評価、保証率、流通量」
理事長の目が細くなる。
「それは……市場を左右する」
「左右いたしませんわ」
一拍。
「透明化するだけ」
透明。
美しい言葉。
だが、透明にするのは“わたくしに都合の良い数字”だ。
契約は成立。
印刷ギルドは表向き“中立”。
だが市場報の監修権は、わたくしが持つ。
――――
数週間後。
王都で初めての「王都市場報」が発行された。
一面。
「染色ギルド系商会、売上低迷」
二面。
「保証率上昇、慎重取引増加」
三面。
「地方産地との直接契約、安定供給を実現」
わたくしの商会名は、さりげなく、だが確実に掲載される。
誇張はしない。
事実だけ。
だが事実の並べ方は選べる。
商人たちは読む。
「染色は危ないらしい」
「保証が重いなら取引を控えよう」
「新商会は安定している?」
空気が変わる。
価格より早く。
――――
染色ギルド本部。
「これは印象操作だ!」
幹部が机を叩く。
「嘘は書かれていない」
ギルド長は低く言う。
「だが、並び順が悪い」
売上減少。
保証率上昇。
信用評価見直し。
数字は真実。
だが、連ねれば印象は“危険”。
「商人が契約を見送っている」
「若手がさらに流出」
焦りが空気を濁す。
――――
屋敷。
執事が報告する。
「市場報の発行部数、想定の二倍」
「商人は不安を知りたがる」
わたくしは静かに頷く。
「不安を知れば、逃げ道を探す」
「逃げ道が、お嬢様の商会」
「そう」
紅茶を置く。
「恐怖を煽らない。
ただ事実を並べる」
事実は刃より鋭い。
――――
数日後。
商業ギルド長が正式に面会を求めてきた。
今度は“協議”ではない。
「緊急相談」とある。
応接室。
ギルド長は疲れた顔で座っている。
「市場報の内容について」
「事実でございますわ」
「事実でも、時期が悪い」
「市場は常に動いております」
ギルド長はわずかに声を荒げる。
「我々を追い詰めるつもりか」
わたくしは首を傾げる。
「追い詰める?」
一拍。
「わたくしは何もしておりませんわ」
沈黙。
「市場が判断しているだけ」
ギルド長は理解し始めている。
原料、金融、保証、情報。
四つの流れが、わたくしの方へ傾いている。
「……何を望む」
ついに。
交渉の言葉。
わたくしはゆっくりと答える。
「安定ですわ」
「安定?」
「ええ」
微笑。
「共同市場安定契約を」
内容は簡潔。
・価格決定権の一部委譲
・原料調達の共同管理
・保証審査の連携
・市場報への正式参加
名目は共同。
実態は統合。
ギルド長の手が震える。
「これは……実質的な従属だ」
「対等な契約でございます」
わたくしは穏やかに言う。
「拒否なさっても構いません」
一拍。
「市場がどう動くかは、わたくしには分かりませんけれど」
沈黙が重い。
――――
その夜。
王都の灯りはいつも通り点っている。
だが流れは変わっている。
商人は感じ始めている。
「新事業を始めるなら、まず確認を」
「誰に?」
「あの方に」
婚約破棄された令嬢。
だが今や、
王都の信用を握る女。
わたくしは窓辺に立つ。
「空気が変わりましたわね」
執事が答える。
「はい。皆、息を読むようになっております」
「まだですわ」
わたくしは静かに言う。
「まだ“恐れている”だけ」
一拍。
「次は、依存させます」
王都はまだ気づいていない。
噂を握る者が、
経済を握るということを。
そしてその噂は、
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